第2話 社畜、業務改善を提案する

 次の日の夕方、幹部会議が開かれた。

 

 参加者は、魔王バルザード、魔王軍総司令官ガルディオス、魔術師団長ノゼリア、近衛軍団長ゼイン、防衛師団長カーラ。そして見習い秘書の沙良だった。


 会議が始まり、進行の様子を伺っていた沙良だったが、会議が進むにつれて唖然とした。

 

「勇者は東の砦を突破したのだ。そのまま進んで東から進撃してくるだろう!東の防衛を強化すべきだ!」

 

 魔王軍総司令官のガルディオスが勇者の侵攻ルートを予測して、防衛強化を進言する。

 

「私の情報では、勇者一行は北へ迂回して進撃しているそうですけど。北の砦を強化した方が良いのではなくて?」

 

 すかさず魔術師団長ノゼリアが、異を唱えて別の案を提案してくる。

 

「貴様の情報など当てにならん!」

 

「何ですって!?」

 

 両者の睨み合いが始まってしまう。

 その迫力に息を飲む沙良だったが、魔王バルザードは煩わしそうに両者を睨みつけて言葉を叩きつける。

 

「黙れ! どれだけ砦を落とされようとも、俺が居る限り、勇者など一撃で終わらせてやる!」

 

 その後ろから、防衛師団長カーラがおずおずと手を挙げる。

 

「魔王様、その前に補給の問題が……」

 

「後回しだ!」

 

「はい!スミマセン!」

 

 魔王の一喝に、カーラは萎縮してしまう。

 

「ワシの作戦が駄目だと言うのか!」

 

「実際、勇者に負け続けてるでしょう?」

 

「なんだと!?」

 

 ガルディオスとノゼリアのバトルも終わる気配が無い。


 二時間後、会議は罵り合いと魔王の独断で終わった。

 完全に機能不全に陥っている内容だったが、会議室の一画には、静かにメモを取り続けている沙良の姿。その顔は真剣で、なにやら深く考え込んでいる様子が伺えた。


 

 会議後、沙良は魔王に呼び止められる。

 

「お前の希望通り会議に出席させてやったが……どうだった?我が軍の幹部達は」

 

 沙良は少し迷った様子を見せたが、ひとつ頷くとバルザードに向き直った。

 

「率直に申し上げます。勇者がどれほど強いのか知りませんが、集団として対応出来ない組織など、脅威にはならないと思います」

 

「何!?」

 

「問題点をまとめたレポートを本日中に作ります。明日の朝にお渡しするので、お目通しください」

 

「……やってみろ」

 


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、沙良は作成した20ページに及ぶレポートを魔王に提出した。

 それを読み始めたバルザードは、ページをめくるごとに表情が変わっていく。


 『情報共有の欠如』『不明確な責任の所在』『客観性のない意思決定』等……昨日の会議で沙良が洗い出した問題点が列挙されている。

 それに対して『原因→影響→改善策』まで検討された、非常にわかりやすく纏められた報告書だった。


「……図星だな」

 

 長い沈黙の後、バルザードはポツリと溢す。

 

「この改善策を、幹部会議で提案させてください」

 

 沙良が報告書を片手に進言するが、バルザードは浮かない顔で答える。

 

「幹部たちが納得するかは分からんぞ。下手をしたら、お前に危害を及ぼすかもしれんが、それでもいいのか?」

 

「……大丈夫です。論理的に説明すれば、理解していただけると思います」

 

 沙良は毅然とした態度で答える。

 それを見てバルザードの表情も変わった。

 

「わかった。次の会議まで待つ必要も無い。緊急会議として幹部を招集してやるから、そこで説得してみせろ」

 

「かしこまりました。最善を尽くします」

 

 頭を下げた沙良に向かって、いつもは厳しい顔のバルザードが、ふっと笑ってみせた。

 

「期待している」





 二日後に開かれた緊急会議。

 出席者は前回と同じく、ガルディオス、ノゼリア、ゼイン、カーラが幹部として出席している。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。会議の進行を務めさせていただく、沙良と申します」

 

 出席者の前に進み出た沙良は、今回の会議の趣旨を説明していく。

 

「――といった経緯が、本日の会議の趣旨となります。何かご質問は?」

 

 幹部達の顔を見回すが、特に反応は無い。そのまま沙良は会議を進めていく。


 まず沙良は、黒板のような黒い魔法の紙に、図を描き始めた。

 

「最初に、現在の指揮系統を可視化します。それに、勇者への対処時に各部署がどのような動きをしているかを加えてみせますね」

 

 図で見ると、確かに各部署がバラバラに動いていることが一目瞭然だった。

 

「ご覧ください。各部署がそれぞれ独立した動きを取っているのがお分かりでしょうか?これでは横の連携が取れていません」

 

「それは……各部署が専門性を持っているからだ」

 

 ゼインが反論する。

 

「確かに専門性は大事です。ですが、勇者という共通の敵に対処するには、細かな連携が必要ですよね?」

 

 兵站の管理も兼ねるカーラが頷いた。

 

「確かに……この前の防衛戦でも、迎撃部隊の動きがわからなくて、補給部隊は後方で待機しているだけだったわ」

 

 沙良はカーラに頷くと、具体的な改善策を提示した。

 主な改善策は『緊急対策本部の設置』、『情報の検証・共有のシステム化』、『タイムライン管理』の三つ。

 一度に多くの変更を強制せず、必要最低限の項目から組織の改善を図る方針だ。

 

「以上の三項目に加えて、魔王様の決定権を一部委譲します」

 

 沙良のその言葉に、幹部達はザワつく。

 

「今の魔王様の権限の一部を委譲して、魔王様は戦略決定までとして、戦術については幹部の皆様で決定していただきます」

 

「待て!魔王様の権力を削ぐつもりか!?さては、魔王軍の弱体化を狙う人間共の策略だな?」

 

 ガルディオスが沙良に噛みついてくる。

 

「違います。魔王様の負担を減らすのです。個々の戦術まで魔王様が決定する必要はありませんよね?」

 

「確かに、俺は細かいことは苦手だ。戦術などはお前達に任せる」

 

 沙良の問いかけに、バルザードは苦笑しながら答える。

 主である魔王が認めているのであれば、ガルディオスは認めざるを得ない。納得いかない顔をしながらも引き下がった。

 

「それから、情報の検証についてですが、確実に実行していただく項目があります」

 

 ガルディオスと他の幹部達の様子を伺いながら、沙良は丁寧に説明していく。

 

「まずは情報の客観性と確実性を上げてください。例えば、諜報員Aが『勇者は東から来る』と報告を挙げたら、諜報員Bにも確認を取る。さらに周辺住民などからも情報収集する。複数の情報源で一致すれば、信頼性が高いと判断出来ます」

 

「なるほど……」ゼインが頷く。

 

「それから、『事実』と『推測』を分けて報告して下さい。『勇者は東にいる』は事実ですが、『東から来るだろう』は推測です。これらを混同すると、客観的な判断が出来なくなります」

 

 その他にも議題に上がった改善点について、沙良が論理的に説明していくにつれて、幹部達も徐々に納得していった。

 

「それぞれの部隊から上がってきた情報は、どうやって纏めるの?」

 

「そのための対策本部です。全ての情報を対策本部に集めて、情報の精査と伝達を行います」

 

「勇者どもが別のルートから奇襲してきたらどうする?」

 

「対策本部と将軍に情報を伝達してもらいます。対策本部は増援の用意、将軍は戦術の構築と増援が到着するまでの対処です。それぞれ行う事を明確に決めておけば、最速で対処が可能です」

 

 徐々に幹部達からの質問も出てきて、沙良が答えを返していく。いくつか保留した質問も出たが、幹部達を乗り気にさせる事に成功していた。

 

「やってみる価値はあるわね」

 

 カーラが頷きながら了承した。

 

「ふん……まぁ、このままでは不味いのは確かだ。お前の案に乗ってやろう」

 

 最初は警戒していたガルディオスも、渋々ではあるが認める。他の二人も了承したため、沙良の案が実行される事になった。

 

「では、沙良の案でいこう。ガルディオス、お前が対策本部の責任者として就任しろ。沙良、お前はサポートして実質的な運営を仕切れ」

 

 魔王の決断により、対策本部の設置が決定した。



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