魔王城でお仕事~異世界で魔王の秘書になりました~

名雲

第一部 魔王と社畜

第1話 社畜、魔王城に召喚される

「逃げていくな……」

 

 魔王バルザードが呟く。

 

「ええ。逃げていきますね。予定通りです」


 魔王軍を追い詰めていた勇者達が、尻尾を巻いて逃げていく。

 それを城塞から見下ろす魔王バルザード。

 そして、その傍に立つ一人の女性が、手元の資料を確認する。


「勇者撃退予定時刻は15時15分。現在時刻は15時13分ですから、予定より2分早く終わりましたね、魔王様」


 彼女は、手元にある『対勇者撃退マニュアル』のタイムラインを確認していた。

 その紙に記されている内容を、魔王バルザードは女性の肩越しにチラッと見る。

 『14:50 勇者一行を第一防衛ライン上迎撃ポイントに誘導』

 『同時刻 迎撃部隊配置完了』

 『15:00 迎撃作戦開始』

 『15:15 勇者撤退(予測)』


 ほぼ予定通りだった。

 つい1月前まで、勇者パーティーに連戦連敗。防衛ラインを次々と突破されていた魔王軍だったが、ついに撃退に成功したのだ。


「……お前は、本当に恐ろしい人間だな」


 魔王バルザードが苦笑する。

 魔王に恐ろしいと言われた女性―― 如月きさらぎ 沙良さらは、きょとんとした顔で魔王を見た。


「そうですか?データに基づいて計画を立てただけですよ?」

 

 戦場を見下ろすその顔は、歴戦の参謀のように冷静で、バルザードと魔王軍幹部の目には頼もしく映っていた。


「一カ月前までは、我が魔王軍は奴らにやられ放題だったというのに……」

 

 逃げていく勇者の後ろ姿を、苦い顔で睨みつける魔王バルザードだったが、沙良は会議の時の顔と変わらぬ調子だ。


「一カ月もあれば、組織は変わりますよ。良くも悪くも。ちゃんと段階を踏んで改善すれば、結果は自ずと付いてきます」


 魔王バルザードは隣に立つ沙良を見た。彼女がこの城に来てから、全てが変わった。


「なあ、沙良」

「はい?」

「お前は一体、何者なんだ?」


 彼女は少し考えてから、微笑んだ。


「ただの、元社畜ですよ」


 

 ◇◇◇◇◇

 

 ―――― 一カ月前、日本の某所。


 時間は深夜に差し掛かったあたりで、オフィスビルの一室が煌々と明かりを灯していた。

 

 その室内には、パソコンに向かって作業をしている女性が一人。

 月末の締め作業にミスが見つかり、部署内が修正に追われていたが、ミスをした新人と上司が沙良に仕事を押し付けて帰ってしまった。

 

 どうせ、二人で夜の街へ繰り出しているんだろう。不倫関係なのは誰もが気づいていた。


「はぁ、今日も終電に間に合わないか……」


 上司から押し付けられる仕事のせいで、度重なる残業。家に帰れない日もザラにあった。

 ――もう、限界かもしれない。


 そう思った時、沙良が座る椅子の周りに、光る何かの図形が浮かび上がった。

 それは、何かの漫画で見た魔法陣のよう。

 突然の出来事で声も出ない沙良を、光が包み込んで――――




 気がつけば、見知らぬ石造りの広間に立っていた。

 

「――は?」

 

 混乱しながら周囲を見渡す沙良。

 周りには鎧姿の兵士らしき男達と、正面には漆黒の甲冑を身に纏った偉丈夫。

 

「な!?どこから入ってきた!?」

「人間め!魔王城に直接乗り込んでくるとは!」


 周囲が騒がしくなる中、沙良は冷静だった。

 というより「あ、これ夢だ。寝落ちしちゃったかぁー」と、夢オチだと思っていた。


「いえ、乗り込んだ訳ではなくて、突然ここに連れてこられたんですけど」

 

 いきり立つ兵士達に向かって、至って冷静に返事を返す。


「状況を把握したいので、ここの住所と、今日の日時を教えて貰えますか?言葉が通じるという事は、ここは日本でしょうか?でも、角が生えた人間なんて日本には居なかったし……あっ!コスプレか映画の撮影ですか?」

 

「……なに?」


 突然現れた人間の女が、恐怖するでも無く、攻撃してくるでも無い。

 ごく普通の調子でよくわからない事を聞いてくるから、魔族の兵士達も面食らってしまう。


「コスプレじゃないなら、もしかして異世界ですかね?それなら、もしかして家に帰れない?じゃあ、どこかで仕事を探さないと……あ、ここがどういう組織なのか教えて貰えますか?労働法とかはありますか?」


 正面の偉丈夫の隣に立つ男性が、小声で囁く。

 

「……魔王様、この人間、おかしいのでは……」

 

「いや、肝が据わっているのかもしれん。この俺の前に立って、震えていない人間など初めてだ」

 

 魔王と呼ばれた偉丈夫が、興味深げに沙良の事を睥睨する。


「多分、貴方がこの中で一番偉いんですよね?返事を頂けますか?」

 

 真っ直ぐに魔王を見て、堂々と意見をぶつけてくる。それは、200年以上を生きている魔王にとって、驚きと同時に好奇心を刺激された。


「ふん、面白い。仕事を探すと言っていたな。よかろう。お前、ここで働いてみるか?」

 

 おもむろに装着していた兜を脱ぎ、威圧するように睨みつける。目の前の矮小な人間の女が、この魔王城の中でどんな事をしでかしてくれるのかと、期待する目で見る。しかし――


「……え?就職のお誘いですか?」

 

 当の沙良といえば、魔王の威圧などどこ吹く風で平然と応対してくる。

 なにせ、夢だと思っているのだ。いわゆる『無敵の人』になっていた。

 

「……命を助けてやるというのに、随分な返事だな。お前、ここが何処かわかっているのか?」


「いえ、ですからさっき言ったでしょう。突然ここに連れてこられたと。ここが何処なのか教えて欲しいとも言いました。聞いてなかったんですか?それと、就職についてですが、こちらの就業規則はどのような内容でしょうか?勤務時間は?福利厚生は?休日日数と有給休暇についても説明が欲しいです。あと――」


「待て待て!」

 

 慌てたように魔王が静止する。

 

「いっぺんに言われてもわからん!とにかく、面白そうだからお前を雇ってやる。見習い近侍としてな!」


 まだ説明を求める沙良を兵士達が退室させ、広間には静寂が戻った。

 

「魔王様、本当によかったのですか?人間達の間者かもしれませんよ?」

 

 魔王の側近は沙良を警戒して具申する。

 

「はっ、間者だろうと、あんな魔力も無い人間に、この俺が殺せるワケもなかろう。せいぜい玩具として楽しませてもらうさ」



 ――――次の日、沙良は充てがわれたベッドで目を覚ました時、夢じゃないと気づいた。

 

「……マジか」


 

 ◇◇◇◇◇


 見習い近侍として、沙良は働き始めた。近侍とはいえ、やる事は秘書みたいなものだった。

 書類整理にスケジュールの管理、その他様々な雑務があったが、おおよそは秘書業務が沙良の仕事として割り当てられた。

 

 初めて魔王バルザードの執務室に入った時、思わず「うわ……酷い」と漏らすほどの惨状が広がっていた。

 書類は山積みで、分類されずに一纏めになっている重要書類と古い書類。

 

 見習い秘書として、まずは書類整理から取り掛かる。書類を確認しながら、重要度をナンバリングして四つに分類。決裁が必要なものとそうでないもの、書類の日付順など、黙々と整理してファイリングしていく。

 

 数時間後、すっかり整理整頓された執務室と本棚に、バルザードは驚いた。

 

「あれだけ山積みだった書類が、スッキリしたではないか。やるな、人間」

 

「ありがとうございます。ただ、私は『人間』ではなく、如月 沙良という名前があります」


 魔王と知っても言い返すあたり、沙良の肝はすわってると言えるだろう。ただ、そんな沙良の反応もバルザードは楽しんでいた。


「ははっ、それは悪かった。では沙良。見事な仕事振りだったぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 素直に褒められて、沙良は意外な顔をしつつも頭を下げた。


「この働きに報いて、なにか褒美を――」

 

 バルザードが沙良を褒めようとした、その時。

 

「魔王様!また勇者一行に前線を突破されたと報告がありました!」

 

 慌ただしく扉を開いて、魔王の側近であるゼインが報告する。


「なに!?またか!また失敗したのか!!」

 

 バルザードは怒りも露わに机に拳を叩きつけた。

 その様子を見ながら、沙良は小さく手を挙げる。


「あの……"また"という事は、これまでも何度か?」

 

「……ああ、これで3度目だ!」

 

 ふむ、と沙良はアゴに手を当てて考える。


「敗北の原因は分析されているのですか?」

 

「それがわかれば苦労はせん!」

 

 なるほど、と沙良がなにやら頷いてから魔王に話しかける。

 

「つまり、PDCAが正常に機能していないと。魔王様、明日は幹部の方々と軍務会議でしたね?」

 

「PD……?よくわからんが、確かに明日は会議があるが、それがどうした?」

 

「その会議に、私も出席させて下さい」



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