第11話 アートの囮作戦

 翌日、オレが堺屋での久しぶりのディナーのシフトを終えて店を出ると、既にモールのレストランフロアはどの店も終わっていた。近くのホテルニューオータニに泊まっているという長っ尻の日本人観光客がてっぺんを越えるまで居座ったのだった。

 チーフも北さんもここ1週間の忙しさとホアンの一件でかなり疲労している様子だった。しばらくして北さんとチーフも出てきて店の鍵を閉める時、ふと3人ともそこのベンチに目をやり、誰とも無く呟いた。


「ポリスに通報する…か?」


 みんな疲労困憊している。さらにいつ現れるか分からないような悪玉アミーゴに緊張を強いられての昨日、今日は特にその度合いを倍増させたようだった。その上、マリアが拉致されたままでどういう状況かいまだにわかっていないのだ。


「エンリケと会ったのが一昨日なんで、まだアミーゴの仲間内で話がそれほど伝わってないんじゃないですか。もう1日、2日待って、それでもホセが接触してこないようなら、オレがポリスに行ってきます。」


 オレの提案に、「そうだな、そうしよう」と2人が頷き、ホアンの様子を見に行こうか、と歩き出した。客の長居に耐えかねて先に出た三重子さんはホアンのいるクリニックへ行っている。彼女は今朝既にあの医者に事情を話して、ホアンをしばらく匿ってくれるように頼んでくれた。いずれにしろまだ入院していたほうがいいだろう。北さんはここ数日チーフが自宅まで送迎しているので、「先行っとくぞ」と揃ってチーフの車が停めてある3階駐車場へそのまま出て行った。

 オレは3階まで車を上げるのが面倒で1階にDATSUNを停めていた。もう既に止まって動かないエスカレーターを重い足取りで降りていきながら、ホアンのことを考えていた。マリアがいなくなったらホアンはどうするだろうか?答えは明白だ。マリアを追ってメキシコに戻るだろう。たとえマリアとメキシコで会えたとしても又ホセが彼らを飯の種にしようと何かしてくるに違いない。そうなる前にロサンゼルスへ戻ってこられるのだろうか?そう簡単ではないだろう。ホアンが夢見た「自由の国」で普通に暮らせるようになることは不可能なんだろうか?


 1階まで降りて外に出ると、薄暗いパーキング場にオレのDATSUNが見えた、と同時に車の陰に人が隠れたようにも見えた。「!?」遠くから車の反対側が見えるように大回りして、しばらく見守ったが、何も動く様子は無かった。気のせいだと思いなおし、ゆっくりと車に近づいてすばやく乗り込んだ。


「何にも無いよな、来るんだったら北さんのほうに来るよな。でも北さんを知らないんだから堺屋の誰にでも接触してくるか…まあ、金目当てに車を持ってくるんだから、昼間だろ、いくらなんでもな。まあ来たとしても金をもらいにくるだけなんだから、そうそう手荒な事はしないだろうし…その時にうまく場所が聞き出せればそれに越したことは無いし…」


 オレは自分の中で膨らむ不安と訳の分からない恐怖をかき消そうと独り車の中で呟いた。


「これがうまくいけば女にもてる…そうだ、ホアンだけじゃなく、アミーゴ連中みんなに感謝され、エル・マリアッチのドミノみたいなグラマラス美女に言い寄られたりするんだ。きっとそうだ。そうにちがいない。」

 ちょっとは不安解消になったかも…。


 深夜で既に人のいなくなった立体駐車場のゲートをフリーパスで出て、アラメダストリートを左に、さらに3rdストリートを左に曲がろうと信号手前で徐行した時だった。


 ドン!


 まともにカマを掘られた。車がエンストする。

 先ほど奮い起こしたばかりの勇気の残り火で「くそっ」と一言吐いて後ろを振り返ると、すでに敵はオレに銃を向け周りを取り囲んでいた。



 いつだったか、マッカーサー公園の池の底に死体が転がっているシーンが頭に浮かんだのは、やはり何らかのお告げだったのだろう。

 そうだ。もともと、こんな危ない町で単なる日本人のウエイター風情が相手できるような奴らじゃなかったんだ…後悔しても遅いが、どうにもならない。ホアンの話を聞いた時には怒りを抑えるのにどうしていいかわからないくらいだったはずなのに、実際に敵を目の前にして今は妙に頭が冷えている。


 車はダウンタウンのユニオンステーション前からフリーウェイに乗っかって南へしばらく走った。車の前座席に2人、後部座席にオレの両側を固める2人、全部で4人。不気味に押し黙ったままで、助手席のアミーゴがガムをクチャクチャとしきりに噛んでいる音だけが車内に響いていた。オレの右にいる前歯のないのがホセだろうか。オレは後ろ手にガムテープを巻かれ、両方からナイフと銃を突きつけられながら、ホアンの話に出てきた男の顔をフィクションの世界の悪玉を目の前にしたような気分で眺めていた。そしてそのホセらしき男が握っているナイフにフリーウェイの街路灯の光が反射する回数を数えながら、「拳銃よりナイフのほうがリアルで怖いな。でもあの頭直撃のレンガの方が痛そうだな」とどうでもいい事を考えて、半年前の暴動の最中に起こったイーストハリウッドの交差点での惨劇を漫然と思い出していた。


 フリーウェイを降りて町中を走る。そういえばこっちの方にも本物のメキシコと見間違うくらいメキシコな町があると聞いたことがあった。初めてくる町で地理に疎い上、周りに駆け込んで助けを呼べるようなスーパーマーケットやコンビニエンスストアの灯りも見えない住宅街だった。しかしオレがこの町を知っていようと知らなかろうと目隠しすらせずに連れてきたということはこのまま殺るつもりなのだろうか。


 ― どうして「北さん、御触れを出す」作戦がばれたんだ? ―


 バカバカしい作戦名から、こみいったカラクリを解き明かそうと考えるのだが、冷えて固まった頭には何も浮かんで来ない。それに奴らはオレにそれ以上考える暇を与えてくれなかった。静まりかえったゴーストタウンのようなその町の一角に建っている平屋の一軒家の前に車は止まった。


「Get out!(出ろ!)」


 車を出る。ナイフと銃に促されて、留め金が外れたフロントヤードの金網のゲートを肩で押し開けて、明かりがついていないその家の庭に入っていった。


 ホセの仲間の1人がオレの前に進み、先にドアを開けて入っていった。オレがポーチのところまで来ると、家の中に光が揺れるのが見えた。ドアの前まで進み、家の中の暗がりに揺れる光を頼りに目を凝らして中をのぞこうとした途端、ドンッと後ろの1人がいきなりオレの背中を思い切り蹴った。両手が不自由なオレはそのまま前につんのめって家の中へ倒れこみ、がらんどうのリビングルームのような部屋に転がった。ロウソクの炎が不規則に部屋を照らす中、周りを見渡すとカウチが部屋の奥にひとつ置かれているのがわかった。


 そこにマリアが空を見つめて座っていた。


「Maria! Are you OK? (マリア、大丈夫か?)」


 オレの呼びかけは空を飛んでそのまま彼女を通り過ぎ、虚に消えていった。


「Shut up! Tell me who you are!」


 黙れとばかりに床に転がったオレの腹を蹴飛ばし、顔を近づけてきたのはホセらしき男だった。


「Tell me who are you?」


 何故だか分からないが、オレが誰だか知りたがっているらしい。この期に及んでどういうことだ?オレの困惑など全く知らずに、今度はオレの脛を蹴り上げて叫んだ。


「Who the fuck you are?!」


 今度はオレに銃を突きつけ、依然理由の分からない同じ質問を繰り返すホセに

「I am Art!」とこちらも理由も分からず答えつつ、何とかマリアのところまでにじり寄った。


「Maria, It’s me, Art. Are you ALL RIGHT?」


 マリアがオレに気づいてくれるよう彼女の前で体を起こし、下から祈る気持ちで、再度呼びかけた。

 しかし、マリアの美しい薄いブルーの瞳はうつろなままオレのことを見ることはなく、周りのみんなを溶かしたあの微笑みもどこかに置き忘れたかのように無表情なまま、体全体が外界の全てを固く拒否しているようだった。

 急にふつふつと怒りがこみ上げてきた。ホアンのあの闇のような暗い過去を一人背負ってきた尊い背中。それを無残に傷つけ、さらにホアンに唯一の光を与えたマリアの微笑さえ奪いやがった。こいつら許さん。「手前ら人間じゃねー!たたー切ってやる!」


ドガーーーーン!


 オレの背後で戦争映画のバズーカ砲の効果音のような爆発音が鳴った。誰がぶっ放したのかはわからなかった。しかし、痺れを切らしたように誰かが大声で叫ぶや否や、オレの方をめがけて誰かが撃ったのだ。体が内側からじんわりと熱くなってくる。さっきまであったはずの怒りはどこに飛んでいったんだろうか…力が抜けて起き上がる気力まで無くなっていくようだ。あーこのまま死んでしまうんだろうか。オレの一生分の思い出が走馬灯のように頭に…頭に…浮かんでこない!


 しばらく死ぬ用意で忙しかったオレは気が付かなかった。振り返るとホセが腰を抜かしたように尻餅をついた格好で前歯の溶けた口をぽかんと開け、一人床に座っていた。他の奴らはどこかへ行ってしまったようだ。

 ゆっくり目線をホセの見上げている方向へ移すと、目と髭らしきものが描いてある黄土色のスクールバスが玄関から突っ込んでいた。フロントガラス越しに大きな頬の傷を歪めて笑っている男が見えた。





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