第10話 アニメオタクのエンリケ

「You know Nausicaa?(ナウシカは知ってるよね?)」


 オレがハポネスだと知ったこいつの最初の質問はこれだった。こいつの名はエンリケ。堺屋のみんなにホアンの話をした後、アミーゴのアパートへ単身潜入した際に、アミーゴの大将パン(ボクシング観戦の時にオレを肩車して走り回ったアミーゴだった)が紹介してくれたのがこいつだった。


「You know this, too?(じゃあ、これは?)」


 これから立ち向かう巨悪に武者震いを起こしながら、アミーゴの大将にまでかけあって、ホアンの現状とオレの意気込みを話したのだが、結局紹介されたのは能天気なアニメオタクのアミーゴだったのだ。

 最初紹介された時は、文字通り頬に大きな傷のある、目つきの鋭い、マフィアもビビッてしまうのではと思うくらいの凶暴な人相で、リアル「ゴルゴ13」だと確信し、前に出るより後ずさりしながら握手を交わしたのだ。しかしオレが「ハポネスだ」と自己紹介した途端、「ゴルゴ13」は典型的な「オタクキャラ」に変身してしまったのだった。


「I’m really sorry to hear that he is not making another movie…(彼がもう映画を創らないなんて非常に残念だ…)」


 こいつの部屋は日本製アニメで埋め尽くされていた。特に日本でもっとも有名な、後にアカデミー賞まで受賞した監督を崇拝しているようで、彼の作品のビデオテープがビニールの封も破られていないままで、棚に飾られている(ご丁寧に観賞用テープは余分に数本ずつ揃えてある)。その棚の横に並んだショーケースにはパンダやルパンやナウシカ、それにオレの好きなトトロのフィギュアまでが美術品のように飾られ、ライトアップまでしてある。アミーゴの巣窟にいながら、これだけのコレクションとは…盗品かと思ったが、そうではないらしい。

 こいつもホアンと同様、天涯孤独の身で15か16くらいの年齢で違法入国し、そのままロサンゼルスに根を生やして10年くらいになるそうだ。ただ趣味兼ビジネスのエロアニメの違法コピー、いわゆる海賊版の製造販売で稼いでいて、さらに手の込んだことにアニメのぼかし部分を精巧に再現したオリジナル(?)でかなり儲けているらしい。ただしエロアニメではない通常の作品の海賊版は製造しないという。


「作品性の高いものには手を出さない」


 そう胸を張ってなおも語り続けるアニメオタクを前にオレの失望はさらに膨らんでいった。しかし、エンリケはアミーゴの仲間内で相当恐れられている男だというパンの話が本当だと分かったのはこの後だった。人相どおりの「ゴルゴ13」だった。オレがハポネスでアニメ好きで本当によかった。


 オレの横着な相槌など全く気にも留めずに、日本人の有名アニメイターのサインを自慢げに見せたり、一子相伝の拳を託されたアニメの主人公の悲哀を語りつつ、ホセがまだロサンゼルスに留まっている事、マリアが一緒にいる事、そしてそのおおよその場所まで把握している事を語ったのだった。

 車とマリアを簡単に手に入れたホセは、事があまりにうまく運びすぎたのだろう、こっちでもう少し収穫を上げてから逃亡するつもりらしい。車が裏ルートでまだ売れていないことも足留めされる原因のようだった。

 エンリケはこれだけの情報をいとも簡単にオレに話してくれるとさらりとこう言った。


「で、そいつをマッカーサー公園の池にしずめればいいのか?」



 翌朝、堺屋での作戦会議が秘密裡に行われた。出席者は堺屋メンバーほぼ全員。


「うまくいくんか?」


 北さんの疑問は至極当然だった。考えた本人ですら計画があまりに荒唐無稽で本当にうまくいくのかどうか全く自信が無かった。たださすがのエンリケもおおよその場所は把握していても、法治国家のアメリカで辺り一帯全部をスナイプして回るわけにも行かず、思いつきで話したオレの稚拙な計画に乗っかってくれたようだった。


 名付けて「北さん、御触れを出す」作戦。あまりに間抜けな作戦名で言いたくないが、ネーミングのセンスはないので勘弁して欲しい。つまり300ZXの売れていないホセをおびき寄せるために、ホアンを犯人だと思っているフリをしつつ北さんが「ホアンから車を取り返してくれたら1万ドルの賞金を出す」と周りに話しているという噂を、アミーゴ社会に触れ回るという作戦だ。どうなるかはわからないが、金額的には妥当なところだとエンリケのお墨付きをもらった。裏ルートでの車の売買より手っ取り早く、安全な賞金に目がくらんだホセをおびき寄せたところでうまくアジトを聞き出し、エンリケと協力してマリアを奪還する。どうだろうか?


 結果は意外に早く訪れた。全く予期しない形だったが。

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