第8話 謝罪

 ランチタイムが終わった後のまかないをみんなで食べている。


「…」

「…」

「…」


 ホアンとマリアが行方不明になり、北さんの車が盗まれたあの日から既に5日が過ぎた。オレの好きな堺屋の楽しいまかないの時間はお通夜のようだ。

 犯人だと思われていた日系人のスケベオヤジはお茶屋のおばさんが話していたとおり、全くのシロだったことが判明していた。彼がモールを一人で歩いて出て行くところを入り口に立っていたモールのセキュリティに目撃されていた。日本でいう民生委員を務める日系の立派なお役人さんだそうだ。

 マリアがあの日ショッピングモールでうろうろしているのをたまたま見かけて、声をかけただけらしい。学校は?家は?などなど聞いたそうだが、マリアはいつも通り、ヘッドホンをしたまま黙っていた。ただいつもとちがって不安そうな表情を浮かべていたらしい。追いかけられて、いつもと違う場所に座っていたのだから不安になっていたにちがいない。

 結局オレはまがいものの情報に2日も振り回されただけだったのだ。


 誰も一言も発さないので、仕方なくチーフが初球の軽い変化球を北さんに投げた。


「車は見つかりそうなんか?」

「いや、警察も盗難車なんていくらでもある話やから、よっぽどでないとちゃんと探してくれへんやろ。」


 ここロサンゼルスでは年間1万台を超える車の盗難事件があり、日本のような島国と違って、そのほとんどがばらばらに部品にしてそのまま地続きの国外、特にメキシコに持ち去られていくために盗難車両が見つかる可能性は低い。さらに日本町で起こった日本人オーナー車の盗難事件など躍起になって探す理由など見当たらないだろう。ただすぐに国境を越えてそのまま運び出すのは簡単ではないはずだ…わずかな希望でも捨ててはいけない。


「ホアンのことは、警察に言うたんか?」2球目はど真ん中直球だ。

「いや、…」


 誰も口には出さないが、あの騒ぎに乗じた何者かが、北さんの車のキーを盗んで持っていったに違いないと思っている。そしてその何者かとは…。

 それ以上、誰も会話をつなごうとはしなかった。


 その時、ドン!ドン!ドン!とキッチン裏のドアを叩く音がした。

 車の盗難事件があって以来、店の中に人がいても裏のドアの鍵を閉めるようになっていた。


「野菜屋か?あいつ営業がしつこいからなー」


 チーフが立ち上がって行こうとするのを制するようにオレと北さんがもう向かっていた。何らかの予感があったのだ。キッチン裏のドアを開けると、奴が直立不動で奥歯をグッとかみ締めながら、まだ少年っぽい目元一杯に涙をためて立っていた。


「ホアン!?」

「どうしとった?」


 驚きと疑念の入り混じった声が、ランチタイムが終わった後の静まり返ったキッチンに響き渡る。ホアンは一言も発しなかった。ただ立ち尽くして震えていた。駆け寄ったオレは異様な光景を目にした。

 肩から腰の辺りにかけて布がぼろぼろになってぶら下がっており、そのぼろきれが汚れで黒くなってしまった赤い塗料で固まっているようだった。


「ホアン!?」


 背中に回ってみてぞっとした。原爆の資料写真でみた被爆者の皮膚みたく、ケロイド状態のようになって、その皮膚にぼろきれが血糊で固まってぶら下がっていたのだった。


「ホアン、大丈夫か!?」


 オレの声は聞こえていないかのように、ホアンの目はオレと一緒にキッチンの裏手まで飛んできた北さんをじっと見つめたままだった。そして、北さんが声をかけようとした時、日本式の挨拶さながらに両手を両方の太もも辺りでピシッと揃えた「気を付け」の姿勢をとったままゆっくりと、そして深々と北さんに頭を下げたのだった。


「スミ…マ…セン…」


 まだ仕事を始めて間もないホアンが唯一覚えた謝罪の日本語と動作だった。

 北さんが再度、声をかけようとホアンの肩に手をかけた瞬間、ホアンはその体勢のまま前に崩れ落ちた。

 ホアンは背中の傷と極度の疲労で高熱を出し、そのまま気を失った。

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