第7話 雨中の張り込み

 久しぶりの雨が降っている。もう10月だから当然だろう。

 ロサンゼルスでは夏季の6月から9月末くらいまでの間、ほとんど雨が降らない。だから夏季の間に雨漏りの検査などをせずに家を購入したりすると大変なことになるようだ。オレの知り合いでもこちらで家を購入後、日本へ一時帰国する際に「どうせなら家賃を稼ごう」と他人に家を貸したのはいいが、帰国後とんでもない雨漏りが発覚し、海を越えて訴えられたそうだ。

 だからといって車の雨漏りまで点検しなければならないとは思いもよらなかった。映画で張り込みをするシーンを良く見かけるが、雨漏りのする車の中で張り込みを続ける間抜けは見たことがない。知ってか知らずか金額が安かったのも事実なので、今更前のオーナーに文句を言いに行くわけにもいかない。北さんの新車の300ZXとは比べ物にはならないが、それなりに愛着をもって接してきたので車にも当たりたくはない。元はといえば『あの男』のせいだ。くそー、『あの男』いや『あの犯人』めー…。


 マリアを連れて行った、いや誘拐した男はこの日本町から程近いダウンタウンの高級コンドミニアムに住んでいるらしい。一昨日、三重子さんの昔なじみというお茶屋のおばさんが話してくれたのだった。


「あたしも見たよ、あの犯人。知ってるよ、あの男。でも…」


『あの犯人』が、『あの男』に変わり、最終的には店先で話までしたことのある『あの人』にまで昇格した。あの人、そんなことする人じゃないと思うけどね、と。

『あの犯人』は日系の3世らしい。(オレの中では既に真っ黒の容疑者となっている…八つ当たりじゃないよ)このショッピングモールにも何度か来ていたようである。三重子さんのネットワークにより、モール内の写真屋から手に入れた『あの犯人』の写真を手に、ここ数日のシフトを急遽劉さんにカバーしてもらい、男が朝自宅から出てくるか、夕方帰宅するところを捕まえようと待ち伏せしているのだ。


「マリア、いてくれよ…」


 犯人を待ち伏せ、捕まえ、彼女を助け出す。オレの中で犯人を確定してから、その思いはいつしか別のものに変わろうとしていた。例の男は昨日今日と2日待ち伏せしたが捕まらず、何よりもホアンがここ丸2日姿をくらましたまま何の連絡も入らなかった。北さんの車も盗まれたまま犯人について何ら手がかりもつかめていない。さらに『あの犯人』についてもお茶屋のおばさん曰く、「絶対犯人じゃないよ」とあの後何度も三重子さんに念押ししていたらしい。

 別の暗い想像が頭をもたげてくるのを打ち消すために、これから捕まえる男こそ『あの犯人』で、そこにマリアがいる方が良いとまで思うようになっていた。

 オレはシートまでが雨水を吸って冷たくなっていく車の中で、ホアンの明るい表情ばかりを追いかけていた。アリーナ席を用意して大勢のアミーゴたちの真ん中を掻き分け、オレたちを案内してくれた得意満面の顔。ようやく覚えた日本語でオレたちの会話の中に訳も分からず入ってきた時、わざといたずらをして怒られるのを待っているかのような腕白坊主の顔。誕生日さえ知らないといって笑った顔。

 社会の底辺をくぐりぬけて尚、あんな強力な笑顔ができる少年がそんなことをするわけが無い。絶対そうだ。それでも思考がどうしても悪いほうへのスパイラルへ落ちていくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る