第6話 容疑者?

 チーフが急ぎ仕入れてきた情報では、最後にマリアが目撃されたのは1階フロアの書店の前のベンチで、日本人らしきオヤジが彼女に話しかけていたらしい。

 いつも3階フロアからは動かないはずなのだが、同じレストランフロアのラーメン屋の息子が彼女と話したくて、しつこく追い回したようだ。そのうち扉がしまりかけたエレベーターに駆け込んで降りてしまったらしい。1階で降りた後、エレベーター近くのベンチにとりあえず座ったのだろう。

 目撃証言によるとネクタイに黒っぽいスーツの上下という、いかにも日本風サラリーマンの服装で40後半から50代くらいのオヤジが話しかけていたということだった。美少女アニメオタクの平均年齢からすると多少上ではあるが、連れて行ったとなると単なるファンではなく立派な犯罪者だ。その手の犯罪者に年齢など関係ない。


「ポリスにとりあえず通報したらどう?」三重子さんがあわてた様子で叫んだ。

「1階におったのが1時間くらい前やから、全員でもう少し捜してみよう」北さんが三重子さんの提案には答えず、そう切り返した。


 そうなのだ。こういった事態になっても彼らは簡単には警察を頼れない。警察と移民局がつながっているわけではないが、事件となると話は別だ。加害者はもちろんのこと、被害者までも平等に国外へ追放される。厄介ごとを起こす不法移民はこの国には不要な存在なのだ。それは世界中のどの裕福な国でも同じことだろう。

 三重子さんもそのあたりの事情を察したらしく、立ち上がりながら悔しそうに呟いた。

「とにかくその辺もう一回捜そう」


 ホアンは鬼の形相でオレたちの話を何とか理解しようと見つめていたが、あまり積極的な案が出ない様子を悟ったのか、それとも何か思い当たる場所があるのか、あわてた様子で店を出て行った。オレもとにかくもう一度、最後にマリアを見たという書店の店長から話を聞こうと店を出た。


「チーフに話したとおりだけど。特に特徴のあるような顔ではなかったし、まあ、典型的な日本のサラリーマン風だったよ」


 典型的な日本のサラリーマン風の日系書店のアメリカ副支社長兼ロサンゼルス店、店長は、おもちゃの鼻眼鏡をかけたような顔でそう繰り返しただけだった。

 ここでこのセリフは卑怯だが、言いたい。「前から思っていたのだが、本当に使えない奴」。でもここは根気よくどんな情報でも今のうち取っておかないと忘れられてしまったら、取り返しが付かない。さらに聞き込みを続けた。


「その後、どうしたか見ました?」

「そうだなー、しばらくベンチで座って話していたようだけど。でもその後見てないなー。あの子結構かわいいから、変なオヤジにからまれてるのかなーっていう感じはしたけどね。みんなちらちら見てたよ、ここから。ほらここ全部ガラス張りだから」


 鼻眼鏡は書店のほうを指差し、下卑た笑みを浮かべてそう答えた。

 変なオヤジがからんでると思ったなら、声をかけるとか、止めに入るとか、何とかしてればよかったじゃないか!思わず怒鳴りそうになったが、同時にホアンがマリアの件で多少心配してオレに相談した時、真面目に考えてなかった自分自身を思い出し、急に怒りの矛先が自分自身に向いて胸が悪くなった。


「何か分かったか?」


 チーフと北さん、それに劉さんがエスカレーターで降りてきつつ、書店の前にいるオレに声をかけた。


「いえ…」


 既に書店の中に引っ込んでしまった店長の悪口をぶちまけたかったのだが、自分に対しての嫌悪感もそれ以上にふつふつと湧き上がってきていて、言葉が出なかった。

 彼らもモール内をあちこち捜したようだがやはり見つからず、新たな情報も無かったらしい。


「ちょっと車でその辺捜してみよか?」


 後30分足らずでディナーの仕込みが始まる時間だが、みんな戻って仕事を始められる気分ではなかったので、チーフのその提案に3人ともすぐ賛成した。

 そうと決まれば早いほうがいい。急ぎ店に戻って車のキーをとり、出て行こうとすると北さんが声を上げた。


「車のキーがない!」


 どうしてこんなことばかり重なって起こるのだろうか。3階フロアから続いている立体駐車場に北さんと一緒に走っていくと…果たしてそこから北さんの車は消えていた。


「今日は1階とか2階に停めたってことはないですよね?」

「ありえへん。いつものとおりや」


 言いながら、しかしオレたちは2階、1階と車を捜しつつ降りていった。


「やっぱり無い…」

 北さんが呆然としながら、声にならない声でぽつりと言った。


「朝、乗ってきてその後は駐車場にいちいち車を見に来たりは…しないっすよね」

 バカな質問だと思い、途中でやめてしまおうと思ったのだが、それに反して北さんがこう言った。

「マリアを捜すときに、外に出るかも知れんから、板前服のままやったらまずいやろと思って、車に乗せたままのジャケットを取りに来たから、さっきまであったで」

「で、どうしたんですか?」オレは勢い込んでたずねた。

「だから、ジャケット取って店に戻って…そしたらホアンがちょうど戻って来てて、俺もこれからモールの中捜すからって話したけど…」

 北さんはそこで少し考えるような表情になってこう付け加えた。

「あいつ、言葉が分からんというより全然オレの話聞いてなかったようやな。何かぶつぶつ独り言いいよってからに。そういえばあいつ何処行ったんや?」


 オレたちが話しているところへ三重子さんが昔なじみというお茶屋のおばさんを連れて走ってきた。


「あたしも見たよ、あの犯人。知ってるよ、あの男。でも…」

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