EP11_
部屋の中には、絶望的な静寂が流れていた。
俺は先ほどのペナルティの電撃から未だに動けなく、
視界に入った汚れた原稿を見るしかなかった。
俺のそばでは、魔導士とサキュバスが口論していたが
聞き流す気力すらなかった。
「……我の、我の仕事が……魂の写植が……」
「なによ、あんたのせいじゃない」
魔導士は幽霊のように肩を落とし、
トボトボといつもの定位置――タンスの中へと引きこもっていった。
あいつ、魔導士じゃなくてドラキュラとかじゃね?
今度ニンニク近づけてみようかな。
「もう、暗いわね。…ねえ坊や、そんなに落ち込まないでよ。ほら、人間ってこういう格好が好きなんでしょ?」
一瞬で彼女の服が、フリルたっぷりのメイド服へと変身する。
「……何してんだよ」
「メイド服っていうの着てみたの? ねえ、スカートの丈はどっちがいい? こう、おしとやかな長い方?」
「そうだな……普通に長い方だな」
「そう。じゃあ短い方ね」
えっ、もしかして思考とか読まれてんの?!
彼女が再び指を鳴らすと、スカートは際どいミニ丈へと変身した。
彼女はそのまま「よっこいしょ」と床に座り込み、散らばった同人誌を整理し始める。
短いスカートから、動くたびに「何か」がチラチラと覗くが、俺は理性を総動員して見ないことに決めた。
「大体、なんでメイド服なんだ…」
「だって坊やの書いてるマンガだと、大体メイド服出てくるじゃない?大体ていうかほとんどか。
だから好きなのかな?て」
「全部じゃないし…制服とか?バニーとか?だって書いてるし」
「あっそういえば、バニーてこれ?」
一瞬でバニー服に変身する。
それは、鈍い光沢を放つ漆黒のサテン生地。
極限までタイトに仕立てられたボディスーツは、彼女のしなやかな肢体の曲線をこれでもかと強調し、
呼吸のたびに胸元の深いカッティングが危ういラインを描き出している。
腰の高い位置でカットされたハイレグからは、健康的でありながらもどこか扇情的な太もものラインが伸び、
動くたびに、真っ白な丸い尻尾が、挑発するようにぴょこぴょこと揺れた。
頭上には、しなやかに反り返った長い兎耳。
首元に添えられた真っ白な蝶ネクタイと、手首を飾るカフスが、
肌の露出を逆に際立たせている。
思わず赤面して、硬直してしまう。彼女がわざとらしく腰をくねらせて歩くたびに、
ストッキングに包まれた脚と、高いヒールの音が、静かな部屋に響き渡った。
「ふふ、メイド服よりこっちの方がお好みみたいね」
サキュバスはちろり、と舌をだして、挑発的な笑みを浮かべた。
「な、えっ…」マズイ、なんか色々やばいぞ
「へー悪くないわね。異世界人にはこういう生き物がいるのかしら?」
「え?この世界にはバニーさんは居ないんですか?」
なんてことだ。全人類の漢のロマンが…
「んーいるにはいるんだけど…そうね魔族領にいけば会えるわ」
「ぜひお願いします。今度連れていってください」
しびれから回復した俺は、スライディング土下座を決め込む。
「ふーん、まあいいいけど、えい」
なぜかヒールで頭を踏まれる。
「いっいたい、なんですか?!」
何故か敬語で反論してしまう。
「わかんないけど、なんかむかついた」
「はぁ?!」
意味わからん。
気が晴れたのか、サキュバスはバニーさんのままで、ベットに転がった同人誌たちを集め始め、
他のまだ未読な本を整理していた。
「あら、なにこれ。他の本と紙の質が違うわね」
サキュバスが一冊の分厚い本を取り出した。それは同人誌ではない。
即売会の企業ブースで、俺が数時間並んで手に入れた、あるハリウッド映画――『アイアン男』の公式設定写真集だ。
「……それは、俺の宝物だ。……いいか、このメカニカルなディティール、それでいて洗練されたデザイン、そして何よりこの『赤と金』のカラーリング……」
俺は思わず起き上がり、その本の内容を熱く語り始めた。
だが、サキュバスは「へー、ふーん」と、興味なさげにページをめくるだけだった。
「……はぁ。やっぱり分かんねえか」
俺は再び枕に顔を沈めた。
ふと、思い出す。
この学校で唯一、この『鋼鉄のスーツ』について熱く語り合えた男がいた。
(田村くん……あいつ、今頃どうしてるかな)
彼が元気でやっていることを願いつつ、
俺は机に座りなおし、刻々と迫ってくる締め切りをきにしつつも
同志のことをかんがえていた。
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