EP9_路地裏の仕立て屋と再会
俺が次の原稿に取り掛かろうとした時、サキュバスがニヤリと笑って指を鳴らした。
「坊や、集中したいでしょ? あいつ、うるさいから『封印』しておいたわ」
見れば、魔導士が引きこもっているタンスの周囲に、禍々しい紫色の魔力の壁が展開されている。中からは「ククク……『虚無の牢獄』、か……」という、
状況を勝手に脳内変換して楽しんでいる魔導士の声が漏れていた。
「これでよし。さあ、坊や。私の続き、早く描いて……」
サキュバスが俺の肩に顎を乗せ、甘い香りを漂わせたその瞬間——。
「——『絶望の、慟哭(デッドリー・スクリーム)』ッ!!」
ドガァァン! という爆音と共に、サキュバスの結界が内側から粉砕された。
タンスから飛び出してきたのは、中二病辞典を片手に、全身から青白い火花を散らした魔導士だった。
「お、おい!? 結界が破られたぞ!」
「……なによあいつ、中二病の言葉に興奮して魔力が増幅しちゃってるじゃない……!」
魔導士は鼻血を拭いながら、辞典の一ページを突き出してきた。
「勇者よ。この『聖典』にある、風に靡いてもシルエットを崩さぬ『暗黒の外套』。
これが今すぐ必要だ。我の魔力、この詠唱に今の衣装は耐えられん!」
物理的に服が弾け飛ぶ前に、俺たちはやむなく街へ出ることになった。
城下町の賑やかな大通りから一本外れた、古びた衣装店『針と糸の家』。
魔導士の「漆黒の布を用意しろ」という無茶振りに応えられる店を探して、たどり着いた場所だ。
「いらっしゃいませ……あ、佐藤くん!?」
店の奥から、大量のハギレを抱えて出てきたのは、クラスメイトの織田さんだった。
裁縫部のエースだった彼女もまた、王城で「たかが服作りで魔王を倒せるか」
と冷遇され、追放されていたのだ。
「織田さん……ここで働いてるのか?」
「うん。追い出されて途方に暮れてたら、ここのお婆ちゃんが拾ってくれて。
でも、この世界の服って実用性重視で……。
もっとこう、フリルとか、16連ベルトとか、そういうのが作りたくてウズウズしてたんだ」
苦笑いする織田さん。そんな彼女の前に、魔導士が音もなく立ちはだかった。
「……娘。貴様に、我が『魂の形』を縫い上げる覚悟はあるか」
魔導士が差し出した『中二病辞典』を、織田さんは食い入るように見つめた。
「いいね作れるかも。でも、この魔導士さんの体格に合わせるなら、
もっとこう、肩のラインを強調して……」
織田さんの指が、空中で複雑な曲線をなぞる。職人の血が騒いでいるのがわかった。
「こんなデザインはどうかな。えっと、書くものは……」
「あ、これを使ってくれ」
俺はスキル『ペーパーワーク』を唱え、手馴染みの良い上質な紙とペンを彼女に手渡した。
織田さんは迷うことなく、さらさらとペンを走らせる。
そこに描き出されたのは、中二病辞典の意匠をベースにしつつ、
魔導士の銀髪と冷徹な雰囲気を最大限に引き立てる、漆黒と銀の多重外套。
16本のベルトと、裏地に刻まれた「意味深な幾何学模様」
が、厨二心を激しくくすぐる逸品だ。
魔導士が、その紙を奪い取るようにして覗き込んだ。
「……ッ!? この、無駄に長い裾、そして歩くたびに翻るという幾何学の裏地……。
これだ。これこそが、我の渇望していた『真の姿』……!」
魔導士の瞳が、歓喜に震えている。その瞬間だった。
『——判定。読者の満足度を確認。成果「あり」と見なします』
チャリン、と。
店のカウンターの上に、どこからともなく金貨が数枚落ちてきた。
「え、何これ、お金!?」
「あ、ああ……気にしないでくれ。俺のスキルの『報酬』みたいなもんだ」
どうやら、俺の出した紙に書かれた「デザイン画」も、読者(魔導士)を熱狂させた「作品」としてカウントされたらしい。
「よし、佐藤くん、この紙は預かるね! 素材はこの魔導士さんの魔力に耐えられる特注の
『黒山羊の革』を使うから……ちょっと高くなるけど、この金貨があれば最高のが作れるよ!」
織田さんは金貨を掴み、すぐさま奥の作業場へ駆け込んでいった。
「頼んだぞ、漆黒の聖女よ! 我は……我は、タンスの中で完成を待つことにする!」
「ちょっと、勝手に入らないでよ、不審者!」
衣装店の主人に追いかけられながら、魔導士は満足げな顔で再び闇(タンス)へと消えていった。
「……ねえ坊や。あいつの服が完成するまで、私の漫画の続き、描けるわよね?」
サキュバスが、逃がさないわよと言わんばかりに俺の腕を強く引く。
俺は、織田さんの創作意欲に火がついたことに安堵しながらも、再びペンを握り直した。
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