EP8_クローゼットの暗黒卿
「……なんだ、この紙は」
銀髪の魔導士——四天王の一人である彼は、冷徹な瞳で床に落ちた原稿を拾い上げた。
そこには、彼そっくりの男が「闇よ、我が腕に集え(ダークネス・レゾナンス)」
と叫びながら、サキュバスと顔を赤らめている地獄のような光景が描かれている。
「ちょ、返せ! それは……」
「黙っていろ、異世界の勇者よ。……ほう、『漆黒の焔が、虚無の果てから汝を呼び覚ます』か」
魔導士の眉間がピクリと動く。怒りで焼き払われるかと思いきや、
彼の口元がわずかに、本当にわずかに震えた。
「なるほど。この言葉選び……実に素晴らしい。我が魔力を具現化する言葉として、
これ以上の響きはないのではないか?」
「はあ!?」
絶叫したのはサキュバスだった。
「ちょっと、あんた本気!? これ、あんたが私にデレデレしてる気持ち悪い漫画なのよ!?」
「黙れ。この『絶望の深淵(アビス)』という言い回し……。
俺が今まで使っていた『ただの穴』という表現が、いかに浅はかだったかを思い知らされる」
どうやら彼は、ストーリーよりも「言葉の響き」に魂を抜かれてしまったらしい。
「あ、あの……もしよかったら、これも読みますか?」
俺は、即売会の落選の腹いせに爆買いした戦利品の中から、一冊の分厚い本を取り出した。
サークル『漆黒の黙示録』が出した、その名も『全知全能・中二病用語大辞典』。
採算度外視で、辞書並みの厚さがあるのに会場価格1000円という、
狂気的な情熱が詰まった一冊だ。
「中二病……? いや、これは『聖典』ではないか。ファッション、行動指針、そしてこの溢れんばかりの難解な熟語……!」
魔導士の目が、これまでにないほどギラギラと輝き始めた。
彼はさっそくベッドで読もうとするが、それをサキュバスが全力で阻止する。
「ちょっと! ここは私の指定席よ! あんたみたいな根暗な魔導士と一緒に寝るなんて死んでも御免だわ!」
サキュバスに蹴り出された魔導士は、一瞬ムッとした表情を見せたが、
すぐに部屋の隅にある古びたタンスに目をつけた。
「ふん……。構わん。暗いところは我が魔力が高まる故……『深淵の闇』にて、この聖典を読み解かせてもらう」
バタン。 四天王の一人が、中二病の辞典を抱えてタンスの中に引きこもった。
しばらくすると、タンスの隙間から「ククク……『悠久の輪廻』か……」という不気味な独り言が漏れ聞こえてくる。
「……何なのよ、あいつ。気持ち悪い……。ねえ坊や、あんなの放っておいて、
早く私の漫画の続きを描きなさいよ」
サキュバスは呆れ果ててベッドに寝転がったが、俺の脳内には新しいアナウンスが響いた。
『——判定。読者の満足度を確認。成果「あり」と見なします』
「え……?」
(……まさか、タンスの中のあいつも『読者』としてカウントされたのか?)
『報酬をお支払いします。カウントダウン・リセット。
次回の締切は六時間と2分後です』
チャリン、と机の上に金貨が落ちてきた。
どうやら、最強の敵、四天王が二人。 一人はベッドで同人誌を漁り、一人はタンスで中二病を極めている。
俺の異世界生活は、取り返しのつかない方向へと走り始めていた。
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