EP7_地獄の新作と窓外の殺気

「寝過ごした――ッ!」


 俺はバネ仕掛けのようにベッドから飛び起きた。

視界の端に浮かぶ血のような赤い数字は、無慈悲に、着実にゼロへと向かっている。夢じゃない。ここは異世界で、俺は「描き」続けなければ死ぬのだ。


 窓の外を見れば、太陽はすでに天高く昇っていた。  

気がかりだったのは気温だ。つい数時間前まで(俺の感覚では)、

俺はあの灼熱の即売会会場で、アスファルトの照り返しと人の熱気に焼かれていた。


 だが、この世界は違った。  

窓から吹き込むのは、肌をなでるような心地よい微風。この国の季節は、

夏ではないらしい。


「起きた? 坊や。よく眠ってたわね」


 横からかけられた艶やかな声に、心臓が跳ね上がる。  

隣を見れば、サキュバスのコスプレ(?)をした例の女が、俺を抱き枕にしていた余韻を楽しむようにシーツの上で伸びをしていた。


はだけたシーツから覗く滑らかな脚。彼女が生まれたままの姿であることは容易に想像できた。  ……いや待て、そもそもサキュバスの「生まれた姿」ってなんだ?

カエルみたいにオタマジャクシから成長してこんな美人になった可能性もあるのか……?


 そんなくだらない現実逃避をしながら、俺は机へと向かった。  

寝落ちする前に考えていた構成はこうだ。


『ちょっと中二病な美形の魔導士と、その幼馴染のサキュバス。実は両片想いなのに、素直になれず魔法の暴走(という名のイチャつき)を繰り返すラブコメ』


 後ろを振り返ると、彼女はまたベッドで新しい同人誌を読み始めている。  

まあるく綺麗な尻の間から一本の尻尾が生え、感情に左右されているのか、

ひょこひょこと動いていた。

実家で飼っていた『ポチ』という犬を思い出す。


そんな思い出を胸にしまい、原稿にとりかかった。




『カウントダウンを開始します。残り一分です』

「ふー、間に合った。今回は電撃食らわずに済みそうだ」

 描き上げたばかりの原稿をまとめ、俺は大きく伸びをした。

  「えー、完成したの? 見せて」


 上機嫌でやってきた彼女の手が、最初の数ページで止まった。

 プルプルと、彼女の細い指先が震えている。

 ……感動か? いや、違う。


「…………坊や。一つ、死ぬ前に聞いていいかしら」


 部屋の空気が、ピキ……と凍りついた。


「この、生意気な上に微妙に髪型をセットしてる、無駄にキザな魔導士なんだけど……まさか四天王の一人の『あいつ』がモデルかしら?」


「四天王? 何のことだ?」


「私があいつと好き合ってる? 冗談じゃないわ。顔を合わせるたびに殺し合ってるレベルなのよ、私たちは!!」


「そんなこと言われても……」


「こんなマンガ、破り捨ててやるわ!」


『判定。読者の期待を裏切りました。あなたの作品は評価に値しません。

——罰を与えます』


「あがああああああああ!!?」


 もう何度目か分からない電流の刑。

のたうち回る俺を冷ややかに見下ろし、彼女は原稿を床に叩きつけた。


「ふん、いい気味だわ。あんな雑魚で根暗で性根の腐った魔導士なんて、

誰が好きになるもんですか!」


 彼女がぷりぷりと怒りに胸を揺らしていた、その時。


 ――びゅう、と。  閉めていたはずの窓から、凍てつくような冷気が吹き込んだ。


「……探したぞ、この裏切り者。異世界の勇者をなぜ生かしている? ……それと」


 逆光を背負い、窓枠に腰を下ろしていたのは、整えられた銀髪に冷徹な双眸を持つ男。  


俺が今しがた原稿に描いた『中二病の美形魔導士』と瓜二つの男だった。


「もしかして今……俺の悪口を言っていたか?」


 俺は床に這いつくばったまま、目の前に落ちた「二人が赤面して見つめ合う」

シーンの原稿と、本物の魔導士を交互に見て、乾いた笑いを漏らすしかなかった。


(……終わった。これ、一番見られたらダメな奴が登場しちゃったぞ……)

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