第2話
その後ちょっとした事件が起きた。
お通夜が終わり、皆が通夜振る舞いの会食会場へ向かい始めたときである。
車いすの少女が、ついに辛抱切らして大声で泣き始めたのだ。
棺桶で眠る父と別れるのを拒んだためだろう。それを見ていた時の僕たちの反応はどれも似たり寄ったりだった。
幼いうちに生みの親を亡くして母親と一緒に取り残された少女を僕らは哀れまずにはいられなかったのだ。あの足では今後生きてゆく中でも多くの困難があるはず。それを共に乗り越えてくれる親の片割れを彼女は亡くしたのだということを可哀そうと思わずにはいられなかったのだ。
子供の泣き声が反響する狭い会場の中に漂うさめざめとした雰囲気。しかし、わびし気なムードが、ある一つの出来事がきっかけで大きく変わり始める。
車いすの上で暴れ出す少女を母親は必死にたしなめようとする。
その拍子に大きく振り回されていた腕が婦人のトークハットと、しだれかかっていた横髪を大きく跳ね上げてしまったのだ。
その時だ。誰もが目を疑った。
あらわになった女性の耳の形は、人間のものとは異なっていた。
白の柔肌で縁取られた耳の輪郭は丸というよりも三角形に近く、特に耳輪の先端が重力に逆らうようにして真上にピンと伸びているのが印象的だった。
その全長は、通常の人の2倍以上にもなると目算できて、とても個人差なんかでは言い表すことのできない芸当だった。
驚く僕たちの表情に対して、その視線を一身に背負う彼女もまた衝撃を受けているようであった。
傍らではまだ少女がしくしくと泣き続けている。
でも、母親は止めようとはしない。そんな場合ではないのだろう。
好奇の目線が降り注ぐ中で、彼女はおとがいを小さく震わせながら、緑色の瞳をかっぴらいて僕たちを見つめ返していた。やがてどこからか、疑念交じりのひそひそ話が僕の耳元をくすぐってくる。
とがった耳をもつ女性のまあるく開かれた眼のふちに、次第に涙が溜まり始めた。
誰かが動かなきゃならなかった。少女を慰めてやらないといけなかった。婦人の帽子を拾ってあげなくちゃならなかった。
本来ならその役目は彼女たちの夫が担っていたはずだ。しかしもうおじさんはいない。今日ずっと二人を見ていたはずの僕の母も今は席を外している。
だから代わりに、誰かが代わりに守ってあげなければならなかったはずだ。
でも親戚のうち、誰一人としてその場から動き出す者はいなかった。
理由は、怖いから。
得体のしれない者にかかわりたくない。今後何をされるか分からない。彼女らに顔を覚えられるぐらいなら、恥をかかせた方がましだ。それに。
彼女らにかかわってほかの親戚から白い目で観られたらどうする。
故人の横たわる荘厳とした空間の中で、幼い少女の泣き続けるだけの時間が何分かにわたって続いた。
僕の視界の中で、彼女たちのもとに向かう者はいなかった。
恐怖のため、不干渉を貫くため、周囲の反応を恐れたため、みんなそれぞれの理由がために彼女たちのもとへと駆け付けようとする人間はなかなか現れなかった。
だから結句、彼女たちを守るために動いた人間はたった一人しか現れなかった。
僕一人だけだった。
彼女たちが何者かだなんてどうでもよかった。
周りの目なんてもっと興味がなかった。
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