第14話 ざまぁの決着
夜は、長かった。
身体は疲れているはずなのに、意識だけが冴えてしまう。明日――保護者面談。紗羅の母親。謙也の親。先生たち。風華。真白。千景。浅葱。そこに、私。
言葉にした瞬間、喉が渇いた。
私はベッドの上で、予備端末だけを手に取る。
真白から届いた資料のチェックリストが、短く並んでいた。
『面談のポイント:
①動画送付(同意なし)
②挑発メッセージ(寝取った/広まらない等)
③虚偽流布(伝聞で拡散)
④脅しメモ(困ること増やす)
⑤取り巻き証言(黙らせたい/手伝って)
※柚葉:事実だけ。感情は不要。』
事実だけ。
それは、私の武器だ。
感情は、私の燃料であって、相手に渡すものじゃない。
私は深呼吸して、短く返信した。
『確認しました。明日、事実だけ話します』
既読がつき、すぐ返事が来る。
『それで十分。明日は会長が隣にいます。』
真白らしくない、少しだけ温度のある文。
私はそれを見て、ようやく心が落ち着くのを感じた。
そして、風華からも一通。
『眠れそう? 朝、迎えに行く。制服のリボン、崩れてても気にしなくていい。あなたはもう十分頑張ってる』
胸の奥が熱くなって、私は画面をそっと閉じた。
頑張ってる――そう言われると、自分が頑張れている気がする。
私は目を閉じた。
※ ※ ※
翌朝。
駅前のベンチに風華がいた。
いつも通り、落ち着いた姿勢。髪は整い、表情は凛としている。私の不安が一瞬で小さくなる。
「おはよう」
「……おはようございます」
「顔色、悪くない。よし」
風華はそう言って、私の歩幅に合わせて歩き出す。
学校への道。
景色は変わらないのに、足取りだけが違う。今日は"決着の道"だ。
校門をくぐる直前、浅葱から通知。
『紗羅ママ、今朝も学校に電話してる。怒りモード継続。でも逆に言うと、紗羅は母親に守ってもらわないと立ってられないってこと。柚葉ちゃん、今日、勝てるよ』
勝てるよ。
その言葉に、私は小さく頷いた。
※ ※ ※
放課後。
面談は、顧問室隣の会議スペースで行われることになった。
長机が置かれ、椅子が対面に並ぶ。壁際には書類棚。空調の音だけが静かに鳴っている。
私は、風華の右側に座った。
反対側に先生たち。村瀬先生と担任の佐久間先生。
真白は資料を抱え、千景は風紀として端に座る。浅葱は同席しない――外で空気を見ているらしい。
扉の前に立った瞬間、胸が苦しくなった。
逃げたい。帰りたい。全部忘れたい。
でも、風華が机の下で私の指を軽く握った。
「大丈夫。あなたは事実を言うだけ」
その温度で、私は頷いた。
ノック。
扉が開く。
先に入ってきたのは、紗羅の母親だった。
きっちりしたスーツ。高いヒール。鋭い目。
視線が部屋を舐めるように動き、最後に私に刺さる。
「……あなたが柚葉さん?」
声は低い。
怒りを抑えた、攻撃の声。
紗羅はその後ろにいた。
俯きがちで、目元が赤い。
それでも私は、見ない。見ない。見ない。
次に、謙也とその両親が入ってきた。
謙也の母親は疲れた顔。父親は固い表情。謙也本人は目を逸らしている。
全員が着席すると、村瀬先生が淡々と口を開いた。
「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。この面談は、当事者間で起きた事案について事実関係を整理し、学校としての対応を決定するためのものです。感情的な発言や、相手への人格攻撃は控えていただきます。――よろしいですね」
紗羅の母親が鼻で笑う。
「ええ。でも、まず聞きたい。うちの紗羅が泣いてるんです。学校は、何を根拠に紗羅を悪者にするんですか?」
来た。
最初の一撃。
村瀬先生は一切動じず、淡々と返す。
「悪者にする意図はありません。事実に基づき判断します。そのために、まず"客観的に確認できる事実"から共有します」
真白が資料を机の上に置いた。
整然とした時系列。スクショ。証言記録。封筒管理のログ。
紗羅の母親の視線が、資料に落ちた瞬間、ほんの少しだけ揺れる。
「……これは?」
真白が、淡々と説明する。
「当事者間のやり取りの記録です。まず、謙也さんから柚葉さんへ、性的な内容を含む動画が送付された件。柚葉さんの同意はありません。これは謙也さん自身が聴取で認めています」
謙也の父親の眉が動いた。
「謙也、それは本当か」
謙也が小さく頷く。
「……うん」
謙也の母親が顔を覆う。
「……なんてことを……」
紗羅の母親が口を挟む。
「待ってください。動画は謙也が送ったなら、紗羅は関係ないでしょう?」
村瀬先生が静かに言う。
「順番に説明します。次に、紗羅さんから柚葉さんへ、挑発的なメッセージが送付されています。"寝取った"趣旨、及び拡散に関する示唆が含まれる文面です」
真白がスクショを示す。
ハートとキラキラ。軽いノリの凶器。
紗羅の母親が息を呑む。
「……紗羅、これは……」
紗羅は俯いたまま、小さく言った。
「……送った……」
紗羅の母親の頬が引きつる。
「あなた……なんで……」
だが彼女はすぐ矛先を変える。
私へ向けて。
「でも! 柚葉さんも、紗羅を追い詰めたんでしょう? 会長さんに取り入って、学校を動かして、紗羅を孤立させた!」
私の胸が跳ねた。
来るな。来るな。来るな。
感情を引きずり出す台詞。
その瞬間、風華が口を開いた。
声は穏やかなのに、絶対に崩れない声。
「事実が逆です。学校が動いているのは、規定に抵触する行為が複数発生したから。柚葉ちゃんは"相談した"だけです。相談した被害者を責める発言は控えてください」
紗羅の母親が睨む。
「あなた、会長だからって偉そうに――」
村瀬先生が遮る。
「春波さんは面談の同席者として、当事者の安全確保のためにいます。今後、個人攻撃はやめてください」
空気が、固まった。
私の心臓の音だけがうるさい。
真白が淡々と次へ進める。
「次に、虚偽の流布についてです。『柚葉が逆恨みで暴れた』という噂が校内で拡散しましたが、目撃証言はありません。複数の生徒が『紗羅さんから聞いた』と証言しています」
証言記録が提示される。
紗羅の母親の顔色が変わる。
「……そんな……うちの子が、噂を……?」
千景が風紀として言う。
「さらに、当事者への接触禁止が出た後も、周辺での発言が確認されています。これは風紀の記録として残っています」
紗羅の母親が声を荒らげる。
「紗羅、あなた……何をしてるの……!」
紗羅は震える声で言った。
「……私……怖かったの……柚葉が……」
その"怖かった"が、刃物みたいに私の胸を刺した。
怖かったのは、私だ。
でも私は、反応しない。
反応したら、相手の勝ち筋。
真白が、最後のカードを置く。
「そして、脅しのメモ。『これ以上やるなら困ることを増やす』。このメモは封筒管理し、顧問が保管しています。加えて、取り巻きの美咲さんが『紗羅さんが"柚葉を黙らせたい""手伝って"と言った』と証言しました」
紗羅の母親が絶句した。
そして、紗羅を見た。
「……紗羅……」
紗羅の唇が震える。
涙が落ちる。
でも、涙は盾にならない。
"黙らせたい"が、すべてを崩す。
謙也の父親が低い声で言った。
「謙也。お前も……この子を守るどころか、傷つけてるじゃないか」
謙也が震えた。
「……俺は……」
村瀬先生が言う。
「学校としては、二名とも重大な規定違反が複数確認されました。対応として、指導・処分を決定します。具体的には、一定期間の登校停止を含む措置、及び再発防止プログラムへの参加。さらに、当事者への接触禁止の厳格化。違反時は追加処分。――以上です」
紗羅の母親が立ち上がりかけた。
「待ってください! そんなの――」
村瀬先生は淡々と返す。
「待てません。脅しが出ています。被害者の安全確保が最優先です」
紗羅の母親の視線が、私に戻る。
憎しみと、焦りと、そして――混乱。
「……あなた、これで満足?」
その言葉が、私の中で反射しそうになる。
満足?
満足なわけがない。私の時間は戻らない。私の心は傷ついたままだ。
でも私は、真白のチェックリストを思い出す。
事実だけ。感情は不要。
私はゆっくり口を開いた。
「……満足じゃないです」
紗羅の母親が一瞬固まる。
「でも、終わらせたいです。私が悪者にされるのも、噂で潰されるのも、脅されるのも――もう嫌です。だから、学校に相談しました。事実を記録しました。それだけです」
声は震えていた。
でも、泣かなかった。
怒鳴らなかった。
私の言葉は、逃げ道を与えない"事実の言葉"だった。
風華が、机の下で私の指を軽く握った。
"よく言った"の合図。
村瀬先生が締める。
「本日の内容は、全て記録します。各保護者へ文書でも通知します。今後、個別の連絡は学校を通してください。以上で面談を終了します」
紗羅の母親は唇を噛み、紗羅の肩を掴んで立たせた。
謙也の母親は謝るように頭を下げ、父親は謙也を無言で連れて行く。
扉が閉まった瞬間、私は椅子に背中を預けた。
全身の力が抜ける。
「……終わった……?」
呟くと、風華が私の方を見て、優しく言った。
「終わった。ざまぁの"決着"は、今ので付いた。あとは校内の空気を、正式に反転させるだけ」
真白が資料をまとめる。
「明日、担任からクラスへ"憶測禁止"と"調査結果に基づく指導が入った"ことが伝えられます。噂は、公式情報に負けます。ここで反転が起きます」
千景も頷いた。
「風紀として巡回強化。追加の嫌がらせは潰します」
私は深く息を吐いた。
胸の奥が、少しだけ空っぽになった気がした。
風華が立ち上がり、私に手を差し出す。
「帰ろう、柚葉ちゃん。今日は、本当に頑張った」
私はその手を取った。
温かい。
この温度が、私を現実へ引き戻す。
私は、取り戻した。
まだ完璧じゃない。でも、確かに。
そして――明日、私は"噂の私"じゃなく、"本当の私"として教室に立つ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
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