第11話 ざまぁは加速する

 教室の空気が、やけに重かった。

 朝の雑談が飛び交うはずなのに、今日は視線だけが動いている。机の上のメモが――私の心臓を叩き続ける。


『ねえ柚葉。これ以上やるなら、あなたが困ること、増やすよ』


 脅し。

 しかもハート付き。軽いノリで刺してくるタイプの脅しだ。

 怒りで紙を握り潰したい衝動が湧くのに、私はそれを"手順"に戻した。


 私はまず、メモが置かれていた机の位置が分かるように写真を撮った。

 次に、メモの表面と裏面を撮る。

 時間が表示される画面も一緒に撮る。

 そして、透明のファイルに挟んで封をする。


 ――触れたくない。けど、触ってしまった分はもう戻らない。

 なら、触った事実ごと"記録"にするしかない。


 私は鞄を持って立ち上がり、教室のドアへ向かった。

 その瞬間、背後から声が飛ぶ。


「柚葉、どこ行くの?」


 紗羅の声だ。

 心臓が一瞬だけ嫌な跳ね方をした。


 振り返らない。

 返事は短く。


「生徒会。用事」


 それだけ言って、私は廊下に出た。


 ※ ※ ※


 生徒会室の前に着くまで、足が止まりそうだった。

 でも、風華のメッセージがある。


『来て。絶対に一人で動かないで』


 私はノックをする。


 コン、コン。


「どうぞ」


 扉を開けると、風華が立ち上がった。真白は既に机の上に資料を広げていて、千景も腕章をつけたまま椅子に座っていた。

 浅葱は壁にもたれ、スマホをいじっている。――全員、戦闘態勢。


「柚葉ちゃん」


 風華が私の方へ来る。

 私はファイルを差し出した。


「……紗羅から、脅しのメモが机に置かれてました」


 真白の目が、すっと細くなる。


「触った?」


「はい。……でも置かれてた状態と、時間が分かるように写真は撮りました。表裏も」


「良い判断」


 真白はファイルを受け取らず、机の上に封筒を差し出した。


「これに入れて。封をして、封の上に署名。

 "いつ・どこで・誰が見つけたか"を記録する。これで『捏造』と言い逃れしにくくなる」


 私は言われた通りに封筒へ移し、封をして、指示された場所に名前を書いた。

 胸の奥のざわつきが、少しだけ整う。


 風華が静かに言う。


「脅しに切り替えたってことは、紗羅が焦ってる。学校の手順で詰められて、噂で潰せなくなった。だから、あなたを黙らせに来た」


 千景が低い声で頷いた。


「風紀案件です。脅迫・威圧の類。少なくとも"指導"で終わらせる内容じゃない」


 浅葱が、画面を見せてくる。


「で、これ。今朝から"柚葉が仕返ししすぎ"って空気、また作られ始めてる。メモと同じタイミングで同情誘導。……動きが連動してるから、組織的だね」


 真白が淡々と補足する。


「つまり、次の主張はこれです。

 ①柚葉がやりすぎている

 ②紗羅は追い詰められた被害者

 ③メモは柚葉の自作自演

 ――この3つで逃げる準備をしている」


 私は息を呑んだ。

 そこまで、読めるのか。


 風華が私を見た。


「柚葉ちゃん、あなたは何もしなくていい。今から私たちが"公式で封じる"。やることは一つ、あなたの安全確保」


 私は頷いた。

 怖い。でも、もう一人で抱えない。


 真白が手順を組む。


「先生に即報告。今日中に緊急の聴取。

 ポイントは二つ。

 ・メモは"脅し"として扱う

 ・置いた事実の確認と、再発防止の命令」


 千景が続く。


「風紀として、当事者の席・動線の確認もします。柚葉さんの机に近づける状況が続くのは危険。座席変更も含めて提案します」


 浅葱がニヤっとする。


「あと、ここからが私の仕事。メモ、筆圧とかペンのクセとか、可能なら似てるやつ探す。教室周辺の監視カメラ――学校に無いなら、廊下の"目撃者"を拾う。さっきの噂ルートみたいにね」


 私は思わず聞いた。


「……そこまで、できるんですか」


「できるできる。学校はカメラ弱いけど、"人"が多い。誰かが見てる。見てなくても、"いつもそこにいる人"がいる。そこを拾う」


 風華が短く言った。


「よし。動く」


 ※ ※ ※


 顧問室。


 村瀬先生は封筒を見るなり、表情を変えた。

 これまでの"噂"や"挑発"とは違う。脅しは、学校として見過ごせないラインだ。


「……新井。これを受け取って、怖かっただろう」


「……はい」


 先生は封筒を鍵付きの引き出しにしまった。

 そして、風華たちを見て言う。


「対応を早める。今日、この場で紗羅を呼ぶ。取り巻きも一人同席させる。そして、"当事者への接触禁止"を、より強い形で出す。座席変更も検討する」


 真白が淡々と確認する。


「保護者面談より前に、緊急指導を入れる、ということですね」


「そうだ。脅しは放置できない。新井の安全が最優先だ」


 浅葱がぼそっと言う。


「よし。ここで"泣いて逃げる"のルート潰せる」


「浅葱、静かに」


 先生が内線で呼び出しをかける。

 その間、私は風華の右側に立った。指先が微かに触れて、私は深呼吸する。


 数分後――扉が開いた。


 紗羅が入ってくる。

 いつもより整った髪、赤い目元、控えめな表情。完璧な"被害者パッケージ"。

 その後ろに、取り巻きの美咲もついてくる。顔は青い。


「……先生、呼ばれて……」


 紗羅が小さく言う。

 私は見ない。見ない。見ない。

 見るなら、"事実"だけを見る。


 先生が静かに問う。


「紗羅。新井の机にメモが置かれていた。内容は脅迫に該当する可能性がある。心当たりはあるか」


 紗羅が、息を呑む音がした。

 そしてすぐ、涙目で首を振る。


「……ないです。私、そんなこと……」


 ――来た。否認。


 真白が淡々と続ける。


「では確認します。あなたは今朝、柚葉の教室の付近にいましたか」


「……いた、けど……」


「理由は?」


「……美咲と、話してて……」


 美咲が小さく「はい」と頷く。


 先生が美咲に向ける。


「美咲。今の話は事実か」


「……はい。廊下で少し……」


 先生はそこで紗羅に戻る。


「紗羅。新井に対して『困ることを増やす』といった趣旨の発言を、これまでにしたことは?」


 紗羅の唇が震えた。

 それは"悲しみ"というより、"詰められた人の震え"に見えた。


「……してないです……」


 風華が、会長として静かに言う。


「柚葉ちゃんの机に『これ以上やるなら』と書いたメモが置かれる状況自体、異常よ。あなたがやっていないなら、誰がどうしてそんなことをするのか。説明できる?」


 紗羅は言葉を失った。

 その沈黙を、先生が逃さない。


「――分かった。現時点で断定はしない。だが、これは重大だ。新井への接触は本日から全面禁止。教室内も含む。違反があれば、処分と保護者同席の指導を前倒しする」


 紗羅が小さく言った。


「……でも、私……柚葉に誤解されてて……。謝りたくて……」


 謝罪ムーブ。油断を取りに来た。


 真白が冷たく切る。


「誤解ではありません。あなたは挑発メッセージを送っています。動画の件もあります。噂の出所として複数名があなたの名を挙げています。"謝れば済む"段階は終わっています」


 紗羅の泣き顔が一瞬止まった。

 その一瞬の"素"が、私の中の迷いを消していく。


 先生が淡々と締める。


「今日はここまで。新井、君は生徒会補助として移動を確保する。春波、橘、浅葱、千景。引き続き連携してくれ。明後日の保護者面談は予定通り実施。必要なら今日中に日程を前倒しする」


 紗羅が立ち上がる。

 退出間際、私の方を見た。


 目が、泣いているのに笑っていない。


「……柚葉。そんなに追い詰めたいんだ」


 私は一瞬、喉が熱くなった。

 でも、言い返さない。


 代わりに、風華が一歩前へ出た。


「追い詰めているのは、あなたの行動よ。柚葉ちゃんは"正しく戻している"だけ」


 紗羅は唇を噛み、扉を閉めた。


 ※ ※ ※


 顧問室を出た廊下で、私は初めて息を吐いた。

 足が少し震えている。


「……言い返さなかった。私」


 自分に言い聞かせるように呟くと、風華が頷いた。


「完璧。今の一言が、紗羅の"被害者ストーリー"を壊した。追い詰めたいんだ、って言葉自体が"脅し"の匂いを残してる」


 真白が淡々と続ける。


「紗羅が次に狙うのは"あなたの信用の破壊"。メモを『自作自演』にしたいはず。だから、こちらは今日中に"防波堤"を作る」


「防波堤……?」


 私が聞くと、真白は迷いなく言った。


「席替え。動線固定。先生・風紀への共有。生徒会補助の名目継続。そして――あなたが一人になる時間を消す」

 

 浅葱が笑う。


「うわ、囲い込みがシステム化してる」


「浅葱、静かに」


 風華が言いながらも、私の手を軽く握った。

 その温度が、冗談じゃなく"守る"の合図になっている。


 私は頷いた。


 次の反撃が来る。

 でももう、反撃が来るほど――私たちは正しく効かせている。


 ざまぁは、加速する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


あとがき


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