第6話 大丈夫、私はひとりじゃない
会議室を出た瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
それでも廊下のざわめきは、まだ私の耳に刺さる。視線が集まる気がして、背中がむず痒い。
風華が私の歩幅に合わせて隣を歩く。
「……よく耐えたわね」
「耐えた、っていうか……必死でした」
正直、手はまだ震えている。
でも、さっきみたいに"何もできない私"ではなかった。
浅葱が後ろから顔を覗き込む。
「ね、柚葉ちゃん。今の面談、相手の顔色変わったの見た? あれが"効いてる"ってやつ」
真白は淡々と頷いた。
「噂が先に回っていた分、相手は"空気で勝てる"と思っていた。
でも今日、学校の公式ルートに引きずり出された。ここで形勢が変わります」
千景も低い声で言う。
「接触禁止が出たの、かなりデカいです。取り巻きも動きにくくなる」
私は息を吐いた。
怖さは消えない。でも――"逃げ道のない怖さ"じゃなくなった。
生徒会室に戻ると、風華が扉を閉めてから、初めて肩の力を抜いた。
「ここから第二手。噂の回収」
真白がホワイトボードに短く書く。
【第二手】
・噂の出所特定(取り巻き)
・訂正の"公式化"(顧問+風紀)
・柚葉の立場確保(生徒会補助継続)
浅葱がスマホを弄りながら言う。
「出所の子、もう名前は割れてる。明日、別の噂にすり替える前に"釘"刺しといた方がいい」
「釘って?」
私が聞くと、真白が即答する。
「事情聴取です。風紀委員会ルートで。本人が『見た』と言っているなら、"いつ・どこで・誰が"を具体化させる。作り話は具体に耐えません」
風華が頷いた。
「千景。明日の昼休み、風紀で呼べる?」
「はい。顧問の許可も取ります」
話が、淡々と進んでいく。
私の感情と関係なく、世界が"処理"されていく感覚。それが、なぜか心地よかった。
その時、生徒会室の外が少し騒がしくなった。
足音が走る。笑い声が混じる。誰かがわざと大きい声で言った。
「えー、でも柚葉ってさ、逆恨みで暴れたんでしょ?」
胸が跳ねた。
また、来る。
私は立ち上がりかけたが、風華が私の手首を軽く掴んで止めた。
「柚葉ちゃん。出ない」
「……でも……!」
「出たら相手の土俵。ここは"記録"だけ」
浅葱がにやっと笑って、スマホの録音を起動する。
「オッケ。証拠ゲットタイム」
真白が扉の方を見て、静かに言った。
「千景。今の発言者、特定できますか」
「できます。廊下当番の風紀がいます」
風華は一拍置いてから、淡々と命じた。
「なら、呼ぶ。明日じゃなくて今。噂を止めるのは、早いほどいい」
千景が頷いて、部屋を出ていく。
私は椅子に座り直した。
怒りが喉まで上がっているのに、風華の手首の温度が、それを押し留める。
「……私、何も言えないの、悔しいです」
風華が私を見た。優しいのに、強い目。
「言えるわ。最後に、全部"まとめて"言える。でも今は、相手が勝手に喋るのを止めない。喋らせる。自分で穴を掘らせる」
真白が小さく頷く。
「噂を広げた側が、後から訂正すると信用を失う。つまり彼女たちは、自分で自分の首を絞めている」
浅葱が私の肩を軽く叩いた。
「柚葉ちゃん、今のは"我慢"じゃなくて"戦略"だから。ね?」
私は小さく頷く。
数分後、扉が再び開いた。
千景が、二年の女子を一人連れて戻ってくる。さっき廊下で大声を出していた子だ。顔が引きつっている。
「会長……?」
その子が風華を見る。
風華は座ったまま、静かに言った。
「さっきの発言、もう一度言って。『逆恨みで暴れた』って、あなたは"何を見た"の?」
「え……それは……」
真白が机にペンを置く音が、やけに響いた。
「いつ、どこで。誰が。柚葉に何をされたの。具体的に」
女子が口をぱくぱくさせる。
浅葱は笑っているのに目が笑っていない。
「言えないなら、作り話ってことになるけど? それでもいい?」
女子は視線を泳がせ、最後に小さく呻いた。
「……紗羅ちゃんが、そう言ってたから……」
――出た。
やっぱり、中心は紗羅だ。
風華は表情を変えずに言った。
「それは"見た"じゃない。伝聞。しかも噂。今後、同じ発言をしたら、風紀として正式に扱う。分かった?」
「……はい」
女子は泣きそうな顔で頷く。
千景が静かに付け加えた。
「今の発言は記録します。あなたを責めたいわけじゃない。でも、誰かを壊す噂は止める。協力して」
女子は何度も頷いて、逃げるように出ていった。
扉が閉まると、私はやっと息を吐けた。
胸の中の熱が、少しだけ形を変える。怒りから、確信へ。
「……紗羅、やっぱり……」
風華が頷く。
「そう。だから次は、紗羅本人に"公式の場"で言わせる。
自分の口でね」
真白が淡々と告げる。
「明日、追加の聴取を提案します。虚偽の流布が絡むので、処分の重さも変わります」
浅葱が嬉しそうに言った。
「ざまぁ、加速してきたね」
私は拳を握った。
怖さは残っている。けれど――もう、引き返さない。
風華が私の方を見て、少しだけ柔らかく笑う。
「今日は帰ろう。柚葉ちゃん。
明日はもっと忙しくなる」
「……はい」
立ち上がった瞬間、風華の指が私の指に触れた。
一瞬、心臓が跳ねる。
でも、その温度が、私に言っている。
大丈夫。
あなたは一人じゃない。
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あとがき
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