第二話 十両あったら、何をしますか?

 青龍。青い龍。


それを戯言ざれごとと笑い流すには、仄火ほのかはあまりに「人ならざるもの」に触れすぎていた。

真っ直ぐにこちらを見る切れ長の凛とした瞳から、仄火はゆっくり目線を上に逸らす。


・・・つまりなんだ。あれか。次期城主様は妄想癖でもお有りなのか。


・・・それともまさか本当の話か?いやいや、カジュギンカでも龍なんて見た事ねえぞ。


「そなたは以前にも奇妙な事について調べていると聞いたのだが。」

「それは・・・」

知親ともちかの言葉に仄火は詰まってしまう。


確かにそういう事もあった。人が突然消えてしまっただとか、奇妙な人魂を見ただとか。

前者は情報屋がカジュギンカに入るところを人に見られてしまっただけの事で、後者はカジュギンカに住まうあやかしの仕業だった為始末をつける事ができた。

もちろん依頼主にはそれらしい理屈を並べて納得させたのだが。


しかし今回は依頼主の格も、報酬も、その依頼内容も何もかも次元が違う。

青龍とは一体なんだ。情報屋を生業なりわいとして長いが全く見聞きした事の無い名前だ。

そもそも青龍の存在自体、何を持ってそうと確かめれば良い?


「それに、そこにいる者もおおよそ人の気配では無いようだが。」

仄火が知親の目線を辿たどった先、表に繋がる戸の前には、いつの間にかハクがいた。

相変わらず気配も無く帰ってくる・・・って、そうじゃない。


この侍は、ハクが見えている。


ハクは常人には見えないはずだ。俺やさやかが見えるのはハクが見えるようにしているだけで、他にハクが見える奴なんて一人も・・・。


仄火が動揺しているうちにハクはすっと知親に近づいたかと思うと、片手で彼の頬をつまんだ。

これには流石に仄火もぎょっとしたが、同時に戸の影から見ていたらしい清の声が響く。

「ちょっとハクさん!?何してるんですかその方はこの国で城主のつぎに、」

偉い人なんですよ。そう続けられようとした言葉は仄火が反射的に口の前に人差し指を立てた事によって止められる。清も慌てて自身の口を塞いだ。

いくら人通りが少ないとは言え壁に耳あり障子に目あり。情報屋の常識だ。


仄火は一旦落ち着く為に息を深く吐き出した。

一方でハクはやれやれといったように手を離すと、今度はその手をあごに当てて知親のことを眺め始める。

「仄火、この若造の言っている事は嘘ではないぞ。確かに、中におるようじゃ。」

「本当かよ・・・。」

驚いたのは仄火だけではなく、知親本人も眉をひそめた。

「今まで、龍が憑いているなどと言われても全くこの身に覚えがなかったが。やはりそうなんだな・・・。」

そう言って閉じたまぶたは何かを諦めているかのようだった。



 何はともあれ、ハクがそう言うのなら青龍の事は信じる他ないだろう。現に彼にはハクが見えている訳であるし。


「お聞かせ願いたいのですが、青龍が日浦家に憑いているというのは一体どういう事なんですかね?」

「それが分からんからそなたに調べて欲しいのだ。ただ分かることと言えば、青龍は代々日浦家の当主に憑き、以前は現藩主であらせられる日浦長門守明重ながとのかみあきしげ様の元に居たそうだ。しかし此度明重様のご子息が不在となった折、何故か大名などとは縁遠い私の元にやって来たらしい。もっとも私も、たった今そうだと言われるまで実感はなかったのだが。」

「まさか、貴方はそれ故に養子として迎えられることになったと?」

「ああ。」

知親の言葉に仄火は頭を抱えたくなった。


今、町の情報屋達が血眼になって探っている不可解な家督相続の真相がまさかこんな・・・。見えもしないあやかしが、憑いているからなどと。

これでは情報屋達は大損である。

もしもこの真相に辿り着いたとしても、依頼主に説明のしようがない。「青龍が選んだから」など誰が信じようか。


「・・・納得できないのは、私も同じだ。なぜ藩の混乱を招いてまで、青龍を宿す者を藩主にしなければならないのかと。」

その声に初めて感情がこもったように、仄火には感じられた。彼が怒っているのか嘆いているのかまでは分からなかったが。

「その理由も分からぬまま大名になるのは嫌だと、そういう事ですか。」

仄火の問いかけに、知親は頷く。

「なぜ青龍が憑いている者を藩主にしなければならないのか、青龍には何かそれ程に特別な力があるのか。出来れば私の中からもっと正統な後継者に青龍を移す方法が無いのかを探って欲しいのだ。」


なるほど、聞いてみればもっともな話だ。その内容の突飛とっぴさを除けば、の話だが。

要はこのお侍が大名になる前に青龍の能力について突き止め、養子としても問題のない身分の人間に青龍を移す事が依頼という訳だ。

「ちなみに、正式に家督を相続するのはいつなんです?」

「一ヶ月後だ。江戸に上がって明重様のご息女である千代姫との婚姻により正式に養子となる。」


「無理!!!」

「ちょ、仄火さん!」

今度は清が仄火の大声をいさめる番だった。

無礼ですよ!とささやく清を他所に仄火は今度こそ本当に頭を抱えた。


ちょっと待て。余りの情報量に頭がついていかない。

「・・・その、まずあと一ヶ月でなんとかするというのはいくらなんでも無理があります。

ただでさえ人間を調べるより時間がかかるのに、今の時点で情報はほとんど無いに等しい訳ですから。」

仄火の訴えにも、知親は涼しい顔をした。

「必ずしも間に合わせる必要はない。

私が藩主となった後でも、他の者に青龍が移ればすぐに藩主の座もその者に移ることとなるだろう。千代姫との婚姻もそれで離縁となるはずだ。」


「それだよ!!」


思わず腰を浮かせて指を指す仄火にも一向に構わず、知親は「なんだ」と表情を変えずに聞き返す。

「仄火さん、本当にやめて下さい。とびますから、首」

もはや懇願こんがんの域に入った清に袖を引かれて、仄火は我に返って座り直した。

「大変失礼致しました。その、俺はてっきり貴方は末期まつご養子として日浦家に入られるものとばかり思っていたんですが、千代姫様と結婚されるというのは一体何故・・・?」

「なんでも、代々青龍はその息子へと移り住んでいたらしい。私に息子がいないと青龍はまた何処か遠い人間の元へ行ってしまうやもしれないということで、千代姫との婚約が結ばれた。なので私はまだ青木家の人間だ。」


いやいやいや。

仄火は心の中で盛大にため息をつく。

「武士の結婚なんて、家同士の結びつきを強める為のものでしょう。それを自分の家来の息子と結婚させてどうするんですか。

ただでさえうちの藩は外様とざまで領地も少ないってのに。」

「ああ、全くもって我が藩には百害あって一利なしだ。家臣達も口を揃えて殿を説得しているが、御気持ちが変わられる事はないだろう。

かといって殿は青龍の後継について少しも説明なさらないのだから、皆何とも道理のゆかぬ事だと思っているに違いない。」


そりゃそうだろ。下手をすればおかみからのお咎めもあり得る。

そうまでしてこの侍を跡取りにしようとするとは、日浦家の青龍への執着はまさに異様と言えるだろう。

仄火は考えるのを辞めた。自分があれこれ考えたところでどうにもならないのだから、こんな意味の分からない事に頭を働かせるのは無駄だ。



 「一ヶ月で間に合わせるのが難しいというなら、とりあえずは私は家督を継ぐしかないようだな。なるべく藩の混乱を鎮めるためにも周りを説得できれば良いのだが・・・。」

なんだかすでに俺が依頼を受ける前提で話してやがるな、と仄火は思う。

今までの仕事のやり方は全く通用しなさそうな意味不明の青龍と、あまり関わり合いにはなりたくないお武家の揉め事の重ねがけ。正直言って、成功するかどうかは見当もつかない。


・・・しかし、もう引き返せないのではないか?

俺は城中の騒動や、城主が家臣にすら隠している秘密を知ってしまったのだ。ここで依頼を断れば俺を待っているのは死か、良くても投獄・・・。


「言い忘れていたが、報酬は十両だ。」

「えっ」


仄火は床に置かれたままの五両を思わず見つめてしまった。


十両。


十両あったら食い物に困らないどころじゃない。このあばら屋から引っ越してもっとまともな寝床で寝れるし、仕事の量だって減らせる。

いや、十両を元手に商売を始めてそちらを本業にする事だって出来るのではないか。


「受けましょう」

「仄火さん!?」

清が驚いた声を上げると、ちょっと失礼と言って仄火は清を連れて外に出た。


「仄火さん、どれだけ無茶な依頼か分かってるんですか?いくら次期城主様の頼みといっても、無理難題も良いところですよ。」

仄火は店から五、六間離れたところでしゃがみ込み、清の肩を引き寄せて声をひそめる。

「いいか、ここまで城中内部の情報を知ってしまったら、断るのもただでとはいかねえよ。殺されてもおかしくない。だったら一か八か十両に賭けてみるのも悪くねえだろ?なあに、もし駄目だったらここを出てどこか遠くまで逃げりゃいいさ。」

「それは確かにそうですけど・・・。先程は金より命が大事だとか言ってたのに、もしかして仄火さん、十両に釣られてませんか。」

「釣られてない釣られてない」


そう言って店に戻る仄火の後ろ姿はどこか浮かれており、清はやっぱり釣られているじゃないか、と思いながら渋々といった様子で後に続いた。



 「お待たせ致しました。」

仄火が戻ると、知親は隣をふわふわと浮いているハクの方を見ていた。

「聞き忘れていたが、この者は一体何なのだ。人間ではないのだろう。」

「ハクと呼んで構わんぞ。」

「えーっと、なんというかその、ばくと言いますか・・・。」

相変わらず人間の位など気にも留めていないのか、いつも通りのハクに仄火の口調にも焦りがにじむ。

「なんと。あの夢を喰うというあやかしか。」

「そうじゃのう。」

実際はもっと趣味悪いもん食ってるけどな。

いやいや、そんなことはさておき。

「なにぶんあやかしですので、多少無礼でもどうかご容赦ようしゃ頂きたく。」

「別に構わん。そなたもかしこまる必要はない。見たところ歳もさほど違わぬようであるし、むしろその方が今後私の身分が周りに知られる事もないだろう。」

「まあ・・・それは確かに。じゃあそうさせてもらうか。」


よくもまあそんなにすぐ切り替えられますね、と清は若干引いていたが、仄火からすればそうする事が特に不自然には感じられなかった。

不思議な事にこの侍は、小さな御家人の家の息子だとは思えない程の堂々たる雰囲気を持ちながらも、こちらに緊張感を感じさせない。

どこか悲しみを帯びた、寂しい人だと思わせる何かがあった。


ーーーああそうか。似ているんだ、俺に。


・・・って、何を気持ちの悪いことを考えているんだ俺は。似ているだなんて馬鹿馬鹿しい。

何故そんな事をーーー。


「仄火はいつも、寂しそうだから。」


ふと脳裏によぎったのは先日家に遊びに行った年上の女性の言葉だ。


くそ、これのせいか、余計な事を考えたのは。俺が寂しそうなどと検討外れも良いところだというのに。やめだやめだ。


「そなた、名はなんという。」

難しい顔をしていた仄火に、知親は問うた。

「え?ああ、仄火だよ。ほのかに燃える方の火で仄火。」

「仄火か。珍しい名だな。」

「気づいたらそう呼ばれてたんでな。俺は捨て子だから親も居ねえし。」

ここで女なら「可哀想に」とか「苦労したでしょう」とか言ってくれるところだと言うのに、知親は相変わらず動かない表情でただ一言「そうか」というだけだった。


・・・こいつにはあんまり人情味とかを期待しない方がいいな。


気を取り直して仄火は隣の清に視線を向ける。

「こっちは同居人の清。ちょいと物覚えが良すぎてな、見聞きしたもんは何でも覚えちまう。だからこいつの前では女遊びとかの話はしねえ方がいいぞ。」

「それは仄火さんだけです。」

じろりと己を見る清に、仄火はわざとらしく咳払いをした。

「ところで、青龍について何か思い当たる節は?」

仄火がそう言うと清は呆れた顔で視線を仄火から知親に移す。

「青龍といえば最も有名なのは今のしんに伝わる四神獣の話でしょうか。東を守護する神で、日浦家の話に関連する所としては金運や、立身出世の神であるとも言われます。しかしある一族に代々憑いて守護したという話は、残念ながら聞いたことがありません。」

「四神獣は確かにこの国でも広く信仰されているな。私も青龍と聞いて思い当たるのはその位だ。だが、異国の神話の神と日浦家に一体どのような関係があるのか。」

呟きのような知親の言葉に、清の耳は赤くなった。

「もっ申し訳ありません!知親様程の方ならば当然ご存知である事を、差し出がましく・・・。」

「構わぬ。そなたは確かに聡いな。」

「は、はあ。勿体なきお言葉です。」


すっかり顔を赤くして平伏してしまった清の横で、仄火は自分相手とは違いすぎる清の態度に唖然あぜんとするばかりだった。



 「俺の方からはあんたに連絡する手段がないから、定期的に使いを立ててくれると助かる。まあ実りあることを報告できるかは分からんけどな。とにかく、長い目で見てくれ。」

「分かった。だが出来る限りは私も足を運ぼう、その場で何か気づく事もあるやもしれん。」


店先で言葉を交わしながら、仄火は自分が侍に気安い口を聞いているのは、やはりはたから見ればかえって目立っているのではないかと思った。

そして、そんな心配を知りもしない知親は相変わらず振り返る事なく、颯爽さっそうと街の奥へと消えていったのだった。



 店の裏に戻ると、先程の出来事はやはり夢なのではないかと思う。下手をすればカジュギンカよりも余程浮世離れした話であった。


しかし、そこには五両がある。


仄火は床に寝転がって、取り出した小判を一枚一枚眺めてみる。

案外、上手く知親の中から青龍を引っ張り出す事が出来れば万事解決ということもあり得る。問題はどうやってそれを行うか、なのだが。


十両。


人生は暗闇の中を歩くようなものだ。

いつ何時なんどきこんな大金が巡ってくる機会に出くわすかも分からなければ、いつ不幸な目に遭うかも、食っていけないような窮地きゅうちに立たされるかも分からない。

その時俺はあの時無茶をしてでも依頼を受けておけば良かったと後悔して、十両の夢を見て眠るだろう。

そんな事になるくらいならやはり、稼げる時に稼いでおかなければ。

仄火がそうしていると、視界にハクの顔が映り込んできた。


「お前さん、珍しくめられたな。」

「は?」

ハクの言葉に、仄火は一瞬何のことだか分からなかった。


「お前さんは依頼を『受けた』つもりのようだが、実際はあの若造に『受けさせられた』のではないか?日浦家の事情より先に『青龍』という言葉を出せば、もうお前さんはその先を聞いてしまうより他ないだろう?そうすれば後には引き返せなくなっている事に気づく。だが、そこで手始めに掴ませた五両より倍の十両を出せばお前さんはすぐに飛びついて、何の警戒もせずにさも『自分が依頼を受けた』かのように思うわけさ」


「・・・・・・。」

つまり正直に順序立てて話せば俺が警戒して依頼を受けないと踏んで、わざと俺が疑問を抱いて話を聞かざるを得ないようにした。

その上で大金を、ことの重大さの目眩めくらましに使ったと?


「いや、確かに頭は切れるようだったが、所詮しょせん小さな武家の坊ちゃんだろ?そこまで考えての事だとは思わねえけど。」

「確かにな。しかし、それならあの若造は無意識のうちに仄火の意識を操って仕事を請け負わせた事になるのう。それは、」


仄火は思わず息を呑んだ。

それは、


「よけいにたち悪ぃじゃねえか・・・。」



 この国のお殿様の所には厄介な龍が憑いているらしい。

・・・そして俺はその龍と、それよりも厄介な奴に関わってしまったのかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カジュギンカ 谷山 @tarabatarabatarabaganizuwai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ