第2話 フードコート②
店内にいる人々は一瞬驚いた表情をしていましたが、すぐに元の雰囲気に戻っていました。
恐らく私が来るのを知っていたのでしょう。
そして、私たちは再び向かい合うと、お互い席に着いて注文をしました。
さて、いったいどんなものを食べさせてくれるのでしょうか?
私の期待感は高まるばかりでした。
少し経って運ばれてきたものは、意外にも普通の料理でした。
ナイフとフォークを使って一口食べる度に思わず溜息が出てしまうほど美味しかったのです。
今までこんな美味しいもの食べたことがない……。
そんな幸せな時間を過ごしていると、突然覆面の女に話しかけられたのです。
「ミーナ様、あなたは本当に美しい」
その言葉に私は驚きました。
しかし、同時に嬉しくもあったのです。
だって、今までそんなことを言ってくれた人は誰もいなかったから。
でも、素直に喜ぶことができなかった。
だって、覆面の女の正体も目的も何も分からないのだから。
そんなことを考えているうちに食事は終わりました。
代金は全て彼女が支払ってくれましたが、流石に悪いと思って自分の分くらいはと財布を出したのですが、やんわりと断られてしまいました。
結局、最後まで彼女の正体については何も分かりませんでしたし、フードコートでの彼女の行動についても深く追求することはできませんでした。
しかしそれでも一つだけ分かったことがあったのです。
それは……彼女はとても紳士的な人物であるということです。
だからこそ尚、更疑問が残るんです。
なぜ私を尾行したり写真を撮ったりするのでしょうか?
その答えを知るためには直接聞くしかないでしょう!
だから私は決意しました。
次こそは絶対に正体を突き止めてみせると!
そして翌日、私は再びフードコートを訪れていました。
そうするとそこには既にあの覆面の女性が座っていましたので、思い切って話しかけてみることにしました。
「こんにちは!」
私が挨拶をすると彼女もまた挨拶を返してくれましたが、その声はやはりどこか冷たく感じました。
まるで感情を押し殺しているかのようなそんな感じです。
でも、ここで引き下がるわけにはいきません。私は思い切って本題を切り出すことにしました。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
そうすると彼女は再び答えました。
やはり淡々とした口調でしたが、それでも私にはどこか優しさを感じさせるような気がしました。
それが気のせいかどうかは分かりませんでしたが……。
とにかく今は話を続けることに集中しましょう。
そう思った私は質問を投げかけたのです。
「あなたはなぜいつもフードコートにいるんですか?」
そうすると彼女は即答しました。
「あなたと同じです。美味しいものを食べたいからですよ」
私は呆然となり、口をぽかんと開けて立ち尽くすしかなかった。
覆面の女はそれ以上何も言わずに、スッと席を立つと、そのままどこかへ消えていったのです。
(もう、わからないわ……。一体何がどうなってるの?)
混乱したままの思考の中で、ただ一つだけ理解できたことは、やはり私はあの覆面の女のことなど何一つ知らないという事実だけだった。
いやむしろ、知ろうともしなかったと言った方が正しいだろう。
結局その日は、何も解決できないまま終わってしまったのです。
それ以降も、謎の覆面女との奇妙な関係は続き、さらに進展していくことになるのです。
そんな状況の中、ついに念願のフードコートデートに行くことになったのです。
相手はもちろん覆面の女性。
つまり、あの謎の人物です。
私は緊張しながら待ち合わせ場所に到着したのだが、そこにはすでに彼女の姿があった。
今日も変わらず覆面をしていたが、その服装は随分とラフなものになっていたのでした。
私は軽く会釈すると、彼女の横を歩き始めました。
そうするとすぐに目的地である大型ショッピングモールへと到着しましたので、私達は中に入りました。
エレベーターに乗って移動し、5階で降りたところで足を止めました。
目の前には沢山のお店が連なるフードコートがありました。
ここまでくる途中に何度も顔を見合わせてしまっていましたが、未だに名前すら知らない間柄である我々にとってみれば当然のことかもしれません。
とはいえ、これから一緒に昼食を取るわけですし、それなりの関係になっておくべきだと思いますけど……まぁいいでしょう。
私は内心そう思いながら、彼女と一緒にテーブルにつきました。
周囲の人たちからの奇異の目線はいつものことであり、特に気にしてはいませんでした。
むしろ、それが当たり前になっているくらいでした。
それにしても、彼女はどうして私なんかと一緒にいるのでしょう?
そもそもどうやって私を見つけ出したのか?
考えれば考えるほど不思議になる一方です。
「ミーナ様、どうされましたか?」
彼女の言葉に我に返ると、目の前に置かれたグラタン皿から湯気が立ち上っていました。
どうやら料理ができあがってきたようです。
私は早速フォークを持って食べ始めようとしますが、どうしても気になることがありますので、一旦それを置いて口を開いたのです。
「あの……」
そうすると覆面の女性は首を傾げた後、ゆっくりと微笑みかけてきたのでした。
その笑顔があまりにも綺麗だったので思わず見惚れてしまった程です。
でも、ここで引き下がるわけにはいきません。
私は意を決して彼女に問いかけました。
「美食探究委員会結成計画って一体何なの? 何で私が名誉顧問なの?」
それを聞いた瞬間、彼女の笑顔が消え去ってしまいました。
そして、代わりに現れたのは無表情な顔でした。
彼女はしばらく沈黙した後、静かに語り始めたのです。
その内容は衝撃的なものでした。
要約するとこうなります。
美食探究委員会はフードコートでの食事を通じて文化の向上を目指す組織であり、その目的達成のために設立されたものらしいです。
そして、私が名誉顧問に就任した理由はただ一つ……それは彼女が私を選んだ理由と同じだったのです。
つまり、彼女もまた私と同じようにフードコートで食事をしている姿を写真に収めたことから全てが始まったという訳なのです。
しかし、なぜそこまでする必要があるのか?
それが疑問点となりましたよね?
それについてもちゃんと説明してくれたので安心しましたが、それでもやはり納得できない部分はあります。
「その計画っていつまで続くんですか? ずっとこんなことを続ける訳じゃないですよね?」
そう尋ねると、彼女は少し困ったような表情をした後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めたのです。
その言葉一つ一つを聞き逃すことのないように集中して耳を傾けていると、その内容はとても衝撃的なものでした。
私でさえ一瞬耳を疑ってしまう程の内容ではありましたが、それでも俄には信じられず呆然としているしかなかったのです。
そして、次の瞬間に告げられたその言葉には更に驚かされるばかりでした。
そんな私の心中を察したのか、彼女は再び口を開くとこう言いました。
「ミーナ様、私はあなたのような人を探していたんです」
そう言って微笑む彼女の目は真剣そのものでした。
その瞳からは嘘偽りなど微塵も感じられないように思えましたので、私は思わず息を呑んでしまいました。
「私で良ければ、お手伝いさせて下さい」
自然とそう口に出てしまっていました。
不思議と恐怖心はなかったですし、むしろ私自身が協力してあげなければという気持ちになっていたのです。
それと同時に彼女となら上手くやっていけるとも確信していたのですから不思議です。
彼女もきっとそう思ったから、こそ勧誘してきたのでしょうし……。
そんなことを考えているうちに気が付けば食事は全て平らげられていました。
そして、再びエレベーターに乗り込んで最上階へと向かっていくことになるのです。
扉が開くと目の前には一面ガラス張りの大きな窓があり、そこから見える景色はまさに絶景そのものでした。
まるで絵画のように美しい光景を眺めながら、私たちは並んで歩いて行くのです。
時折すれ違う人々はこちらをチラリと見るだけで特に興味を示す様子はありませんでした。
恐らく私達のことを特別な存在だと思っているわけではないのでしょう。
そう思うとなんだか安心できますし、余計な緊張感も薄れていきます。
「ミーナ様、ここからは徒歩になりますので宜しいでしょうか?」
彼女の問いかけに対して、私は小さく肯いて応えました。
そうすると、今度は彼女の方から話しかけてきたのです。
私は少し驚きましたが、すぐに落ち着きを取り戻すことができましたので、平静を装って受け答えを行うことにしました。
それにしても、まさかこんな形で一緒に帰ることになるとは夢にも思いませんでしたが、これはこれで楽しい時間になりそうです。
そう思いつつ歩いているうちにあっという間に目的地まで辿り着くことができましたので、私は安堵のため息をつくのでした。
門を潜ると、目の前に広がるのは見渡す限りの大草原。
そして、遠くの方には小さな家が建っています。
ここが今日から私たちの拠点となる場所なのだと実感させられます。
そんな感慨に耽っていると、不意に背後から声を掛けられたのです。
振り向くとそこには一人の少年が立っていました。
年齢は10歳前後といったところでしょうか?
まだあどけなさが残る可愛らしい顔立ちをしていますし、髪の毛はさらさらしていて触ったら気持ちよさそうな印象を受けました。
それにしても、こんな子供が一人で何をしているのでしょうか?
訝しげな視線を送っていると、少年はこちらに気づいたらしく、トテトテ走り寄ってくるではありませんか!
私は咄嵯に身構えますが、彼の動きには敵意のようなものは感じられませんでしたので警戒心を解くことにしました。
そうすると、少年は満面の笑みを浮かべながら挨拶をしてきたのです。
その笑顔があまりにも眩しかったので思わず目を細めてしまいました。
本当に天使みたいな子です。
私も負けじと笑顔で返事をしようとした矢先のことでした。
彼は急に真剣な眼差しになると、私に対して頭を下げてきたではありませんか!
あまりにも唐突な出来事であった為に戸惑うばかりでしたが、とりあえず聞いてみることにしたのです。
そうしたら彼はとても嬉しいことを言ってくれました。
なんと、私達の活動を知っていたそうなんです。
それどころか、自分の家にも招待したいと言ってくれたんです。
最初は少し不安だったのですが、彼の真摯な態度を見ていると断るわけにもいかず、承諾することにしました。
そして早速案内されるがままについて行くことになったんですけれど、どうやらそこは彼の家ではなかったみたいなんです。
一体どこへ連れて行かれるのか疑問でしたけれど、着いていく以外に選択肢はなかったのです。
しかし、まぁ何とか無事に辿り着いてくれたみたいで一安心なのですが……。
それにしても、この広い草原の中でぽつんと佇んでいる一軒家が本当に少年の住居なら驚きです。
あまり人の住んでいる気配は感じませんけど大丈夫なんでしょうか?
そんなことを思いつつも恐る恐る家の中に入っていくと、そこには驚くべき光景が広がっていたんです。
なんと部屋中に置かれた大量の本の数々!
しかもジャンルを問わず、様々なものが置かれているではありませんか。
一体どうしてこんなことになっているのでしょうか?
そんな疑問を抱きつつ部屋の中を見渡していると、少年が一冊の本を手渡してきたのです。
そのタイトルは
『食文化の歴史』
というものでした。
表紙には著者名として
「アベル・ドランゴ」
と書かれているだけで他には何も書かれていないようです。
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