3:不可能を可能にする者(side:???)

 ウロボロス様の召喚の儀は――失敗した。


 他の奴らはそうは思わず。

 玉座に座る奴の事を羨望の眼差しで見ていた……違うだろ。


 俺には分かる。

 アレは真っ赤な偽物で、完全なる雑魚だと。

 魔力はまるで感じず、立ち振る舞いにも強者のそれがない。

 それどころか、戦いの経験すら無さそうに見えた。


 騙されている、嵌められている。

 そう感じたからこそ、俺は奴の元へと行き――始末しようとした。


 が、メルステラはそれを阻止し――奴が勝負を持ち掛けて来た。

 

 『1回だけ相手をしてやろう。自慢の一撃で余を殺して見せよ。何の力も無いペテン師だ。殺せなければお前は余を認めざるを得ない……そうだろ?』

「……へ」


 口八丁。ただの時間延ばし……が、俺は少し動揺した。


 戦いの経験も無さそうなペテン師。

 が、その目には一切の恐怖も迷いもない。

 まるで、勝利は確実であると言わんばかりで……ふざけるな。


 落ちぶれたとはいえ、俺は一等級の元冒険者だ。

 数多の戦闘を経験し、自分よりも強大な存在を討ち取って来た。

 戦場でも武功を立てて、異名までつけられたほどだ。

 そんな俺の攻撃を見て、それでも尚、奴は勝てると考えたのか――虚勢だ。


 強がりであり、ただの見栄だ。

 いざとなれば、メルステラに助けを求める気だろう……そうはさせねぇ。


 一撃だ。

 一撃で奴の体を塵一つ残さず消し飛ばす。

 俺にはそれが出来る。


 そう思いながら――修練の間に至る。


「……ふむ」

「……おい、テメェさっきから何してやがる」

「何、まじないのようなものだ。気になるか?」

「……どんな小細工をしようとも、テメェは死ぬ。意味のねぇ事はやめろや」


 俺は苛立ちながら何かをするペテン師を睨む。

 パラパラと本を捲りながら、床を撫でたり粉のようなものを撒いたりしていた。

 毒である可能性もあったが、それなら奴も吸う事になる。

 いや、そもそも毒であっても俺には通じない。

 俺には毒への強い耐性がある。

 獣人族の中でも、俺はずば抜けていた。

 故に、奴が毒で俺の攻撃を鈍らせようとしても意味はない。


 俺は心の中でほくそ笑む。

 無駄な足掻き、無駄な努力。

 それら全てをぶち壊し、奴をこの手で葬る。

 最高にスカッとする展開だ。


 ……嫌いなんだよ。人を騙して利用するクズ共が。


 利用するだけ利用すれば、ゴミのように捨てる。

 そいつらのその後も考える事無く。

 テメェだけの都合で、だ。

 最低最悪のクズであり、目の前の男もそういう類の人間だって分かる。


 どうやって、この教団の場所を突き止めたのか。

 そもそも、召喚の儀に合わせて登場した仕掛けは何か……どうでもいい。


 殺せば終わりだ。

 こいつが死ねば、もう悩む事はない。


 俺は槍を回しながら構える。

 そうして、もう十分だろうと奴に告げた。

 すると、奴は小さくため息を吐き――ばたりと本を閉じる。


「……まぁいい……ならば、やるか」

「……遺言は?」

「要らぬ――我が勝利は確実だ」


 奴はそう言いながら本を適当な場所に置く。

 すると、奴の動きによって閉じられていた本が開く。

 が、俺はどうでもいいと目を奴に向ける。


 奴は俺から距離を取る。

 恐らくは、少しでも避けられるようにする為だろう……甘いんだよ。


 奴は俺が槍で貫くと思っている筈だ。

 が、私は槍ではなく魔術によって奴を焼き殺す。

 回避不能の雷であり、それで奴はお陀仏だ。

 確実であり、それで終いで――


「――雷」

「……!」


 奴がぼそりと言葉を発する……は?


「雷で余を焼き殺すか。良い手だ。するといい」

「……テメェ、何言ってやがる」


 俺は奴を嘲笑う。

 が、心の中では動揺していた。


 どういう事だ。

 心を読んだのか。

 あり得る話だが、それならば魔術を使った痕跡が残る筈だ。

 読心の術特有の悪寒がまるで無かった。

 つまり、心は読んでいない筈で……なら、どうやって?


 分からない。が、雷は読まれている。

 理解している上であの余裕。

 もしかすれば、雷に対する策を先ほどにしていたかもしれない。

 時間をたっぷりと取って何かをしていたんだ。

 確実に仕込みをしていた……なら、槍で突くか。


 速さには自信がある。

 俺の初撃を防ぐ術など無い。

 メルステラほどの強者であれば別だが。

 この男には何の力も感じないんだ。


 確実に、奴の胴体を――ッ!!



 奴は距離を開けて止まる。

 そうして、振り返って――目を閉じた。


「おい、何のつもりだ!!!」

「分からぬか。今のお前の攻撃など――目を閉じても対処できる」


 奴はそう言いながら、足を肩幅に開く。

 そうして、ダメ押しだと言わんばかりに両腕を後ろで組んだ……舐めていやがる。


 両目を閉じた状態。

 周囲に魔力も展開していない。

 そんな状態で、高速の俺の突きを躱せる筈がねぇ。

 そもそも、足を開いた状態で……待て。


 妙だ。

 明らかに変で――疑念が生まれた。


 目を瞑り、明らかに咄嗟に回避が出来ない姿勢を取った。

 手で払う事も、腕でガードをする事も出来なくし。

 胸をこれでもかと見えるように――誘っている。


 明らかに、胴体を狙いやすくしている。

 それはつまり、胴体部に対しての突きに対して防ぐ術を持っている可能性が高い。

 考えられる手としては魔力を一点に集中させての防御。

 確実に奴の息の根を止めると考えるのなら――心臓だ。


「……っ!!」


 見えた。確実に奴の狙いが――だったら!!


 俺は槍を構える。

 メルステラを見れば、俺と奴の間に立っていた。

 勝負の始まりは、奴の手に持つコインが落ちた瞬間。

 俺は一気に駆け、奴をこの槍で貫く。


 確実に殺す。

 奴の策が機能する前に確実に――仕留める!!


「「……」」


 奴は動かない。

 身じろぎもせず汗一つ掻く事無く。

 ただ黙って目を瞑っていた。

 俺は逆にたらりと汗が流れて行くのを感じ――コインが弾かれる。


 空中でコインがくるくると回る。

 そうして、視界の端でそれが地面へと近づいていき――鳴る。


「――ッ!!」


 瞬間、俺は地を蹴り――駆ける。


 高速で地面を駆る。

 凄まじい風圧により本の前を一瞬で通り過ぎればページが捲れる音が微かに聞こえた。

 そのまま一気に――足から妙な音がした。

 

 砂利を踏む音、葉を潰すような音。

 そのどれでもない。

 が、ただの小さな音で動きに支障はない。

 俺はそのままで床を滑るように駆けて槍の穂先に魔力を集中。

 全力で突き出し――突風が吹く。


「……ッ!!」

「……っ!」


 凄まじい風圧に、メルステラが腕でガードをしたのが分かった。

 俺は槍を突き出した状態のまま大きく目を見開き――視線が合う。




「――殺せなかったな。娘」

「……お前、どうして……どうやって!! あり得ねぇ!! あり得る筈がッ!!」




 奴の頭を狙った俺の突きを――奴は紙一重で躱した。




 完璧であり、頬にも傷は無い。

 動揺は微塵もなく。

 その黒い瞳は真っすぐに俺を見つめていた。


「あり得るさ。余は――神だからな」

「ふざけ、ふざけるんじゃ……あ」


 奴が手を伸ばし――俺の額を突く。


 瞬間、俺は後ろへとよろめきしりもちをつく。

 奴は大きく目を見開いて見上げる俺を見て――微笑む。


「良い一撃であった。次があれば、或いは……期待しているぞ」

「……!!」


 奴の言葉を聞いて、俺は顔に熱を感じた。

 一気に熱くなっていき、そんな俺の横を通り過ぎて――


「ヒルデッ!!!」

「……ん?」


 俺は立ち上がる。

 そうして、男に――ウロボロス様に視線を向ける。


「獣人族、雷光のヒルデ。元冒険者で、貴方様に――忠誠を誓います!!」


 俺は主の前で膝を屈する。

 頭を下げながら、今までの非礼を詫びて。

 叶う事ならこの力を――頭にぬくもりを感じた。


「……ぁ」

「ヒルデ。良い名だ……存分に励め。我が子よ」

「――!! はい!!」


 俺は手を合わせる。

 嬉しい、最高だ。


 最初は落胆し、怒りすら覚えた。

 が、今なら分かる――この方は本物だ。


 力を感じなかったのは巧妙な偽装。

 見破れなかったのは神であるからだ。

 先ほどの攻撃で確信した。

 魔力も使わず、両目も閉じて。

 何も分からない状態で、俺の一撃を避けたんだ。

 神でなければ出来ない芸当であり――あぁ、ようやくだ。


 我らがウロボロス様。

 ハグレである俺たちの希望。

 そのお方がようやく姿を現した。

 これから変わる。

 混沌に満ちたこの世界に、ウロボロス様が我らに――道を示してくれるんだ。


 俺はそう信じる。

 ウロボロス様は微笑み、純白の衣を翻し去っていく。

 俺はずっと頭を下げ続けて、あの方との栄誉ある一戦を魂にしかと刻んだ。

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