4:狂気の仕組みとハグレたちの楽園

 色々な事が起きた一日が終わろうとしている。

 始まりは会社の忘年会に参加しようとし。

 料亭の門を潜って愛する社員たちの元へと行こうとしてだった。

 が、待っていたのは社員たちではなく――絶世の美女たちだった。


 カルト教団の信者ではある。

 しかし、そんなものは些細な事だ。

 美女である事が重要であり、日本へと変える為にも暫くは厄介になりそうだ。

 

 まぁそれはそれだ。

 そんな不思議と愛に満ちた記念すべき日の最後のイベントは勿論――最高のディナーだ。

 

「ウロボロス様! お食事をお持ちしました! これ俺が仕留めたブルードの丸焼きで」

「ウロボロス様? 喉は乾いておられませんか? 此方に十年物のワインが」

「おい!! ウロボロス様の事は俺に任せろって言ったよな!?」

「ん? 聞いていませんよ、そんな戯言は。 そもそも、貴方のような人にお世話係など出来る訳ないじゃないですか。自分の部屋の掃除も真面に出来ませんのに。ふふ」

「……!! ウロボロス様の前で言うんじゃねぇ!! 殺すぞ!!」

「あらあら、汚い言葉は慎んでくださいね? ウロボロス様のお耳がケガレてしまいますわ」

「……!!!」


 美女たちの美しい声が響く。

 長く赤いクロスが敷かれた食卓には俺一人であり。

 燭台の蝋燭の火が揺れて、何ともロマンチックだ。

 高層ビルの最上階から夜景を眺めながら食べるフレンチも良いが。

 美女たちの声を聞きながら食べるシンプルな味付けの肉も中々に良い。

 

 俺は優雅に目の前の謎の肉のステーキにナイフで切り分ける。

 じわりと肉汁が溢れて、香ばしい香りをさせるそれをフォークに刺して口に入れ……美味。


 ついさっきまで、狐娘のヒルデと殺し合いをしたとは思えない和やかなムード。

 中々に肝を冷やしたが、上手く事が運んで良かった。

 もしも、此方の仕込みがバレて裏を書かれていたら俺は死んでいたが――問題はない。


 ヒルデは気づかなかっただろう。

 俺が絶対に不可能な状況の中で。

 何故、彼女の最速の一撃を回避できたのか。


 先ず一つ目の仕掛けは――事前にポケットに忍ばせた薬剤たちだ。


 おまじないとでも言っておきながら。

 いたずらに空中に振りまいたり、床へとまき散らしていた。

 が、それは敢えてそう見せていただけ、パフォーマンスのようなものだ。

 

 実はある粉末状にした薬剤をこっそりと床に振りまいていた。

 一見すれば派手なばら撒きと床を触って確認する行為。

 ヒルデにも何かを企んでいる事は一目瞭然であったが。

 特段、警戒されたところで問題は無かった。


 空中に振りまいていた粉末はフェイク。

 大胆に床に撒いていたものもそうだ。

 彼女の意識を散らばらせる為のもの。

 “一部の床”に撒いていた床と同色の少量の粉末が本命だ。

 

 アレはこの世界で自生している“オイト草”と呼ばれる薬草を粉末状にしたもので。

 すり鉢にて細かくすり潰す事で、白に近い灰色の粉になる。

 元々は湿布のように炎症を抑える効果があった事から使ったが。

 その余りを念の為にと小瓶に入れて持っていた。

 空中にばらまいたものなどは別の薬効がある葉っぱを乾燥させて細かく砕いたもので。

 アレらは茶色であり、彼女の目にも見えていただろう。

 だからこそ、床に散布した本命には気が付かない。


 ヒルデの目には、空中を漂っていた粉と。

 俺が適当な床に撒いていた粉しか見えていなかった。

 怪しくあからさまだったろうさ。

 

 おまじないと一緒にべたべたと床を触ったり、拳で叩いて音を確認し。

 何かを確かめる素振りをしながらも。

 彼女が通るであろう道の“一点にのみ”仕込みをしていた。

 手品の技であり、我ながら姑息で――流石は俺だ。

 

 アレは湿布としての効果があるだけで。

 別に毒として使えるものではない。

 ヒルデの身体能力を阻害する為に仕込んだものではなく――音を発生させる為のものだ。


 本には特に書かれていなかったが。

 オイト草をすり鉢ですり潰していた時に、パチパチという音を聞いた。

 指で確認すれば、草の中に目には見えない極小の粒のようなものがあるのかもしれない。

 それを一気に潰せば、砂利を踏んだ時のような音が鳴る事に気づいた。


 そこで、俺はこれは使えると考えて床にその粉を散布した。

 適当に撒いてはいない。

 彼女のストライドを計算し、およそ25メートル付近に撒いておいた。

 推定身長182センチほどの彼女のスライドを此方の常識で計算すればあり得ないが。

 彼女の人間離れした身体能力は初撃にて目視で確認。

 得物から発せられた音と踏み込み時の筋肉の動き。

 それらを加味した上で、アレは全力の一撃であったと判断。

 そうなると、彼女がもしも距離を取った俺に接近しようとすれば。

 およそ10メートルのストライドになると計算した。

 勿論、最初の一蹴りであれば更に増えて15であり。

 第二の踏み込みによって十メートルのスライドになる。


 利き手は右であり、踏み込み時の一歩は右足。

 二歩目は左足であり、俺の仕込みによって大体の位置は予測可能だった。

 そこに重点的に。誤差は数ミリとして、それでいて見えないように均等に一瞬で振った。

 

 オイト草の粉末はどれだけ細かく砕こうとも。

 その中にある粒は完全には潰せない。

 何度も何度もすりつぶしていたが、音は中々消えなかったからだ。

 故にこそ、足で踏むだけでも残った粒が潰れて音は鳴る……まぁ集中しなければ聞こえんがな。


 第二の仕込みは――持ってきた本だ。


 選んで取って来たように見えた分厚い本。

 が、実際には内容ではなくその材質などを加味して選んだだけだ。

 紙は厚すぎず、質もそれなりのもの。

 装丁は華美なものではなくシンプルで。

 強い風が吹けばページが捲れるくらいのものがいい。


 距離も大切であり、ヒルデと俺の立ち位置を50メートルと決めてその中間あたりに設置した。

 本当は100メートルは必要だが。

 あまりにも距離を取れば、相手の行動が複雑化する恐れが出る。

 故にこそ、50メートルが限界であり。

 その距離であれば、彼女の性格と最初の攻撃時の速度を考えて直線での勝負に出ると踏んだ。


 彼女の移動時に発生する風圧。

 それによってページが捲れる音は、ギリギリのタイミングで分かるものだが。

 それがあるとないとでは誤差の修正に大きな差が出る。

 

 粉末の音の大きさによって彼女の二歩目の力を計算。

 どれほどの速さで来るか。また、彼女の動きに変化はないか此処で確認。

 最後にページの捲れるタイミングと粉末の音の発生の差を式に入れ。

 ページの捲れた枚数も瞬時に数える。

 それらの合計によって、一撃の強さとポイントへの到達時間を頭の中ではじき出す。

 

 後は、彼女に此方が望む動きをさせるように。

 敢えて、彼女の心の動揺を誘うようなセリフを吐いた事だろうか。


 

 雷を使うというセリフ……80%ほどの賭けだった。


 

 彼女の使う槍にはルーン文字が刻まれていた。

 教団内にあった本の中にはルーン文字に関する記述のものもあり。

 その中に、ルーン文字による属性の付与というものもあった。

 完璧にルーン文字のメカニズムを理解した訳じゃない。

 が、彼女の槍に掘られたルーン文字の意味はエレメント――自然に関する何かに纏わるもので。


 その上、彼女が纏っていた鎧の材質がアングステン鉱石であると分かった事も特定に一躍買った。

 アレは加工すれば青白く、光に照らされれば僅かに波打つようなシルエットが見えるという特徴があるらしい。

 材質が分かればその特性も判別可能であり――そう、雷だ。


 関電の耐性。つまり、この世界で言うのなら雷避けだ。

 態々、その材質のものを選んで着ているのであれば。

 その土地柄で落雷が多いか。それとも、自らが雷に関係する技、もしくは道具を使う可能性が高い。

 勿論、トラウマという事も考えられたが。

 80パーセントの賭けに出れば、彼女の反応は恐怖ではなく驚愕であった。

 槍と鎧によって、彼女が雷の力を使えると踏んだ。

 驚愕という最大のヒントがあれば、後は彼女がそれを使うのだろうと追い打ちをかけるだけだ。


 如何なるギャンブラーであろうとも。

 自らの手札が知られていると分かれば動揺はする。

 そうして、不用意にその手札を切る事が出来なくなってしまう。

 一度勝負を捨て、次にかける。

 

 決闘であれば、雷の技ではなく。

 自らが最も得意とする――槍での物理攻撃になる。


 勿論、付与なるものをしてくる可能性もあった。

 が、彼女の前で雷はバレていると明言し。

 意味ありげな粉を撒いたりしていたのだ。

 付与であろうともそれを使ってくる可能性は限りなく低い。


 撒いていた粉の事も考えるのであれば。

 時間差による攻撃も、背後に回っての攻撃も選択できない。

 何故ならば、此方は意味ありげな事をしていて。

 彼女の心を読むような発言をしているのだからな。

 

 心が読める相手に対して。

 最も有効な手は、相手が心を読む前に決める事。

 つまり、最短の距離にて仕留めるのが確実だ。

 意識しなくとも、戦いの経験が豊富な人間ほどその答えに辿り着きやすい。


 後は狙いを絞る事だが。

 それは簡単である――“目を閉じて腕を後ろで組むだけだ”。

 

 自らの心臓を強調する。

 此処を狙って来いと言わんばかりに、それだけで十分だ。


 人間というものは単純であり。

 自信がある部分、見て欲しいと思う所を自然と強調する癖がある。

 女性であれば髪を触ったり、胸元を見せたり。

 肌が綺麗であると思っていれば露出が多かったりだろうか。

 そして、そういった自信のある場所というのは他者から見ても注目を集めやすい。

 そうなれば、相手は俺が意図的に心臓への攻撃を仕向けていると勝手に認識するだろう。


 つまり、相手は心臓への攻撃を躊躇い。

 次の急所である――頭部を狙う。


 地球でも、この世界でも。

 人の形をしていれば、弱点というものの認識は変わらない筈だ。

 首やら脛やら、そういう面倒な部分ではなく。

 狙いやすく、確実に相手の命を狩り取れる部位。

 彼女のような戦士であれば、確実に頭を狙うと予想した。


 が、その代償として目を閉じる事にはなったが――都合がいい。


 目が見えなくとも、攻撃が来る場所さえ分かれば十分だ。

 必要となる情報は既にある。そう――俺の自室の“ばね付きの床板”だ。


 アレは単純に侵入者の意識を一瞬でも逸らす狙いがあるが。

 その他にも、重要な役割を担っている。

 それは相手の身体に関わる情報をあの一瞬にて取得する事だ。


 機械もそうであるが。

 人間が生み出した道具の数々は嘘をつかない。

 自分で最初に床を踏み、その沈み込みを計り重さを算出。

 そこから、次々と入って来る信徒たちの様子を見て。

 計算の修正を加えて行った。


 装飾をつけているもの、武器を携帯しているもの。

 本を持っていたり、眼鏡のようなものを掛けていたり。

 ヒルデのように鎧を着こんでいるものもいた……そう、情報は十分にあった。


 後はこの世界の鉱石の情報から。

 硬度や性質、それらを考えておおよその重さを算出。

 全く理解できないようなとんちきなものであればお手上げだ。

 が、あのバネの沈み込みから考えて鎧の重さは概ね此方の金属で作られたものと変わりないと分析した。

 食器や道具、見つけた建材などに関しても最初の内におおよそ調べた。

 名前は違えども、材質やら構成された元素に違いはないだろう。


 舐めて味を見て、指で弾き音を聞き。

 火で熱し熱伝導も確かめて。

 金属同士を当てて硬度も検証した。

 まぁ全てではなく、すぐに用意できるもの限定であったが――十分だ。

 

 馬鹿みたいに軽くもなく、逆にあり得ないほど重くもない。

 後は、己が目を信じるだけだ。

 鍛え上げられた美女の身体情報を読み取る術を全力で使い――彼女の体重や筋密度を精密に分析した。


 そこから、彼女の最初に見た最速の攻撃。

 見えずとも、限られた情報でおおよその速度と攻撃後の彼女の動きから癖などを捉えて。

 魔力なる未知のものですらも、本の情報とメルステラの体重からは通常ではない考えられない動き。

 二人が接触した時に、床の亀裂から力の入り具合を確認し。

 そこからおおよその魔力使用時の強化を施した際の身体能力の上昇度を算出。

 

 此処まですれば、流石に疲れては来たが。

 それでも続けて、彼女の心の状態などを計算式に加え――1.2秒であると解を定めた。


 五十メートルをその速度で駆け。

 攻撃するのは一瞬。

 己の体内時計によって寸分たがわず当てれば避けられる。

 見てからでも、感じてからでもない――完全なる予測だ。

 

 勿論、コンマ一秒でもズレていればあの世行きだった。

 掠れただけでも、あの威力なら顔の半分は軽く吹き飛ぶだろう。

 が、そのくらいの懸けをしなければ勝利など掴めない――だからこそ、実行した。


 暗闇の中で。

 コインが落ちる音に集中。

 落ちたと同時に計算を開始。

 途中の粒の砂利のような音で計算を修正し。

 最後の方に僅かに聞こえるページの捲れる音の強さなどで精度を高めて――成功した。


 紙一重。

 耳の一つも削がれていない。

 大げさに避けては、格好が悪い。

 神としての存在感を出すのであれば余裕を持っての回避しかない。

 俺の命を全ベッドした懸けは無事成功し――美女を手に入れた。


 彼女はニコニコと笑い、尻尾を振る。

 最初の冷たさは嘘のようであり……ふつくしい。


 命を懸けただけで美女の心が手に入ったのであれば。

 簡単な懸けであり、満足のいくものだったと納得できる。

 死んだらそれまで、負ければ次は無い――当たり前だ。


 俺は優雅に肉を食べ、注いでくれたワインを飲む。

 すると、食事中にも関わらず一号と二号が扉を開けて入って来た。


「失礼いたします。ウロボロス様」

「……何用だ」

「はっ、下界へと降り、お疲れのところ大変申し訳ないのですが……我らの目的。それをお聞きいただいてもよろしいでしょうか?」


 一号と二号はその場に跪きながらも。

 鋭い眼光を俺へと向けて来る。

 有無を言わさぬ圧であり、聞くまでてこでも動かないだろう。


 まぁ神を召喚したんだ。

 壮大な願いがあって当然だろうさ。

 俺はそう思いながら、ナプキンで口を拭いて話すように促す。

 すると、二人は感謝を示し――


 

 

「「どうか、どうか!! 我らを救い――我らだけの楽園をお築き下され!!」」

「……ほぉ、楽園か」

「「……っ」」


 


 二人の言葉を聞き、チラリとメルステラとヒルデを見る。

 二人は口をキュッと結び辛そうな顔をする。


 訳アリなのは知っていた。

 ハグレと自分たちを呼んでいたからな。

 そして、地下にあるであろうこの広く複雑な空間。

 そこから考えて、彼らは追放されたか。それとも、罪人となったのか。

 が、罪人であったのならば、このような豪勢な食事は出せない。

 無理をして出している可能性もあったが。

 少なくとも、爺さんたちやメルステラたちは健康そうだ。


 ……余裕はない。が、餓死をするレベルでは無い。


 となれば、追放された者たちが集まり。

 ウロボロスという神を信仰しながら。

 闇に紛れて活動しているという事が最も正しい認識だろう。


 非合法であり、悪とされるものかもしれない――が、別にどうでもいい。



 

「良かろう。余の力を持って――この世界に、お前たちの楽園を築いてやろうぞ」

「「「……っ!!!」」」




 全員が歓喜回ったような目を輝かせる。

 俺はただの人間であり、メルステラやヒルデのような並外れた戦闘能力は無い。

 が、無いだけで他の物はある。

 知略でも話術でも、あるもので無いものの代わりをすればいい。

 全てを持った全知全能の神ではなくとも。

 全知全能であるが如く、あらゆる事を成す事ならば――俺にも出来る。


 約束はした。

 ならば、俺は全力で約束を果たす。

 男として、大企業の社長として。

 俺を信じてついて来る部下たちを――見捨てはしない。


「……」


 ワイングラスを回し、残ったものを飲む。

 気がかりがあるとすれば、日本にある俺の会社の事だ。

 が、心配などは露ほどもしていない。

 もしもの事を想定し、俺が死亡または行方不明となれば。

 俺の腹心たちが俺の代わりとなり、会社を率いて行く算段はつけてある。

 

 教育は十分であり、第二第三の俺として奴らならばやっていける。

 可愛い部下の未来を俺如きの生き死にでは決めさせはしない。

 俺一人がいなくとも会社が回るのが当たり前だ。

 

 必ず、地球へと帰る。

 が、それは彼らとの約束を果たした後になるだろう。

 さて、この俺の力が何処まで通用するのか――あぁ、面白い!

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