≪Data_no.0231≫ 過去を運ぶ
その場所は、他より少しだけ形を保っていた。
低い建物が並び、道の幅も一定。
かつては「人が住むための場所」だったと推測できる。
「……住宅地跡です」
ロボットが言うと、男は「へえ」と短く答えた。
いつもなら何か余計なひと言を付け加えるが、
今日は、それ以上言わなかった。
男は一軒の家の前で立ち止まった。
ドアは外れ、窓は割れている。
それでも、男はしばらくそこを見ていた。
「ここ、入りますか?」
ロボットが聞くと、男は一瞬だけ迷い、それから言った。
「……いや、やめとこう」
理由は言わなかった。
それでも、しばらく歩いたあと、男は結局引き返した。
「やっぱ、見るだけ見るか」
中は、ほとんど空だった。
家具は倒れ、床には砂が積もっている。
男はゆっくりと歩き、壁に残った落書きを見つけた。
──『パパへ』
その文字を見た瞬間、男の歩行速度が落ちた。
「……知り合いですか」
男は黙ってしゃがみ込み、床に落ちていた何かを拾った。
古い、色あせた写真。
写っているのは、三人。
男と、若い女性と、小さな子ども。
「……」
ロボットは顔認識を試みた。
男と一致率、高。
「……過去の記録ですか」
男は写真を見たまま、しばらく黙っていた。
「なあ相棒」
「はい」
「記憶ってさ、消せたほうが楽だと思うか?」
「不要なデータは削除対象です」
「だろうな」
男は苦笑した。
「俺はな、消せなかった」
「仕事ばっかしてさ。
『あとでな』って、いっぱい言った」
ロボットは静かに記録する。
声のトーン、低下。
心拍、上昇。
言葉数、減少。
「で、気づいたら」
男は立ち上がり、天井を見上げた。
「世界が終わってた」
ロボットは計算する。
だが、この因果関係は成立しない。
「……あなたの責任ではありません」
男は少し驚いた顔をして、笑った。
「お前、たまに優しいこと言うよな」
「事実です」
男は写真を眺めるとしばらく考え、
そのまま胸ポケットにしまった。
「連れてはいけないけどな」
ロボットは聞いた。
「何をですか」
「過去だよ」
二人は家を出た。
外は相変わらず、静かな世界だった。
歩き出すと、ロボットの発電量がわずかに増えた。
理由は不明。
だがロボットは、内部ログに一行追加した。
《人間は、失ったものを運びながら歩き続ける》
その日、男はいつもより多く喋らなかった。
それでも歩みは止まらなかった。
【読み切り】さえない男と旧式非戦闘用ロボット、荒廃した世界を歩く ミヤザキ @miyazaki_01
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