第十六話:演出過剰な中ボス

◆ボス部屋・控室/リリ視点


「――はぁ〜……疲れたぁ……」


 “灰色の風”が扉の向こうへ消えたのを、監視の気配で確かめた瞬間。

 リリは控室のソファに、背中からダイブした。


 さっきまでの“格上の悪魔”はどこへやら。翼はだらん、脚は投げ出し、角度のついた威厳も床に落ちた。


「お疲れさまです、リリさん! 素晴らしい演技力でした!」


 ナノが拍手しながら周りを飛び回る。


「演技じゃないわよ。……必死だったの」


 リリは天井を睨んで、重たく息を吐いた。


「言っとくけど、ボクは“悪魔”って名乗ってても下位だからね?

 人間のランクで言えば、Dの上の方か、Cの入口くらい。――それ以上じゃない」


「へえ。意外です」


「意外じゃない。現実よ」


 さっきの四人。装備、連携、判断。

 全部が揃ってた。


「もし“ハッタリだ”って見抜かれて突っ込まれてたら……勝てたとしてもボロボロ。

 勝てる確率も五分五分。つまり、ボクの“中ボス人生”、初日で死亡ルート」


「死亡……」


「うるさい。そういう言葉に反応しないで」


 リリはサイドテーブルのクッキーを一枚ひょいと取って、かじる。

 甘さが、ちょっとだけ喉をほどいた。


「……で。今日助かったのは、ボクの実力じゃない」


「ご主人の“舞台装置”ですね!」


 ナノが嬉しそうに言う。


「そう。ご主人の“舞台装置”」


 リリは親指で壁のスイッチ――というか、部屋に仕込まれた制御板を指した。

 扉の向こうで赤く煌めいていた無数の魔法陣。あの光。


「あれね、攻撃準備なんて一つもしてないの。

 ただ“魔力を光と音に変換して垂れ流す”だけの、燃費最悪の照明装置」


「ご主人いわく『ライブ会場の特効演出』だそうです」


「……そのセンス、嫌いじゃないけど」


 リリはもう一口かじってから、言葉を続けた。


「相手が勘違いしてくれた。

 “準備万端の広範囲魔法が展開されてる”って。だから賢い連中ほど、勝手に帰る」


「戦わずして勝つ、ですね!」


「“戦わずに済ませた”だけよ。ボクの治療費ケチるために」


 憎まれ口は出るのに、胸の奥は軽い。

 命が危ない橋を渡らずに済んだ。その安堵が、じわじわ効いてくる。


「……ま、これなら中ボス、続けてやってもいいかな」


 ぼそっと言うと、ナノが満面の笑みでうなずいた。


「よかったです! では次回も、最高の“格上感”をお願いします!」


「その言い方、腹立つわね」



◆ギルド・カウンター/ガルド視点


「――以上が報告だ」


 俺は書きなぐったメモ束をリアナに滑らせた。

 受付嬢は真剣な顔で目を走らせ、要所でペンを止める。


「……中層手前。巨大扉の先に“悪魔”。

 部屋全体を掌握するほどの魔力を放っていた、と」


「ああ。あの圧は本物だ。

 あそこで突っ込んだら、全滅の可能性があった」


 言いながら、背筋が冷たくなる。赤い光。空気を押し潰す圧。

 ――本能が“勝てない”と叫んだ。


「ただ……今になって思うと、違和感もある」


「違和感、ですか?」


「あいつ、逃げる俺らに一発も撃ってこなかった。

 あれだけ圧倒的なら、背中を焼くくらい簡単だったはずだ」


 リアナの目がわずかに細くなる。


「……あえて見逃した、という可能性」


「それか――“撃てなかった”のかもしれない」


 口に出した瞬間、自分でも嫌な仮説だと思った。

 だが、勘が遅れて囁く。


 あの派手な魔法陣。

 あれ自体が“演出”だった可能性。


「……もし突っ込んでたら、案外いい勝負になったかもな」


「ガルドさん」


 リアナが短く呼ぶ。


「忘れてくれ。どっちにしろ、“もしも”に賭けて全滅はできねえ」


 俺は首を振った。


「撤退を選ばせるだけの圧があった。

 それが実力だ。ハッタリでも、結果が同じなら“強い”」


 リアナは小さくうなずき、手帳に追記する。


「この報告を受け、迷宮評価を更新します。

 『入口〜中層手前は新人訓練に適する。ただし巨大扉以降は危険度不明。挑戦は慎重に』――でよろしいですか?」


「ああ。中堅が調子に乗って火傷しないよう、釘も刺しといてくれ」


「承知しました」


 リアナは、いつもの落ち着いた声に戻した。


「次は、準備してから挑む――ということですね」


「当然だ」


 俺は苦笑した。

 悔しいが、生きて帰れたならそれが正解だ。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――ふぅ」


 リリの控室の様子と、ギルドの報告窓口。

 両方の監視を切り替えながら追って、ようやく一息ついた。


「うまくいったな」


「大成功です、ご主人!」


 ナノがくるっと回る。


「“リリさん最強説”と“ギリギリ勝てたかも説”。

 両方が同時に広まる、最高のバランスです!」


「噂の配合を最適化すんな」


 苦笑しつつ、俺はコンソールを開いた。


「魔力収支、見るか」


 ナノがウィンドウを出す。


【本日の収支報告】

収入:

・“灰色の風” +67

・自然回復 +10


支出:

・ボス部屋演出(光・音・威圧) -6

・罠・魔物維持費 -3


 ――そして、表示が更新される。


【迷宮名】未命名(野良迷宮)

【魔力残量】79/120

【状態】レベルアップ(容量拡張)


「おお……!」


 思わず声が出た。


「残量が一気に79。しかも最大容量が120に増えてる」


「強い冒険者さんほど、持ち込む魔力が濃いですから。

 迷宮核、成長しましたね!」


「サーバー容量増設、ありがたい」


 だが、指がふと止まる。


「……演出コスト6か。

 ゴブリン3体分を、“ピカピカ光るだけ”に使ったと思うと、胃が痛い」


「でもそのおかげでリリさんは無傷ですし、“灰色の風”さんはまた来ます。

 ガチ戦闘で怪我したら、もっと高くつきますよ」


「……それはそう」


 勝たずに追い返す。

 防衛としては正しい。


 そして、今――79もある。


 次の手が打てる。


「よし。下に、もう一層作る」


「第2階層ですか!?」


 ナノが目を丸くする。


「階層追加、基本コスト50。残り29になりますけど、運営大丈夫ですか?」


「カツカツだが、必要だ」


 俺はマップを出し、指で動線をなぞった。


「今の第1階層は短すぎる。ゴブリン抜けたら、すぐリリの扉。

 中堅が調子に乗って“押し込み”しやすい」


「……たしかに」


「階層を分ければ、空気も景色も変えられる。

 第1は“綺麗な石造り”。第2は“粗い洞窟”。変化で飽きさせない」


「大型アップデートですね」


「そういうことだ。ナノ、工事。リリにも引っ越し通知」


「了解です!」



◆迷宮拡張/黒瀬視点


 コンソールで〈階層追加〉を選択する。


【消費魔力:50】

【実行】


 押した瞬間、迷宮全体が低く唸った。


 ズズズズズ……。


 迷宮核から魔力が吸い上げられ、地下深くへ流れ込む。

 壁が震え、空間が“書き換わる”感覚が背骨を走った。


「対象エリア――ゴブリン防衛線の奥。リリの部屋の手前」


 行き止まりだった壁が、ぐにゃりと歪み、崩れ落ちる。

 その先に、暗い階段が生えた。


「階段生成完了」


 さらに下。空間が掘り広げられ、荒い岩肌が露出する。

 石造りの整った通路ではない。土と岩がむき出しの洞窟。湿った匂い。


「第2階層、ベース領域確保」


 がらんどうだ。けれど、迷宮は“深さ”を得た。


「……で、リリの部屋を」


 俺はボス部屋アイコンをつまみ、地図上で第2階層の最奥へスライドさせる。


「移動。第1階層奥→第2階層最奥」


 ズン、と空気が沈むような音。

 ボス部屋が“引っ越し”した。


これまで:

入口 → 罠 → スライム → ゴブリン → リリ → 迷宮核


これから:

入口 → 罠 → スライム → ゴブリン → 階段 → 第2階層(洞窟) → リリ → 迷宮核


「動線、伸びましたねえ」


 ナノが感心する。


「ゴブリン突破して“次こそボス!”って思ったら、階段。

 絶望の顔が見られますね」


「性格悪いな」


「ご主人の思想を代弁しただけです」


「……ぐうの音も出ねえ」


 表示を確認する。


【魔力残量】29/120


 自転車操業。だが――迷宮は確実に大きくなった。


 次の課題はひとつ。


(この空っぽの第2階層を、低コストで“地獄っぽく”する)


 元社畜エンジニアの、腕の見せどころだ。

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