第十四話:中堅パーティの調査
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「――来たな。“灰色の風”」
監視水晶の視界に、四人が収まった瞬間、背筋が勝手に伸びた。
新人のときの“わちゃわちゃ”がない。歩き方からして違う。
片目に傷のある大柄な男。背には片刃の大剣。
フード付きのローブを纏った魔術師。軽装の弓使い。
そして前に出たり引いたりを繰り返す、探索寄りの盾役。
――いかにも中堅。現場慣れした構成。
「ご主人。ギルドランクD。迷宮経験多数。撤退判断の失敗記録なし」
ナノがさらっと要点だけ出してくる。
「うち向き、って言い方やめろ」
「でも事実です。『死にたくない』が一致してますから」
俺は迷宮核を一度見上げた。
どくん。どくん。
コアの鼓動が、こちらの心拍を煽ってくる。
「……今回は、入口で事故らせたくない。殺す気はゼロ。死なないラインは維持」
「例外は最終防衛フロアのみ」
「そこまで行かせてたまるか」
リリに“例外権限”を渡した最奥。
あそこは、核を狙うやつ用の処理だ。
だが灰色の風は、ギルドの“調査”で来ている。
核狙いじゃない。――少なくとも、今は。
「というわけで、ご主人」
ナノが別ウィンドウを開いた。嫌な予感のする、堂々たるタイトル。
> // dynamic_difficulty_manager()
> // 引数:侵入者推定ランク、構成、過去ログ
> // 出力:罠頻度、魔物補正、演出強度
「……名前がダサい」
「ご主人が付けたやつです」
「……俺だった」
新人には優しく。中堅には“ちょっとだけ辛く”。
運用魔法という名の難易度自動調整。
ただし、方針は一つだけ。
「殺さない。折るけど、折り切らない」
「ご主人、言い回しが完全に悪役」
「運用だって言ってるだろ」
深呼吸一つ。
俺はスクリプトを起動した。
迷宮全体に、薄い魔力の波が走る。
灯りの色がほんの少しだけ締まり、空気が“仕事モード”へ切り替わった。
「よし。来い」
◆迷宮入口〜滑走罠ゾーン/ガルド視点
「……妙にきれいだな」
入口から通路へ入って、最初に出た言葉がそれだった。
壁は滑らか。床は乾いている。灯りは等間隔で、明るさも一定。
“手入れされた地下道”に近い。
「もっと湿った穴だと思ってたわ」
アンナが壁を撫でて、指先をひゅっと振る。埃もつかない。
「灯り、魔力で自動制御だね」
シグが光源石を覗き込む。
「一定照度を維持するように流量が調整されてる。地脈から吸い上げてるっぽい」
「自然発生って話からは遠いな」
俺は鼻を鳴らし、前へ顎をしゃくる。
「トーラ」
「はいはい」
軽戦士のトーラが、半歩先に出た。短剣と小盾。罠を読む役。
歩幅は小さく、視線は床の継ぎ目を舐めるように走る。
「継ぎ目、段差、色。……うん、ここ怪しい」
トーラが止まる。
「床、ツヤが違う。反射が強い。薄く膜がある」
「滑る床か」
「たぶんね」
粉をぱらりと撒く。白が落ちた瞬間、すーっと滑って広がった。
「確定」
「ギルド報告通りだ」
アンナが笑いながらロープを出す。
「じゃ、踏んで確認しましょ。ガルド、お願い」
「俺かよ」
「一番重いから、実験に向いてる」
「褒めてないだろ、それ」
苦笑しつつ腰にロープを巻く。
仲間が支点を取る。緊張ではなく、手順として。
「行くぞ」
一歩。
つるり。
「……おっと」
想像以上に加速した。足の裏の摩擦が消えて、体が勝手に前へ運ばれる。
前方には段差付きの石――“転ばせて痛い目を見る”系の教育罠。
(高さ、そこそこ。だが致命じゃない)
俺は身を丸め、肩で受ける。
ドン。
鈍い衝撃。痛い。だが骨は折れない。
舌打ちが出た。
「引け!」
ロープが張り、仲間が引く。俺も自分で巻き戻す。
元の地点に戻ると、アンナがわざとらしく拍手した。
「お疲れさま。感想は?」
「クソうざい」
「でも“死なないように作ってある”」
シグが淡々と言う。
「新人が油断したら転ぶ。中堅が踏めば“確認できる”。入口としては丁寧だ」
「丁寧な罠って何だよ」
「教育的、ってこと」
アンナが肩をすくめる。
「入り口から『手順を踏め』って言われてるのよ」
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「滑走罠、突破。評価、“ウザいけど死なない”」
「評価ログやめろ」
「現場の声です」
ナノがすごく楽しそうに言う。
「でも、さすが中堅。床の反射で即見抜きましたね。新人さんは見事にすってんころりんでした」
「比べてやるなって」
動きが速い。判断も早い。
“罠を踏ませる”んじゃなく、“罠を読ませて踏む”。
――予定通り、次で少しだけ圧を上げる。
「毒針ゾーン、どうする?」
「発動確率、上げます?」
「新人三割、中堅五割。多段ヒットは無し。角度は低く。頭は絶対狙うな」
スクリプトをいじる。
罠は“痛み”を与える道具じゃない。
“判断”を引き出す道具だ。
「了解。“気付きのための痛み”」
「言い方がブラックなんだよ、お前」
◆毒針ゾーン〜スライムゾーン/ガルド視点
毒針は、予想通り――いや、予想より少しだけ丁寧に性格が悪かった。
「右三枚、左二枚。踏み板」
トーラが小声で告げ、杖で床石を軽く叩く。
沈む石、沈まない石。反応が分かりやすい。
ときどき、わざと踏んで発射させる。位置を確定させ、通路に“安全線”を引く。
シュッ。
針は浅い。致命傷にはならない。
だが毒は、じわっと来る。足が重くなる。集中が削れる。
「うざいが、解毒ポーションを切るほどじゃない」
俺は腕を回した。痺れが残る程度。
「ヒーラーがいる新人だと、逆に厄介だね」
シグが言う。
「回復で押し切れる範囲だからこそ、回復を吐かされる。帰り道で息切れする」
「新人向けにしては、ちょっと意地が悪いな」
アンナが小さく笑った。
「でも“分かってれば避けられる”。そこが、変に優しい」
そう。
この迷宮は、理不尽じゃない。
理不尽じゃないのに、確実に削ってくる。
そして――問題はその先だ。
「……うわ、出た」
アンナが嫌そうな顔をした。
通路の先で、透明な塊がぽよん、と跳ねている。
スライム。だが、妙に“締まってる”。
「質がいい」
シグが一歩引く。
「魔力密度が高い。たぶん合成か、培養。溶解が強い」
「つまり装備が溶ける」
「うん。油断すると、靴どころじゃない」
俺は大剣の柄を握り直した。
「手順は同じ。トーラは足元。アンナは射線。シグは火、準備」
「了解」
スライムは鈍い。
だからこそ、前に出ると持っていかれる。
俺は距離を詰め、横薙ぎ――
……手応えがない。
刃が“通った”だけだ。ゼリーを切ったように抵抗が薄い。
「硬さがない。斬ると広がるタイプか」
「火で締める」
シグが短い詠唱を切る。
「《火炎の舌》」
細い炎が走り、スライムの表面がじゅっと縮む。
そこへアンナの火矢。中心に刺さり、内部から泡が弾けた。
ぶく、ぶく――
分裂する前に、どろりと崩れる。
「よし」
アンナが息を吐く。
「これ、剣で調子に乗って刻むと、刃の方が先に死ぬわよ」
「新人がここまで来たら、武器や防具が泣く」
トーラが床の残骸を避けながら言った。
「泣くっていうか、溶ける」
俺は通路の先を見た。
ここまで、全部“正解手順”がある。
正解すれば抜けられる。でも正解しないと、確実に消耗する。
……つまり。
「この迷宮、押し切れないように作ってあるな」
俺の呟きに、シグが頷いた。
「“雑に強い”より、“丁寧に上手い”を要求してくる」
「新人向けの皮を被ってるくせにね」
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「スライム突破。中堅、正解ルートに即到達」
ナノがログを眺めて、にこにこしている。
「斬ると不利、と察した瞬間に火と矢へ切り替え。判断が速いです」
「……うん。意図してる“学習”が、加速してる」
魔力グラフを見る。
体力も魔力も、まだ余裕。新人ならここで息が上がるが、さすがに粘りが違う。
「このままじゃ、“痛い目”が足りない」
俺は小さく息を吐いた。
「ご主人。“中堅向け設定”の出番ですね」
「ああ」
俺は次のウィンドウを開く。
通路の先。
ゴブリン隊の待機ポイント。
ジグの心拍は、すでに上がっている。
「……ここからは、罠じゃなくて“対話”だ」
「対話?」
「剣と盾と、視線と間合いでな」
俺は短く指示を送る。
「ジグ。中堅だ。連携を見せろ。前へ出るな。削って、退け。退けるように退け」
迷宮核が、どくん、と鳴る。
次のシーンで試されるのは、灰色の風じゃない。
――この迷宮の“牙”が、中堅相手に成立するかどうかだ。
「よし」
俺はコンソールの演出強度を、ほんの一段だけ上げた。
「開幕は派手にする。でも――殺すな」
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