第16話 自宅部の活動
「はぁ~美味しかった!おばちゃんいなかったね。感想伝えてご機嫌取ろうと思ってたのに」
夕食を終えた2人が食器を返却口に戻し、階段を上がって寮の3F、女子生徒のフロアに到着したそのときだった。
「お前は帝栄の生徒なんだよ!!寮母の立場がどうなると思ってるの!?」
怒気を含んだ女性の声には聞き覚えがあった。廊下の奥、突き当たりの部屋の前に山ノ井寮母が立っていた。この距離でもすごい剣幕だということはわかる。
部屋の主は扉を半分ほど開けて、よりかかるようにして無気力に立っている。顔にかかった長い前髪と、扉の影で顔はよく見えない。一乃たちに気づくと寮母を無視して扉を締めてしまった。幽霊のような白い肌だけが見えた。
「み、密葉…、今のって」
「ねぇ、一乃ちゃん、今からちょっとだけいい?」
「え?」
密葉は今の光景がまったく見えなかったかのようにテンションが変わらない。何やらポケットをゴソゴソとしながら、一乃を遮って切り出した。
山ノ井はこちらに気づくと、気まずそうにその場を去った。あの生徒は何か悪いことをしたのだろうか。
(結構な怒鳴り声だったけど、よくあること…なのかな…)
「部屋に来てほしいんだ。今日、自宅部のみんなでミーティングがあるからさ」
密葉は構わず話を進める。
「ミーティング?」
一乃も思わず聞き返す。
「…私がいても、いいの?」
「もちろん。今日のテーマに関係あるしね」
自宅部の活動には興味もあったし、少しワクワクしている自分がいた。うん、と頷いて密葉の後をついていく。
「……待って、今何時だっけ?」
一乃が思い出したように言うと、密葉は懐中時計をポケットから取り出して、カチャリと蓋を開いた。
「今? 19時だけど? 何か見たいテレビでもあるの?」
「いや、違うけど……19時ってことは、もうとっくに起きてるよね?」
密葉がクスリと笑った。
「ああ、大夜のこと? 今なら起きてるし、エンジンかかってきてるね」
「うっ……」
一乃は顔をしかめた。
「大夜のこと嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないけど、苦手。……意地悪だし…」
「せっかく僕たちのマネージャーになったんだから、仲良くしてほしいけどなぁ」
「いや、マネージャーって…。不死原くんに目をつけられただけで……」
「いいじゃん、マネージャーで! 一乃ちゃん、部活入ってないでしょ? それか、ボクの助手って肩書の方がいい?」
「助手もイヤな予感しかしないんだけど……」
そんな軽口を交わしながら、密葉の部屋に向かった。
ドアを開けると、やはり英国調の空間が広がり、まるで小さな探偵事務所のようだった。
密葉は机の上に置かれたタブレットを手早く操作する。
「とりあえずミーティング参加して、っと。…あ、もしもし賢?今日のミーティングだけど、一乃ちゃんも参加していい?本人に直接言った方が早いでしょ?それに……、一乃ちゃんも“用事”があるみたいだし」
「用事?」
密葉が振り返り、笑いながら言った。
「僕たちに用事あるでしょ?だって、例の先生はまだ諦めていないんでしょ?僕らの登校のこと」
ドキリとする。まったく話していないのに、どうして……?
「どうして分かったのかって?一乃ちゃんは毎回かわいいリアクションをとってくれるから楽しいな~」
密葉の目が、好奇心に溢れた光を帯びる。
「まず、今日一乃ちゃんは授業が終わる時間帯よりも少し遅い時間に寮に戻った。部活に入っていない一乃ちゃんが夕食の時間帯直前に帰るのは珍しいよね。何か用事があったんだろう。戻ったとき、一乃ちゃんのカバンはチャックを閉められないほど、大荷物だった。分厚い資料の束がちらっと見えたよ。一乃ちゃんはまじめで置き勉とかはしない性格。帝栄の無駄に多い教材を毎回一式持って帰って復習に励む一乃ちゃんなら、教材だけでもカバンはギリギリ。計画性のある一乃ちゃんが学校帰りにカバンが閉まらないほどの大荷物を詰め込むとは思えない。オタクグッズなら学校の帰りに買うわけない。つまり、増えた分の荷物はイレギュラーな荷物だ」
…まただ。鋭い観察で断片的な情報を集めて、推理を組み上げる思考力、これが密葉の才能だ。
「持っていた資料すべては見えなかったけど、縁のレイアウトだけ見えた。ウェブページのコピーだよね?そのウェブサイトは見たことあるんだ。その学者の名前を偶然知っていてね。努力至上主義で、不登校や劣等生に対しては厳しい意見をお持ちの人だ。詳しい内容はさておき、僕たち自宅部の訪問の週明けというタイミングで一乃ちゃんが教育関連の資料を持っているってことは、放課後の用事は僕たち関連だろう。誰かから渡されたのなら十中八九先生からだよね。これで、帰りが少し遅かったのも説明がつく。放課後に呼び出されて現状報告をしたついでに、『引き続き不登校部を説得しろ』と念押しされて、資料を渡されたんだ。だから、ボクたちを引き続き説得するか悩んでたんでしょ?隠さずに相談してくれればいいのに~」
悩みのタネとなっている張本人にすべて暴かれ、絶句していると、タブレットのスピーカーから別の声が飛び出した。
『そもそもペーパーレスの時代に、わざわざ紙に印刷とか……。コピーするためのインクと紙と、その重量を運ぶ労力がすべて無駄だな。ウェブページならコピーせずにURLを共有すればいいだけの話だ。帝栄の教師連中はもう少しEfficientな行動がとれないのか』
声の主はいつの間にかチャットに入っていた画面越しの大夜だった。
相変わらず髪はボサボサだが、以前よりも寝起き感は薄れ、言葉のキレも増している。
(出た…。テクノロジー至上主義男…)
「やっぱりそこ突っ込むよね」と密葉が笑う。
続いて、モニターの横に小さな吹き出し。
『学者が書いた不登校関連の記事なら、おそらく内容は『認知行動療法に基づく支援』といったところかな?確かにCBTが有効であるという研究は多いが、不登校の原因をすべてメンタル的な問題だと一括りにされては困る』
賢からのメッセージだった。
これも当たり。食事前に目を通した資料にも、賢がまさに今言及したワードが含まれていた。密葉と賢にかかれば一乃の行動はすべて読まれてしまう。
『…賢、電話出ないの?』
続いて、画面越しで余計にこもった声の亜衣が呟いた。
(いつの間にか自宅部が結集してる…)
密葉の推理を聞いている間に、全員がチャットにログインしたようだ。
しかし、賢だけは画面に「不死原 賢」の名前だけが浮かび、音声も映像もオフになったままだ。
『直電できないんだろ。なぜかプロファイルできない“ニセ生徒会役員”がいるからな』と大夜。
「も、もう!ニセって…嘘ついてたのは謝るけど蒸し返さないでよ!」
一乃が言い返す。密葉がクスクスと笑う。
『全員揃ったみたいだね』
賢がメッセージで全員に呼びかける。密葉が画面に向かって笑顔で言った。
「揃ったよ!今日はマネージャーも参加でね」
(…そうか、マネージャー…じゃないけど、今から自宅部の話し合いに参加するんだ)
この異質な空間は、今までの学校生活とはまったく違う雰囲気を持っている。教師もルールも存在しない、知的で、自由な場所。ここで一体、どんな教育論が飛び交うのだろう。新しいシステム?カリキュラム?理想の学校像?……そんな淡い期待は、次の瞬間、崩れ去る。
『では、自宅部のミーティングを始めよう。議題は、山ノ井京子の調査、および制圧だ』
「せ、制圧!?」
一乃が思わず声を漏らす。
「それなら、さっき面白いものを見たよ。事件解決の糸口になる切り札をね」
密葉がにやりと笑う。
「夕食の後、廊下でね。京子おばちゃんが女子生徒と口論してたんだ。どうやら家庭のいざこざらしいね。そういえば、おばちゃん、自分の娘も帝栄の生徒だって言ってたし。大夜わかる?」
「Whisperでヒットするかもな。……いや、ヒットするけど『山ノ井』って結構いるな。顔は?顔がわかれば、画像検索で探せる」
大夜が冷静に返す。
「写真なら送っといたよ。さっき、盗撮したから」
(盗撮?さっき?いつの間に…)
「いいぞ、知野……ってなんだコレ。扉の隙間から右半分写ってるだけじゃねぇか…」
「しょうがないでしょ。遠かったし、一瞬で部屋に引っ込んだからほとんど観察もできなかったし」
「探偵の基本がなってないな。このショボ写真じゃ画像検索にかけられない」
大夜がため息。
しかし次の瞬間、画面に写る精密な正面顔のスケッチ。
「……絵なら、どう?」
着ぐるみ姿の亜衣がぼそり。
「今描いた!?亜衣ちゃん早!」
密葉が驚きの声を上げる。一乃はポカん。
「しかも、写ってないところが補完されてる……どうやったの?」
「…一部だけでも、わかる。鼻とか、目とか、パーツの特徴わかれば、十分。影のでき方で、鼻の高さまで…わかる」
「Efficientだ」
大夜が手を動かしながら唸る。
密葉が画面を覗き込みながら、ふと疑問を口にした。
「てかさ、画像検索って……絵でもヒットするものなの?」
「普通は無理だな」と、大夜の声が返ってきた。
「だが、俺が開発した特殊な画像解析ソフト、『
自分の製品を解説する大夜は口角がわずかに上がり、瞳はギラギラとした光が灯っている。
「Whisperにも実装しているから、過去の学校の集合写真とか、授業風景とかを探せば……、ほら、ビンゴだ。……でも山ノ井じゃない。『澄田遥』。1年1組。別姓の親子なのか?」
──何これ。一体何をしているの?
盗撮でプライバシー侵害、テクノロジーで個人特定、画力が肖像権侵害レベル。才能の悪用のオンパレードである。
一乃の中で、芽生え始めていた自宅部への親しみが、ガタガタと崩れていくのを感じた。
「高杯、これ、色んな角度から描いたりできるか?」
大夜がすかさず尋ねる。
「…できる」
着ぐるみ姿の亜衣が、頷きながら既に別の角度のスケッチを送信していた。
「すごっ……」
密葉が目を輝かせる。
「似顔絵捜査官みたいじゃん!」
「おい探偵。感心してないでお前も役に立て。別姓なのはどうしてだ」
「やれやれそんなことか。母子家庭なら、別姓ってことはあり得るんだよ。離婚した後、母親が旧姓に戻しても、子どもは元の姓、つまり父親の姓のままになるケースがある。特に思春期を過ぎた子なら、『親の名前を名乗りたくない』って自分で決める子もいるしね」
「子ども自身が決められるのか?」
「法律では14歳以上になると旧姓に変更するには本人の許可が必要。嫌がれば変更できないね。でも、別姓だと何かと不便だから、特に子どもが小さい場合は統一するのがメジャーだね。だから、離婚したのはわりと大きくなってからで、父親の苗字を捨てることに何らかの抵抗感があって本人が変更を嫌がった…ってところかもね」
「ちょっと待って! 一体、これは今何をしているの?」
次々と調査が進んでいくミーティングに、我慢できずに一乃が声をあげる。
「一乃ちゃん?何って、そりゃ…あれ?何だっけ?」
好奇心だけで突き進んでいたらしい密葉はどうやら目的を忘れているらしい。
そのとき、モニターに賢の文字が浮かぶ。
『束原さんには言っていなかったね。これは僕たちが自宅部として、学校に干渉されないための調査だ』
「えっと、それと山ノ井寮母を調べることに何の関係が?」
『君にも関係があることだ。今、君は僕たちに改めて登校を促すか、それとも約束した通り僕たちのスタイルを認めるか、再び悩み始めているところだろう?だったら、この議題は君にこそ関係がある。山ノ井寮母の事情を沈め、学校への干渉をやめさせれば、教師から君への依頼も解決する。そうすれば、君は自由だ。僕たちのことは放ってもとの学校生活に戻るなり、僕たちの手伝いをするなり……自由に選べばいい』
モニターに新たなメッセージが表示される。
『目的を見失わないことが重要だ。僕たち自宅部の今の目的は何だと思う?束原一乃という刺客を納得させた今、次にやるべきはその刺客を送り込んだ根本を叩くことだ。そして、自宅部が登校を迫られている根本の原因は何だと思う?』
(それは、あなたたちが学生だからでは……)
思わず一乃が心のなかでツッコむ。
『それは、山ノ井寮母が教師に催促するからだ。そして、山ノ井寮母が催促する理由は何だ?正義感か、大人としての責任か。……いや違う。それならもっと前からだったはずだ』
テキストを打ち込んでいるとは思えない速度で賢の主張が画面に並ぶ。
「最近にかけて、何らかの原因で機嫌を損ね、その余波で僕たちへの当たりもキツくなっている…と考えるのが妥当だろうね」と密葉。
『その通り。今は教師がどう動こうが、教師の指示で束原さんが何をしようが、僕たちに関係ない。山ノ井寮母を黙らせて自宅部の活動を継続する。それだけだ』
「そして、そのヒントが掴めそうだ」
何やら熱心にPCを操作していた大夜が手を止めて言い放つ。
「山ノ井の娘……であると考えられる澄田遥は、今——不登校だ」
不登校部 Y@Scientific Creator @creator-y
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