第14話 適応の失敗

校門をくぐった瞬間、肌に冷たい空気がまとわりついた。春の空気はまだ完全に温まっていない。

(はぁ……月曜日)


目まぐるしい週末を乗り越え、再び学校での日常が始まる。いつものように真面目に授業を聞き、ノートには丁寧に板書が写されていく。



授業態度は文句なし。周囲と無難に関わり、控えめな笑顔を浮かべる優等生——それが束原一乃の学校での“仮面”だ。



放課後、鞄を肩にかけて昇降口へ向かおうとした、そのときだった。


「束原」

声が背後から響いた。よく通る、威圧感のある声。


振り返ると、田中俊規学年主任がいた。目の下のクマが濃く、今日はいつも以上に険しい表情に見える。周囲の生徒が一歩、二歩と離れていく。


「生徒指導室に来なさい」

(……来た)

一乃は反射的にビクリと肩をすくめたが、内心ではだいたいの展開を予想していた。足を引きずるように、指導室へ向かう。




重厚な扉を開けると、室内にはふんわりとした紅茶の香りが漂っていた。

「いや〜、どうだった?自宅部の家庭訪問は?」

テーブルに座ったタナトスが、やたらとにこやかに笑っていた。

(ええと…不死原くんといい、この人といい、帝栄って二重人格多くない?)



「あの……一応、全員と会うことはできました……」

「おおっ!やるじゃん!」

「い、一応……?」

(高杯さんとは、“会った“ということでいいのか謎だけど…)


「すごいじゃん、さすが!で、どう?彼らと関わってみて?」

「はっきり言って、最悪でした。謎だらけで、常識が通じなくて……」

「うんうん」



「——だからこそ、関わってみたいと思いました」


「そっか、やっぱり無理か〜……って、え、えっ?関わりたい!?」

驚きすぎて、持っていたマグカップを危うく倒しかけるタナトス。授業中からは想像ができないコミカルな動きだ。


「…マジか。今までどんな教師や生徒が行っても返り討ちだったのに……。弱みとか、掴まれてない?」

「よ、弱み……ですか? いぃえ、特には……」

完全に弱みを握られているが、余計なことは喋るまい。

(というか、やっぱり今まで自宅部を無理やり登校させようとした人はみんな弱みを握られたんだ…)



「そっかそっか!いや〜、弱みを掴まれないように、できるだけ特徴がなさそうな普通の子に任せて正解だったな〜」

「はあ…」

(失礼!…悪かったですね、普通で)


どこか暗くなる一乃の顔を見て、田中は付け加える。

「いやでも、君も大概変わってるよ。自宅部に関わりたいなんて言う子、今までいなかった」

田中の声色が少しまじめになる。一瞬だけ、穏やかに見守るような眼差しをした気がした。初めて見る表情だ。



(変わってる、か……。いっそのこと、もっと変わっていればよかったのに…)



「それで、本題。自宅部に認められた君には——」

「え、いや別に、認められたわけでは……」

「引き続き、彼らの登校を促してほしい」

(え……!?)


「最近、山ノ井さんがヒートアップしててさ。先生たちも顔を出すたびクレーム食らってる。君なら、もうちょっとマイルドに話ができるでしょ?」

(あれ?…これって私まずい状況なんじゃ!?)

そう言えば、タナトスのもともとの依頼は彼らの登校だった。どうしよう。断って彼らのスタイルを応援すると言うか。


「…えっと!私あれから考えて…」

「で、役に立つと思ってさ、こんな資料まとめてきたんだよ!」

一乃の言葉を遮り、机にドシンと置かれたのは、分厚い紙束。


「これは有名な教育心理学者のホームページを印刷したもの。登校拒否への対応や心理療法的アプローチが書かれてる。書籍も何冊か読んで、僕なりにメモつけてみた。いや〜、おかげで寝不足でさ!」

「……えっと……」

(無理……ここまでやられて『できません』とは言えない……)


頼られ、信じられ、押しつけられる期待。重たい資料と一緒に、ずっしりと肩に乗しかかる。


この雰囲気で、タナトスに『登校させるのは諦めました』と言うわけにはいかない。

かといって、自宅部に登校の話を出せば学校全体にオタバレ。板挟みである。



タナトスの話に付き合わされて、ようやく寮に着く頃には、18時を過ぎていた。

ずっしりとした資料の束を入れたカバンの紐が肩に食い込む。寮に入ると、食堂からのいい匂いが鼻腔をくすぐった。



「おっ、一乃ちゃん。ナイスタイミング!一緒に食べようよ!」

靴を靴箱にしまっていると、食堂に続く廊下に、ふわふわの茶髪がひょっこりと現れた。知野密葉だ。


「えっ、あ、知野さん。うん……」

突然の声かけに戸惑う。土曜日の夜の脅迫事件のことなど、まるでなかったかのように陽気なテンションだ。それでも、ちょうど聞きたいことがあった一乃にとってもいい機会だった。

「先に荷物置いてくるね。」




自室で荷物を置き、締まりきっていないカバンから除いている資料の内容がふと気になった。


(有名な学者って言ってたっけ?)

ある学者が論考を発信しているウェブページのようだ。教育の世界では影響力のある学者なのだろうか。




『教育と適応の科学』



第64回:不登校という「個性幻想」に抗う


近年、「不登校は個性である」とする風潮が見受けられる。これは極めて危険な論理である。個性とは、社会的文脈の中で自らの能力を活かし、他者と関わることで発展していくものである。教育の現場において「学校に行かない自由」がもてはやされる昨今、私は警鐘を鳴らしたい。


確かに世の中には、「ギフテッド」と呼ばれる子どももいる。ギフテッドとは、知的能力が高いゆえに学校に馴染むことができず、学校に行く意味を見失ってしまう生徒を指す。しかし、特定の能力が高いからといって学校教育を受けなくていい理由にはならない。社会的義務や集団生活から自らを切り離した者に、真の意味での成長はあるのか?


不登校とは、適応の失敗であり、学習の拒絶であり、社会的交流の断絶だ。心理学的には、不登校状態が長期化することで自己効力感(Self-efficacy)は低下し、結果として「自分にはできない」という学習性無力感(Learned helplessness)を形成していく。


一部の研究では「ホームスクーリング」や「フリースクール」における自律性の促進が肯定的に語られるが、私はそれを疑問視している。社会とは他者と衝突し、摩擦し、そこから学ぶ場である。温室で育てた花が、嵐の中で立てるだろうか?


「個性の最適化」などと耳当たりの良い言葉で、努力の放棄と現実逃避を肯定する論に私は与しない。教育とは、ときに生徒にとって不快で、困難で、理不尽なものである。それでもなお、そこに適応しようとすることで人は成長するのだ。


不登校に対する科学的なアプローチとしては、認知行動療法(Cognitive behavioral therapy:CBT)が有効であり、介入試験によって広く効果が認められている。詳しくは私の著書で解説しているが、登校への不安や恐怖に対する解決策は確立されつつあるのだ。不登校の子どもを持つ親には、「不登校を個性として受け入れるべきだ」といった根拠のない戯言を信じる前に、ぜひ、心理療法による治療を視野に入れていただきたい。


才能とは、生まれ持った特性ではない。環境に適応し、困難に耐え、汗をかきながら積み上げていくものだ。たとえ周囲が「可哀想だ」と言おうとも、甘やかしの先に未来はない。私はそう信じている。




(……)

論考を読んで、自分に対して言われたかのように、心臓にズキッと刺さった。



『不登校とは、適応の失敗』



用紙を机の上に伏せた後も、その一文が脳内で反響する。“不登校でも彼らのスタイルとして応援したい”。そんな考え方に傾いていた一乃の目を覚まさせるような一文だった。



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