第9話 脅迫、そして集結

今日は、朝から本当にイベントが多かった。


朝早くからの極秘ミッション、密室事件、そして“臆病王子”との遭遇——。

コンビニで買っておいた弁当を調理スペースのレンジで温めて食べた後は、眠気とともにどっと疲れが出てしまった。


疲れ切った頭で、ノートを開き、自宅部のメンバーのアプローチ方法を考えていると、いつの間にか窓の外が夕暮れに染まっていた。

(うわ、もう夕方!? 結局、昨日と同じ時間帯になってる……)


「まぁ、金崎かねさきくんみたいに夕方にならないと起きない子もいるかもしれないし…」

気を取り直して、今日は昨日行けなかった知野密葉ちのみつばの部屋に行こうと決めて、部屋の扉に向かうと——。


(……あれ?)

扉の下に、何か紙が差し込まれていた。一乃は一瞬ためらってから、それを手に取る。



束原一乃さん

君の弱みを掴ませてもらった。これまで通りの学校生活を送りたいなら、17:00に402号室に来い。



(……………)

目の前の文字が、にじんで見えた。

(な……何これ……脅迫……?)

一瞬にして、体が冷たくなっていく。頭のなかがぐるぐると混乱する。昨日から自宅部に振り回され続けて、今日は誰かからの脅迫状!?


でも、逃げられない。誰がこんなことをしたのか確かめなきゃ————。




階段を上がって、目的の扉の前まで来たとき、異変に気づき、自分の目を疑った。

脅迫状に書いてある部屋番号を何度も見直すが、目の前の扉の番号で間違いはない。扉には張り紙があったのだ。



『実験禁止』



マジックの太字で書かれた、おそらく寮母である山ノ井やまのいから警告文。普通の人が見れば意味のわからない張り紙だが、一乃には心当たりがあった。


「というか…待って。この部屋番号って…」

もう一つ記憶がよみがえった。震える手で、ポケットからスマホを取り出し、自宅部の名簿の写真を表示する。目の前の部屋番号と一致している番号が、1つだけあった。

(知野密葉……この部屋!?)



探偵少女=脅迫主=自宅部。



この最悪の事実を悟った一乃は、この場に倒れ込みたくなった。

(なんで私、こんな目に……!そもそもどうして?あの明るい探偵少女が、なんで脅迫状?)

そう思った次の瞬間、扉がいきなり開いた。



「やぁ、早かったね!そんなにボクに会いたかったのかな?」

声を発する間もなく、腕を引っ張られた。

「ど、えっ……!?」

そのまま、部屋の中にずるずると引き込まれる。

(え、ちょっと、待って、心の準備が……!)



「ようこそ!一乃ちゃん。いやー、見てよ。この通り、すっかり扉も直ってさ。探偵ならこの程度のピッキングは朝飯前ってね」

(…いや、それは探偵というより、怪盗の仕事では…)

それはさておき、密葉は脅迫のことなど微塵も感じさせない、朝と同じ屈託のない笑顔で出迎えた。

(やっぱり、何かの間違い?何が起きてるの?)



「まあまあ、適当にくつろいで?あ、でも物には触らないでね。散らかっているように見えて自分が使いやすい位置に整理してあるから!」

「…………」


目の前に広がったのは映画の中にでも入ったかのような空間。

ぎっしり詰まった本棚。革張りの肘掛け椅子。大きな机には、チェスのボードや駒、トランプのカードが乱雑に置かれ、横にはバイオリンが立てかけてある。まるで英国の探偵事務所のようなインテリア。


だが、英国調の部屋の雰囲気に合わない“異物“が1つ。人間サイズのくまのぬいぐるみが部屋の入口近くにどかんと鎮座していることだった。



「そうそう、名前言ってなかったね。ボクは知野密葉。2年3組。ま、忙しくてあんまり学校行けてないけどさ!」

(…………えっ)

『あんまり学校行けてない』。密葉は何も気にしていない様子で言い放った。

(そんな理由で……学校って、忙しいからって、休んでいいものなの?)

不登校は引きこもりで、人と話すのも苦手というイメージが大きく覆される。


一乃は再び自分の偏見を改めた。

(自由人すぎて学校に行かないってパターン……)

価値観のズレに、ガックリと肩が落ちた。



「さて、じゃあ今、大夜にもつなげるから!」

「え……金崎大夜くんのこと!?」

その名前を聞いた瞬間、全身がピンと緊張した。この探偵少女と大夜が繋がっている。それは、密葉が自宅部のメンバーであるもう1つの証明だった。

「大夜~!起きた?一乃ちゃん来たよ!」

密葉がタブレットから発信し、画面越しに声をかける。


『……ふわぁ~、いちの?誰だ』

「寝ぼけてんの?例の束原一乃ちゃんだよ~!」

『ああ、そうか。その面倒な件、早く片付けないとな』

「まったく、大夜はちゃんと規則的な生活しないとダメだよ~!」

『何言ってる?俺は規則的だ。17時に起きて、9時に寝る。夜の間に活動するのが、俺の脳が一番が働くEfficientなライフスタイルだ』

「社会を舐め腐っているってことはわかったよ」

『お前に言われたくない。…高杯はそっちにいるか?』

「来てる来てる!今日は機嫌いいみたいだよ~」


(……高杯?高杯亜衣さんのこと?…さっきから誰の気配も…)

もう一人の自宅部が来ている?不思議に思って部屋を見回した。そのとき、壁際に置かれていたくまのぬいぐるみが、“動いた”。


「わっ!!」

ぬいぐるみが動く怪奇現象に心臓が跳ね上がり、反射的に後退りして棚に背中をぶつける。ぬいぐるみの頭がもぞもぞと起き上がり、こちらを見つめてくる黒い瞳。

「……だいや? おはよう」



か細くてこもった声。

(……この声……)

記憶がよみがえる。昨日、最初の部屋を訪ねたとき、扉越しに聞こえたあの声だ。

(このぬいぐるみ、…いや、この“着ぐるみ”が高杯亜衣さん!?)


『おはよう高杯。仕事は終わってるか?』

「……もち」

『さすがだな、Efficientな仕事ぶりだ』

着ぐるみと画面越しの大夜が、自然に会話を続けている。

(ちょっと待って!? 普通に会話してる!?着ぐるみ着てるんだよ?この人!これが高杯さんの普通…なのかな……)


密葉はニコニコしながら言う。

「この子が亜衣ちゃんだよ。超人見知りで、基本こうして過ごしてるの」

(……メンバーにも姿を見せないって、こういうこと!?)



「で、賢は来る?」

『知らん。別にいなくてもいいだろ』

「ふふ、そっか。じゃ——」

密葉が一乃の正面に立つ。

「役者は揃った。では、今回の“事件”の真相について話そうか、束原一乃ちゃん?」

あまりの衝撃で忘れかけていたが、脅迫されてここに来たという事実を思い出す。



腕を後ろに組み、不敵な笑みを浮かべる密葉。

画面越しには、ダルそうにあくびをかます大夜。

そして、静かにくまの頭を傾ける亜衣。

(私……今、ものすごい場に巻き込まれてる気がする……)

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