第8話 すれ違う影

寮のカフェテリアを出て、部屋へと続く廊下を歩いていたときだった。

一乃いちの美十みとの耳に、ちょっとした騒ぎが届く。


「あれって……」

一乃が足を止め、先の曲がり角を指差す。先程カフェスペースで話していた女子生徒が2人、何やら盛り上がっていた。視線の先には、スラッとした男子生徒が立っている。


黒っぽいフード付きのパーカーにスキニーパンツ。服は地味だが、顔立ちは整っている。どこか儚げで、影のような雰囲気をまとっていた。


「ねぇ美十、あれって……御影みかげくん?」

「……ああ、違うよ。あっちは“臆病王子”」

「臆病、王子?」

「そう。顔は御影くんになぜか似てるけど、暗くて地味って噂。存在感ないし、学年も知らない。でも……まぁ、局所的にはモテるんじゃない?存在感なさすぎて実物見たの、私も初めてだけど」

「女子にナンパされてるよ……」

2人が見つめている間にも、女子生徒たちは臆病王子にガンガン話しかけている。



「ねえ、もしかして御影司くんの弟とか? 雰囲気、めっちゃ似てるよね~」

「髪型とか、ちょっと影のある感じとか、めちゃくちゃタイプなんだけど……LIME交換しよ?」



(わ、わぁ……)

女子校生のエネルギーはすごい。一方で、臆病王子は明らかに固まっていた。顔は引きつり、手はパーカーのポケットをぎゅっと握りしめている。小さく「えっと……僕は…」とつぶやく声が漏れる。



「……よし、一乃、助けに行こう」

美十が自信満々に歩き出す。

「えっ……行くの!?」

一乃は思わず声を裏返した。

(ムリムリムリ、こういうの絶対向いてないし!どうすれば空気壊さずに収められるか、計算する余裕ないし!)

でも、美十は一歩前へと軽やかに歩き出してしまう。

(ええええ……行くしかないの!? )



「すみませ~ん、こっち、先約なんで」

美十は男子生徒の腕に手をかけ、女子生徒たちとの間に入る。美十の狙いはおそらく、恋人のふりをして諦めさせること。オタク脳が考えそうなことである。しかし、女子生徒たちは引かない。


「え~、ちょっとくらい話してもよくない?」

「あなたたち、彼とどういう関係?」

(わ、しつこいパターン……、ダメだこれ。下手すれば面倒な展開になるやつだ)


美十の対応は逆効果だ。そもそも腕に接触された男子生徒は余計に挙動不審になり、まったく恋人に見えない。対抗心を焚き付けられた女子たちは少しむくれて、むしろ攻め手を強めようとしているように見える。

(ここで強く出たら余計刺激するし……)

頭がぐるぐると回転する。

(そうだ、断る理由じゃなくて、納得できる理由をあげるんだ)



プランが決まった瞬間、自然と体が一歩前に出る。表情筋が自動的に動き、敵を作らない微笑みが完成する。

「すみません、私たちこの人のクラスメイトなんですけど…。昨日熱っぽくて保健室で休んでたから、無理させないほうがいいかもです」

ここで“私が守ってあげてる”雰囲気を出しすぎると逆効果。競争心を煽らないように、優しい表情を作りつつ、事務的な言い方を心がける。


女子生徒たちは顔を見合わせて、苦笑い。

「……そっか、それなら…」

「お大事に~」

女子生徒たちはようやくその場を離れていく。



「……ふぅ」

美十が肩をすくめた。

「ありがとう。一乃、なんか慣れてない?」

「慣れてないよ……というか、美十がノープランで突っ込むからびっくりしたんだけど」

「えー、こういうナンパシーンの対処、ギャルゲーで経験積みのつもりだったんだけどな。リアルじゃ全然通用しないじゃん」

「守備範囲広すぎじゃない?ギャルゲーって……絡まれてるの男の子だし…」

思わず呆れ声が漏れたが、ホッとした2人は笑い合いながら振り返る。



「……あなた、大丈夫だった?」

だが——そこに、さっきまでいた男子生徒の姿はもうなかった。

「……え? いない!?」

「…あんなに挙動不審だったのに、逃げ足だけはやたら早いタイプか?」



(あの人、何者なんだろう……。)

臆病王子。確かに顔は整っていたけれど、存在感が薄く空気のような気配。

おそらく、帝栄の生徒の中では都市伝説的な扱いなのだろう。


(顔は似てても、御影くんとは真逆なタイプ…)

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