第10話 知野密葉の華麗なる推理

「さて、ここはEfficientに、用件から簡潔に述べるぞ」

大夜が、画面越しに言った。


「今後、俺たち自宅部に近づくな」

「っ……!」

「手紙にも書いた通り、アンタの弱みを掴んである。しかも、2つ」

密葉の机に立てられているタブレットの画面が、SNSのような見た目のページに切り替わる。


「まず1つ目は、俺が新聞部と運営している学園の裏サイト、『Whisperウィスパー』から集めた情報。これは校内のSNSみたいなもんで、そこそこ話題性のある人物であれば名前を検索するだけで、所属している部活動、仲良しグループ、彼氏彼女の噂などなど玉石混交の情報が出てくる」

(何そのサイト!? 普通にヤバいよ、この人!)

性格が悪いどころか、完全に倫理観が破綻している。



「『束原一乃』で検索すると……っと、出た。『難易度クソ高い編入試験を突破した優秀転校生』『学年成績2位』『部活動は無所属』といった確かな情報から、『誰にでも優しくしてくれる』『そこそこ可愛い』といった不確かな情報まで様々だな」

(不確かな可愛さで悪かったね!!っていうか、ほんとに筒抜けじゃん…)


「情報をまとめると、アンタはこの春に転校してきたばかりの生徒。そして、生徒会の紹介ページによると、今年度の役員の募集はまだ行われていない。つまり、“生徒会役員”っていうのは——フェイクだ」

「うっ……!」

「では、何のために——」

「駄目だって大夜!推理は僕の仕事なんだから!」

密葉が慌てて割り込む。


「こほん。では何のために、そんな詐称を行ったのか」

そのとき、くまのぬいぐるみ——亜衣が、ぼそっと呟いた。

「……登校……差し金……」


「そう!」と密葉が得意げに続ける。

「僕たちに登校を促すための、教師の差し金だ。優等生ちゃんが、教師の依頼とはいえ、身分を偽って詐称するって、どうなのかな?」

「…う」

言葉が出なかった。

(たしかに、生徒会のフリをしたのは私だけど……こんな形で追い詰められるなんて……)



「そして、もう1つの弱みは…。大夜くん、例のものを」

探偵が助手に指示するように密葉が促す。

「はいはい、じゃ、もう一つの爆弾な。これはアンタがこれまで通りの学校生活を送れなくなるやつだ。ねぇ、——“女神”さん?」

「な……!」


耳を疑った。一乃の心臓の鼓動は爆音になっていた。そのワードは、出会ってから間もない引きこもり生徒の口から出てくるはずがないのだ。

(嘘……なんで……!?)



「大人気乙女ゲーム『セント・フレア学園恋愛譚』、通称『セントレ」。『神代燃え』先生を始めとした神絵師によって描かれる、数々の二次元イケメンたちと恋愛を楽しめる恋愛シミュレーションゲーム…」

「な、なにそれ……? へえ……そういうゲームもあるんだねぇ」


「ゲーム内ではユーザーのランキングがあって、親密度やアバターの作り込み、イベント達成率など総合評価で競われる。その総合ランキングで不動の一位、ユーザーネーム“女神”————これは、アンタのことだよね?」

「やめてえぇぇーーーーーーー!!」


「SNSで『#セントレ 女神』を検索すると、『イベント回収100%の変態女神』『プロフィールからオタク感が滲み出てて気持ち悪くて好き』『リアルで出会ったら拝む』などの称賛のコメントに溢れ……」

「SNSで評判を調べないでえぇぇーーーー!!」


「では、女神が自分だと認めるのだね?」

密葉がにやりと笑う。



(なんで……なんで……)

秘密だった。美十にしか打ち明けていなかった、数年間隠し通してきた趣味。それを、この短時間で暴かれた。

「……どうして、わかったの?」

すると密葉は、探偵小説のワンシーンのように、すっと人差し指を立てた。



「簡単な推理だよ」

語り口が変わる。それまでの能天気な雰囲気は引っ込み、目に真剣な光を帯びていた。


「今朝、君と偶然出会ったときのこと。地味で目立たない服装、手には大きなコンビニの袋、背中には女子高生らしくない耐衝撃性能のリュック。まず気になったのは、その袋にプリントされていた店舗名。ここから徒歩で10分以上はかかる、学園とも逆方向にあるコンビニのものだった。そもそもこの寮には売店もあるのに、なぜよりによってそんな遠くの店へ?中身も注目ポイントさ。見た感じは市販のお菓子だが、一人で食べる量じゃない。しかも、同じ種類を何点も」

一乃は無言で固まる。

(なんでそんなに?…私が寮母さんに気をとられていた、あのとき?観察されてた…?)

好奇心に溢れたニヤリとした笑み。密葉は続ける。


「普通に考えれば友だちとのお菓子パーティか何か、って推測するところだろうけど……」

密葉はそこで意味ありげに小首をかしげた。

「でも、君ってそんな子じゃないでしょ?賢に頼んで、君の“プロファイル”を送ってもらった。君はそつなく周囲と合わせるけれど、本音を明かせる友だちは少ない。転校して間もない今、誰かとお菓子パーティって性格じゃなさそうだ。

「……!」

(当たってる……)

実際、美十以外に本音の話をできる相手はいない。転校してきてから、クラスメイトとも表面的な会話しかしてないし、部屋に人を招くなんて考えたこともなかった。


「それに、努力家。人目を気にするタイプ。実際に好成績も叩き出している。でも、帝栄の試験の難易度は甘くない。周りが期末テスト対策をしている雰囲気の中なら、今度のテストでも好成績を出すために友だちと遊ぶより勉強を優先しそうだよね」

まさにそうだ。さっき美十からの遊びの誘いを断ったばかり。

(それにしても……なんでそこまで。なんで、そんな私の“中身”まで知ってるの……?)


「さらに、君はかなりまじめで忠実。帝栄の校則、覚えてる?『休日の外出時も制服着用が原則』。それを破って私服で外出。つまり、誰にも帝栄の生徒だと悟られないように外出したかった」


密葉は手を顎に添えた。

「要点をまとめよう。真面目な性格の持ち主が、帝栄の生徒として目立たずに、朝の早い時間に、特定のコンビニで、通常1人では食べ切れないほどの同じ種類のお菓子を買う必要性があった。ここで、仮説が2つ立てられる。1つ目は——摂食障害。過食症や拒食症だね。真面目で抑圧的な性格の女性に比較的多い傾向があって、ストレスを一気に食にぶつけてしまうパターン。でも…」

密葉は一乃をちらりと見て、続けた。


「まず、君は外見的に極端に太ったり痩せたりしているわけじゃない。BMIもおそらく標準でしょ。肌ツヤも悪くないし、眼の下のくまや手の甲の腫れなんかも見られない。過食や嘔吐を繰り返している人に特有の兆候は、君には見当たらないよ。だから僕は2つ目の仮説が濃厚だと直観した」


密葉の目が鋭く光る。

「2つ目の仮説とは、——景品狙い。つまり、お菓子の中身ではなく、“購入によって得られる何か”が目的だったというわけ。例えば、コンビニキャンペーン……実際に調べてみたら、ちょうど『セントレ』という乙女ゲームのグッズキャンペーンをやっている。対象商品は、まさに君が大量に買い込んでいたあのお菓子たち」

一乃は唇を噛んだ。


「それで、あのリュックだ。中の何かを衝撃から守るため。十中八九グッズだろうね。限定品の宝物。朝の早い時間だったのは品切れを恐れたからだ。人気のゲームのグッズだからね。買い込んだお菓子の量からして、コンプリート狙い、もしくはランダム封入で推しが出るまで粘る必要があったのかな?」


「……っ!」

「こんなことをするのは、セントレのガチ勢しかいない。…とまぁ!こんな感じかな~~」

密葉は、無慈悲にニヤリと笑った。



「す、すごい……」

一乃は、つい口にしていた。

(ただの探偵コスプレの人って思ってたけど、本物だ)



「でも、その推理だと、私がその…。ゲーム…をやっていることはわかっても、私=その…」

一乃は口元を押さえながら、視線を落とした。密葉が意地悪そうに笑う。


「女神?って結びつけることはできないよね……どうしてかって?」

「そ、そう。それになんで私の性格までそんなに詳しくわかるの?親友じゃないと知らないようなことまで……これも知野さんの推理なの…?」

「まさか、僕は行動を推理できても心の中までは読めないよ」


続いて、大夜の声がタブレットから響く。

「アンタがされたのは、言動や外見、学校での評判、SNS上での発言やプロフィールからの心理学的分析。……賢の分野だ」

「不死原……くんの……?」



その瞬間、背後でドアが静かに開く。黒のシルエットが部屋に足を踏み入れる。


「——全員、揃ったね」

その声は低く、けれども確実にその場の空気を変えた。


「直接顔を合わせるのは、……5ヶ月ぶりかな。自宅部諸君」

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