第7話 カフェでの再起動

朝の出来事を思い返しながら、一乃いちのは寮のカフェスペースへと足を運んだ。窓から春の柔らかな光が差し込んでいた。


寮1階にあるこの空間は、カフェテリアであり、生徒の交流スペースであり、学習スペースとしても活用されている。一人席も多く設置され、期末試験に向けて勉強する生徒の姿もちらほら。


「……え、不登校部の自室訪問?あんた、何やってんの?」

カフェラテを片手に座るクールな女子生徒が、眉ひとつ動かさずそう言った。

一乃はスプーンでプリンをいじりながら、ため息をひとつ。


「うん、まさにそれ。タナトスに頼まれてさ、気づいたら自宅部の自室訪問係にされてた…」

「また引き受けたんだ?」

「……う」

返す言葉もなく、俯いた。この冷静なツッコミを入れてくるのが、柏木美十かしわぎみと。一乃にとって、唯一素の自分でいられる親友だ。


中学校は一緒だったが、高校から別々だった。今年の春から転校する事情ができたときに、あえて難関校の帝栄を転校先として選んだのは、他でもない美十がこの学校にいたからだった。眼鏡をかけ、黒髪のセミロング。見た目はごく普通の優等生タイプ。けれど中身はオタク。


そして、一乃にとっての唯一の“避難所”でもある。


「一乃は昔から頼まれると断れないよね。人に合わせすぎっていうか。そういえば、セントレ布教したときも、ちゃんとプレイしてくれて、今じゃ私より沼ってるし」

「……ち、違うし!そんなこと……!」


例の女子向け恋愛シミュレーションゲーム、『セント・フレア学園恋愛譚』。その面白さに一乃が気づいたのは、他ならぬ美十に勧められたからだった。

美十は、優等生っぽい外見ながら中身はバリバリのゲーマー。RPGからFPSまで幅広くプレイし、さらに自作ゲームも制作するという筋金入り。

そんな彼女の『面白いよ』の一言が、一乃を深すぎる沼へ突き落としたのだった。


「いや、まぁ、昨日も疲れてて……癒やされて……」

一乃は思わず声をひそめ、周囲を確認した。耳をそばだてる生徒がいないかを確認してから、急に早口になる。


「昨日さ、帰ってからも頭ぐるぐるしちゃって、でも寝る前に恭弥きょうやくんのルート入ってさ?序盤の冷たさと中盤の包容力のギャップに心掴まれて、私すっごい泣いたんだよね、あの『取り締まり対象』ってセリフほんと好きで、しかも——」

「はいストップ。早口になってる。あと、テーブルの向こうの先輩、こっちチラ見してる」

「……っ!ご、ごめん……!」

一乃は慌てて口元を押さえ、肩をすぼめる。


「オタバレ避け続けるのも大変だね。一乃はその辺器用にやると思うけど。ま、大丈夫。私の前では素でいていいよ」

そう言って、美十はカフェラテを一口。


「ちなみに、前の人気投票だと凛臣りんしんが一番人気だったけどね。

「いや、凛臣はわかるけどさ、あの人どこまでも真っ直ぐで、逆に苦しいときある……!リアルにいたら怖い…」

「リアルにいたらかぁ。帝栄で言うと…やっぱり御影くんかな、王子枠としては」

2年1組、御影司みかげつかさ。成績優秀でスポーツ万能、王子のようなルックスを持ち、人望もある完璧人間だ。


「確かに!御影くんかぁ。あの完璧感はそれっぽいかも……って、セントレの話してる場合じゃなかった」

一乃はノートを取り出し、昨日の記録を確認する。



《自宅部メンバー訪問メモ》

・高杯 亜衣:2年1組。超人見知り。部員すら姿を見たことがない?

・不死原 賢:2年2組。心理学に精通?

・金崎 大夜:2年6組。テクノロジーオタク。皮肉・嫌味多め。学校嫌い?

・知野 密葉:2年3組。興味のある話題には食いつくが、話が通じにくい?



「何それ?」

「…自宅部のメンバーのメモ」

「ちゃんとやってる…」

「しょうがないじゃん。タナトスに頼まれたし…」


一乃は口をとがらせ、プリンを崩しながらぼそりと続ける。

「でも結局、昨日は金崎くんの部屋だけで疲れて、自室に引きこもっちゃったんだよね。

知野さんのところ行こうかと思ったけど、『話が通じない』って聞いて、もう無理……」

「その金崎大夜って、どんな人?私、顔見たことあるかな」

「多分ないよ。寮でも誰も見たことないって。でも、テクノロジーは本当にすごかった。プログラミングで作ってるらしくて、授業の録画と編集して分析までして…。勉強はできそうなんだよねぇ…」


「勉強はできそう…か。実際どうなんだろうね?」

「どうって知らないの?」

「だって不登校ってことは、定期テスト受けてないでしょ?もし受けたらどうなのかな?さすがに一乃より賢いってことないだろうけど。2位だったんでしょ?」


「…いや、別に今回はたまたまだし」

成績の話題が出て、誇らしくなりながらも謙遜する。


「そんなことない。一乃は中学の頃から賢かったし、何より努力家だから」

「えへへ。ありがと。美十好き。……でも、金崎くんの性格は最悪。皮肉っぽいし、嫌味多いし、いちいち『Efficient』とか英語で喋ってきてウザいし……それで勉強できても逆に腹立つっていうか……!」

「ほぉー。……気になるんだ?」

「……は!?な、なんで!?気になってないし!」

「ツンデレ男子攻略中?」


「してないし!!…そもそも、この学校って変な人多いのかな。今朝も個性的な人がいてさー。探偵みたいな格好で寮母さんに怒られてたんだよね」

「どういう状況よ、それ」

「すごく明るい人だったけど、別の学年の人かな?あんな人、初めて見たかも」

「不登校部の人だったりしてね」

「それはないよ。めっちゃ明るい人だったし…。工作部のところ行くって言ってたし」

「ふーん」

美十が肩をすくめたそのとき、向かいの席の女子たちの会話がふと耳に入った。



「ねえ、昨日さ、御影くんのところに会長推薦の話が来てたらしいよ」

「え!?あの帝栄の王子が!?まだ直接話したことないんだよね~」

「御影くんって寮にいないからね。親御さんの意向で家から通ってるみたいだし。寮で会って話したかったなぁ」

女子たちがキャッキャと会話している。



「ほら、噂をすれば御影くんの話題だ。やっぱり生徒会長立候補するのかな?」

背後の女子トークに美十が反応する。

「立候補したら女子はみんな投票しそうだね」

「御影くんの容姿と成績で生徒会長まで務めたら、鬼に金棒どころか、“神にマシンガン”ぐらいよ」

「…成績一位だもんね。でも、帝栄の生徒会長ってそんなすごいの?前いた高校じゃ、生徒会は優秀でまじめな子が入るけど、特に憧れの的って感じでもなかったけど」

一乃はプリンをつまみながら、本音をつぶやいた。


「その辺、学校によるよね。帝栄の生徒会はどうかって言うと、“影響力絶大”」

美十が真剣な顔で断言した。この春から帝栄に通う一乃はまだピンときていないが、美十が言うなら間違いないのだろう。


「特に最近の生徒会は人気高いよ。生徒を巻き込んで関心を集めるのが得意っていうか。“生徒が喜びそうな提案を、教師の機嫌を損ねない範囲で実現する”——っていうのが、現生徒会の得意技」

美十がそう言って、店内をぐるりと見渡す。


「このカフェだって、生徒の『リラックススペースが欲しい』っていう無茶ぶりを、今の会長たちが予算捻出して作らせたんだよ。規則上は学習補助スペース扱いだけどね。抜け道作るのが本当に上手い」

「……なるほど。確かに、敵に回すと手強そう」

「おかげでこうやって休みの日でもダラダラオタクトークできるわけですよ」

「べ、別に今はオタクトークじゃなかったじゃん!」


「ふふ。どう?この後、部屋来て遊ばない?一乃のオタク全開トークを全部受け止めてやるぜ?」

美十がイケメン…っぽい決め顔を作って誘う。決め顔はともかく、提案には正直惹かれたのだが…。


「ごめん!自宅部の訪問の準備をしないと…。期末試験も近くなってるし…」

「まじめだね~。まだ1ヶ月はあるじゃん。まぁ、いいよ。一人で新ゲーム開封するから。不登校部のお守りも頑張れ~」

「はぁ~。自宅部の件がなかったらなぁ、美十と遊ぶ余裕もあったんだけどなぁ…」


(もしかしてタナトス、自室訪問に土日かかるの見越して金曜に頼んできた?……あの人、策士では?)

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