第5話 金崎大夜のEfficientなライフスタイル
部屋の中は、——驚くほど整っていた。
余計な家具や装飾は一切ない。椅子すらなく、机は立ったまま作業ができるスタンディングタイプの机だった。机の上には3台のモニターとよくわからない機器。それぞれに配線がキレイにまとめられている。足元にはロボット掃除機が静かに床を這っていた。
“無駄を一切排除した部屋”という印象。ミニマリストというやつだろうか。
(……不登校でも、意外とちゃんと生活してる…のかな?)
一乃は自分の偏見を恥じた。
「座るとこないけど、手短に話すだけならいいよね」
大夜はそう言って、冷蔵庫を開けた。袋から直接吸うゼリー飲料だった。
「”朝ごはん”、まだだった…」
(朝……?今、夕方ですよね?)
そんなツッコミは、当然、心の中にとどめた。
ちなみに、帝栄の寮は自立した学習環境を推進しているらしく、すべての部屋に小型冷蔵庫など最低限の設備は標準装備されている。さすが名門校といった感じだ。
それにしてもこの部屋は殺風景だ。部屋には標準装備の一つである簡易クローゼットも見当たらず、制服はどこにもかかっていない。
「あ、お茶とかは出さないよ。ほとんど来客なんかないし、いちいち誰かのために用意するのは面倒。俺、客の好みとか知らないのに形式的にお茶出すのってEfficientじゃないと思ってるからね」
部屋を見回していると、大夜が面倒くさそうに言った。
「…あー、そうだよね。お構いなく…」
ひねくれている。というか、めちゃくちゃ喋る。
自分の怠慢を正当化するだけの合理化マシンである。
金崎がPCを起動させながら、ゼリー飲料を吸い始めたので、再び部屋を見回していると、突然机の上のよくわからない機器から無機質な女性っぽい音声が響いた。
『本日の優先タスクは9件。予定時間に対して現在3分遅延しています。次の行動を開始してください』
「あー、……邪魔が入ったから少し作業が遅れる。優先度低い作業、削除して調整」
大夜が慣れた様子で答える。
『承知しました。通知項目を再編成します』
(邪魔って……私のこと?)
いちいち口に出さない。いや、出せない。なんという無神経さ。
(てか、何?今の。AI?)
「作業しながらでいい?俺、ルーティンで動いてる人間だから。ペース崩れると調子狂うんだよね。アンタも、人と会うときは事前にアポ取るとか、常識的な行動を心がけた方がいいよ。その方が互いにEfficientだろ?」
「あ、すみません……」
(夕方に起きる、しかも不登校の人に“常識的な行動”って説教される日が来るとは……)
この人、
でも、芯が通ってるというか、自分の哲学がある。ちょっとだけ興味はある。
「えっと……じゃあ、簡単に。部活動の報告として、最近の活動内容を教えてほしくて」
「最近か。ああ、そうだ。賢に頼まれてた機器は今のところ問題なく動いてるみたいだな。教師からも特に文句は言われてない」
「賢……って、不死原賢くん?部長の」
「そ。賢の提案で、授業の録画と録音を行っている」
(あれか!私の席の隣でガッツリ動いてますよ!あなたも共犯か!)
教師が文句を言わなくても一乃が文句を言ってやりたいところだったが、もっと気になることがあった。
「録画と録音?ただリモート授業を受けているだけじゃないの?」
「授業動画共有システムだよ」
残りのゼリーをゴクッと飲み込んで大夜が言う。
「授業動画、共有…?」
大夜は手元のキーボードを軽く叩いた。
瞬間、中央のモニターがパッと切り替わり、教卓と黒板の映像が映し出される。まさに一乃の隣の席にあるカメラから撮影されたものだ。
「これは今日の3限の数学の授業。動画として編集して、重複箇所はカット。教師の発話は自動で文字起こし、黒板の内容はOCRで解析。テキストになったものは言語処理AIがトピックごとにタグ付けしてる。こうすれば動画でもテキストでも後で見直して、復習できる。ちなみに板書の間違いも検出できるようにしてる。ここ、見て。最初に書いた数式と、後半の式。整合性が取れてないことが示されている。ま、AIが分析する前に賢が指摘したけど」
モニターには、文字が並び、色分けされた線が数式の誤りを示していた。一乃は思わず見入ってしまう。これが、彼らの授業の受け方なのか。
「こうやって、授業を構造化して、必要な部分だけ抽出したり、再生速度を調整したりすれば、50分の内容を10分に圧縮して復習できる」
空になったゼリー飲料の袋をぐしゃっと潰しながら力説する。
「無駄がない。実にEfficientだ」
一乃は、つい口を開いた。
「……すごい。こういうの、私もやってみたいかも」
すると、それまで無表情だった大夜が、ほんのわずかに口角を緩めた。
「へえ。テクノロジーに興味あるんだ?近々生徒がアクセスできるようにするつもりだから、そのときは使い方を教えてあげるよ」
「自宅部じゃない生徒も使えるの?」
「その予定。生徒だけでなく教師同士で見返して授業の反省をするのもいい。生徒に間違いを指摘されるようじゃ、授業のクオリティが低すぎる」
「…あはは…」
「賢が関われば、授業の質のアップも期待できる。録画した授業の内容を心理学や脳科学の観点から批評していく予定だ」
(予定というより、すでに批評してたけどね…)
そう思いつつ、さっきまでより少しだけ空気が柔らかくなったことにホッとする。それにしても、これほどの知識と技術を持ち、名門高の授業に対してクオリティが低いと言い切る彼らは何者なのか。
「で?報告ってこんな感じでおっけ?」
「え?」
「え、って。アンタ、俺たちの監査に来たんでしょ?」
「え?あ、ああ!おっけーおっけー!ありがとね。ちなみに、えっと、お金とかは大丈夫なの?ほら、機器とか」
完全に自分で詐称した設定を忘れていた一乃。とっさにそれっぽい質問をする。
「ちゃんと部費でやりくりしてる。部費コインのシステムのおかげで、あれぐらいの設備を数台用意するぐらいはできるんだ。もういいかな?」
(部費コイン?)
引っかかるワードがあったが、ここで帰るわけにはいかない。
「待って、もう1つ」
一乃は本来の目的を思い出す。
「これだけの知識や技術があって、教育のことを考えているなら、どうして学校に来ないの?便利なものを作っている部活だって、他の生徒にも伝わると思う。もったいないよ」
登校を促すために都合がいいことを言っているわけではない。一乃の本心だった。
大夜や賢はかなりひねくれているようだけど、授業に関心を持っているし、勉強熱心だ。田中が“偏屈“と評した大夜も、こうして話してみると印象が変わる。面倒くさがりで無駄を嫌う性格だけど、効率のために努力できる人だ。
(みんな、自宅部のこと、印象だけで評価してるんじゃないかな?すごい人たちってわかってもらえるのに…)
そんな願いを込めた一乃の問いかけに対して、大夜はキョトンとした顔で返した。
「え?なんで?学校?行かないよ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔。
(なんで?って…なんで?なんでそんな驚くの?あなた学生でしょ?)
「まず、俺は極端に夜型の体質で学校の時間割が合わない。それに、学校で学ぶのはEfficientじゃない。ただ勉強するだけなのに、わざわざ制服着て、通学して、黒板の前に集まって、教師のまとまりのない話を頭から聞く。意味がわからない」
「それは…」
彼らにとってはその理屈はある意味では正しいのかもしれない。だけど……。
「でも、それだけ頭がいいなら、もっと多くの人に影響を与えられるかもしれない。登校して、直接何かを提案したり、他の生徒を助けたり、もっと人に認めてもらえるよ!」
その瞬間、大夜の雰囲気がわずかに変わった。
「興味ないな。俺は誰かに認めてもらうためにテクノロジーを極めたいんじゃない」
けだるさがすっと引き、代わりに、研ぎ澄まされた冷たさが滲む。夕日が差し込んできた部屋の中で、大夜の表情はよく見えなかった。だが、その沈黙は不気味なくらい静かだった。モニターの画面に映る数式は無機質に点滅している。
「…えっ…と…」
言葉の奥にある棘の鋭さに、一乃は口を閉じるしかなかった。大夜はすでに別のウィンドウを開いていた。
「活動調査の件、回答はこれぐらいでいいね。はい、タスク完了」
AIが反応し、次の通知を機械的に告げる。
「ごめん、私何か…」
「というか」
一乃の声を遮り、心底ダルそうに続ける。
「男の部屋への訪問を女子生徒1人に任せるって、今の生徒会はどうなってるの?それともあんたの独断?気の弱そうな男子生徒だったら襲ってやろうと思ってたの?」
「っ!!は、はぁっ!?な、なにそれ!!」
顔が一気に熱くなる。それまで張り詰めていた空気が一瞬で砕け散る。
顔を真っ赤にして、肩をぷるぷると震わせながら詰め寄る。
それでも大夜は平然と、ゼリーの空袋をゴミ箱に放り投げただけだった。
「もういいです!こんな失礼な人と話してられません!あと、効率効率って言いながら、人の神経を逆撫でして敵作るのはEfficientじゃないと思いますから!」
くるりと背を向け、ドアに向かって歩き出す。ぷりぷりと怒りながらドアノブに手をかけたそのとき。
「あんた、他のメンバーにも会うつもりなの?」
「……そうですけどっ!」
ややムキになって振り返ると、大夜は相変わらずけだるげな声で言った。
「それは……ご愁傷様。先に言っとく。高杯には会えない。極度の人見知りで、俺たちの前にも姿を見せないから。
一乃は思わず眉をひそめる。
「……じゃあ、部長の不死原くんには?」
「……ああ、賢は“分析”が済まないと会えない。アンタ、もう『プロファイル』済んでる?」
「プロファイル……?何?」
「じゃ、ムリだね。はい、以上。ドアはちゃんと閉めて帰って」
分析?プロファイル?一体どういう意味?
(……やっぱりこの部、異様すぎる)
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