第4話 自室訪問
帝栄学園の学生寮である『
部活動を熱心にこなす帝栄の生徒たちの大半はまだ帰宅せず、少数の帰宅部の生徒がちらほらといるだけだ。
廊下に響くのは部屋からわずかに漏れるテレビの音だけ。
いつもなら課題に取り組む時間。一乃は廊下に立ち尽くし、スマホで撮った自宅部の名簿を眺めてため息をついていた。
タナトス——田中学年主任から送られた自宅部の名簿。
不死原 賢(部長)
金崎 大夜
高杯 愛
知野 密葉
自宅部——通称『不登校部』。
「……まさか、自室訪問することになるなんて…」
これは担任の教師やスクールカウンセラーの業務ではないだろうか。だが、引き受けてしまったものはしょうがない。
「とりあえず、“部活動調査”ってことにして……だったよね」
タナトス直伝の対処法を思い出す。生徒会役員を名乗って、部活動調査だと伝えれば、対応してくれる可能性が高い。先ほど生徒指導室でそう教わったのだ。
『君さ、生徒会の役員ってことでいいよ。ハッタリで通じるから!質問項目?ないよ。即興でOK☆』
(どこまで適当なんだ……)
今日1日で田中のイメージはガラッと変わってしまった。名門学校の厳格な学年主任という権威の皮を被ったハッタリスト。
まずは自室から近い部屋——
一乃の部屋と同じフロアの奥。扉の前に立ち、インターフォンを押す。その間に、スマホで名簿を開き、読み方を確認。
(“たかつき あい”……でいいんだよね?)
気配はあるのだが反応がない。小さくノック。
「……あの、こんにちは。え、えっと、生徒会役員の束原一乃です。部活動調査のために、少しだけお時間をいただけますか?」
——しばらくの沈黙の後、扉越しに聞こえる、やたらとこもった声。
「……学校なら、…行きません」
「えっと、学校ではなくてですね…」
実際には登校を促すのが目的だが、まずはコミュニケーションだ。
「部活動調査のためで…」
一乃は嘘を重ねる。
「対応は……リーダーが、してます……」
(声が……すごくこもってる。毛布にでもくるまってるのかな…?)
それ以上のやりとりはなく、扉は一切開く気配がない。
「そ、そうですか……では、また改めて……」
1人目、顔すら見ることができず撃沈。
次に向かったのは、名簿で『部長』と書かれていた不死原賢の部屋。
この名前には馴染みがある。授業で、マイク越しに教師を論破していた“黒い声”の主。同じクラスという共通点はあるのだが、一乃は一度も彼の姿を教室で見たことがない。
しかし、唯一名前や人柄を知っている人物である。
(……今日の数学の授業でも、質問の切り口は論理的だったし、考え方にも納得できるところがあった)
勉強が好きという共通点があれば、通じ合えるかもしれない。自宅部の中では、一番話が通じそうな存在。
インターフォンを押すが、何の応答もない。気配もまるでない。無音。
(……これが自宅部の長の部屋……)
その不穏さに背筋がぞわりとしたが、立ち尽くしていても始まらない。
2人目、不登校なのに部屋にいなくて撃沈。
覚悟を決めて、次の名前へ——
「……かねさき だいやくん…、別クラスの人だ」
タナトス曰く、『頭は切れるが偏屈』。しかし、教師が人柄を知っているということは不登校であるものの、不死原と同じくコミュニケーションは成立するということだ。きっとそうだ。
覚悟を決め、扉の前に立ち、インターフォンを押す。
少しの間の後、低く乾いた声が部屋の中から返る。
「……何だ、こんな時間に…」
眠そうな声。気だるさがにじむ。
(え?……今夕方なんだけど…。そんな非常識な時間だったかな…)
不審に思っていると扉がゆっくりと開いた。
ぼさぼさの黒髪に、洗いざらしのTシャツ。首元が少し伸びている。覇気のない目は、完全に、——寝起きだった。
「えっ…、と…。こんにちは。生徒会役員の束原一乃です。部活動調査で、簡単な質問に回答してもらいたいんだけど…」
気を取り直し、本日二度目になる身分の詐称を行うと、大夜は面倒そうに返答する。
「生徒会役員?……見ない顔だけど?」
(いや、”見ない顔”はこっちのセリフだけど!)
同じ学年なのに一切顔を見たことがない大夜に対して、そう言い返しそうになって、飲み込む。
「初めましてだね。どうぞよろしく。ところでちょっとお話聞きたいんだけど…」
「部活動調査だっけ?悪いけど今忙しいから…」
「あ!でも、ちゃんと調査に応じてくれないと、部の継続許可が下りないこともあるんだけど…」
これはタナトス直伝の”必殺ワード”である。自宅部のメンバーは部の存続は大事にしているらしく、これまでも最低限の対応はしてくれたらしい。
「…あー、はいはい。賢も対応しないだろうし、早めに終わらせたほうが
(よし!)
その言葉に思わず息を飲んだ。生徒会のフリをした甲斐があったというものだ。
いよいよ、自宅部のメンバーの部屋——その中へ、私は足を踏み入れる。
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