第2話 オタクトークの甘い誘惑
「学校は慣れてきた?」
「うーん、どうかな…」
昼食時間。クラスメイトの
「まぁ、だよね。この春転校してきたばかりなのに、学年一の変人の隣の席だもん。可哀想に」
里奈は優しくて明るくて人気者。薄っすらとメイクをして、制服の着こなしも校則ギリギリを攻めたイケてる女子だ。
「あはは…。まあね。にしても、リモート授業って珍しいよね。なんとか部って聞こえたけど…学校は許可してるの?」
「違う違う、ただの不登校よ」
「不登校…」
「まぁ許可してるっていうより、黙認かな。関わると変なことに巻き込まれるし…。不登校部とかマジで無理~」
「すごく頭はよさそうだけどね」
「そう?私はどうなのって思うけどな。確かに言うことは説得力あるし、クラスの半分ぐらいは面白がって、『フジワラもっとやれ!』みたいな空気出してるけどさ。結局ただの不登校だよ」
里奈の言うことは最もだ。能力があっても社会に参加できなければ、周りに認めてもらうことはできないのだから、もったいない話だ。
「ってかさ、一乃もかなり成績いいんでしょ?ここ一応名門だし、編入試験は入学試験より難易度高いって聞いたよ?それ受かるってヤバ」
「いや、そんなことないよ~」
謙遜しながらも心の中ではにんまり。転校してから受けたのは一学期の中間試験だけだが、かなりいい成績を叩き出している。
「またまた。この前の小テストも再試来てなかったし、優等生じゃん。えらいよねー。てか、古文の小テストで一問でも間違ってたら放課後に再試とか厳しすぎじゃない?タナトスさぁ」
「…たなとす?」
「ああ、ごめん。学年主任の
「た、タナトス…」
『タナトス』というと、ギリシャ神話では死を擬人化した神である。生徒が教師を死神扱いするのはどうかと思うが、こうした生徒間の呼び名は積極的に使うと仲間意識が生まれるというものだ。
「期末のテストも近いからヤバいわー。特に数学がヤバい。授業マジで眠くて…」
里奈が言いながら、パンにかじりつく。私も2つ目のおにぎりのフィルムを剥がしながら、でも耳は近くにいたオタク女子のグループの会話に引っ張られる。
「4章の進めた?」
「やった。最高だった。恭弥がもう最高すぎん!?」
「語彙力な!でもそう、最高なの!」
「やっぱツンデレ最強だよね!推しのデレ顔、マジ尊い」
(ツンデレ…ふっ)
安直、実に安直。聞こえた単語からして、オタク女子グループが話しているのは、人気スマホゲーム『セント・フレア学園恋愛譚(こいれんたん)』、通称『セントレ』だ。エリート学校を舞台に、ヒロインの女子高生がエリート男子たちを攻略する恋愛シミュレーションゲーム。攻略対象は個性派揃いの生徒たち。1人につきルートが3通りというボリューム。
オタク女子たちが「ツンデレ」と評したのは、学園の風紀委員長であり、超絶美形、口調が冷酷な完璧主義者の眼鏡男子『神楽院恭弥(かぐらいんきょうや)』のことだろう。序盤は辛辣な毒舌を浴びせてくるが、ルート中盤からヒロインへの不器用な優しさを見せてくる。必殺セリフは『君の存在は、俺の秩序を乱す。取り締まり対象だが……処分できない』だ。
よりによって、一乃の最推しである。ツンとデレの落差がエモい?そんな表現では語りきれない。最初は主人公を露骨に毛嫌いしていたけど、四章で見せたたった一言のデレ。それだけで、神楽院恭弥というキャラクターのそれまでのストーリーが再構築されるような感覚。
あれはツンデレなんかじゃない。ツンツンツン、超デレ。…いや、違う。もっとこう、精神的ギャップの演出が——。
「ねぇ、一乃?聞いてる?」
はっと我に返る。里奈がこちらを覗き込んでいた。
しまった、またやってしまった。
「あっちの話分かるの?」
里奈がオタク女子たちの方向をちらりと見る。一瞬だけ、眉を寄せた気がした。
「え?ま、まさか!ゲームとかキャラとかよく分からないし…」
苦笑いでごまかす。でも胸の中はちくりと痛い。
「だよね。美術部の子たちだし、関わりないもんねー。そう言えば一乃は部活入らないの?好きなこととかない?」
「好きなことか…。うーん、あんまりない…かな。もうちょっと学校に慣れるまでは部活はいいや…」
「ふーん、そっか~」
語り出したら引かれるだけだ。オタクなんて、バレたら終わり。波風、立てないように。私の中のオタクは、黙っていてくれ。
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