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文化祭は盛況で幕を閉じた。本当に完成するのか……となんだかんだ不安だった垂れ幕も無事に完成して、あまつさえ私たちのクラスは文化祭の総合成績第一位に輝いた。
どうせならこれ中心に写真撮ろう――と、校舎前の芝生に敷いた垂れ幕をクラス全員で囲んだところを、校舎から見下ろすアングルで記念撮影がなされた。
私は写真が苦手なので、端っこにひっそりと収まるつもりだったのだけど、そこを「里英ちゃん」と手を引いてくる存在がいた。もちろん、菜由である。
菜由に横からハグされるような形で写真に収まった自分を見て、私はどんな感情を護り、または捨ててよいのかが分からなくなった。写真に写る菜由はいつものように満面の笑みだ。反面、私は半身に感じる菜由の鼓動や熱にどう自分を落ち着けたらいいか分からず、むず痒そうな表情をした瞬間にシャッターが切られていた。
菜由との関係は文化祭で終わることもなく、その後も永遠に終わりそうもない連続ドラマの如く続いていた。学校から一緒に帰る回数も増えて、私も徐々にそんな日々に慣れてきた頃――。
「そういえばさあ、里英」
いつの間にか、菜由が私を呼ぶ時の〝ちゃん〟付けがなくなっていたことに気づく。そのことにすら思い至らないほど、私は彼女が傍にいることを「特別」と思わなくなっていたらしい。
「なに」
「今日の昼休み、F組の
「ふうん」
「何かと思ったら〝付き合ってください〟って」
菜由は大した事じゃないみたいに言ったけれど、私は内心で戦慄していた。
とうとう来てしまった……というか、菜由はこれまでも何度か男子から告白を受けていたらしいから、彼女にとってはその生涯カウントがひとつ上がったに過ぎない。
それは分かっているのに。
私はどうして、こんなに腹が立っているのだろう。
「それで?」と続きを促した私の声には、明らかに棘々しさが混ざり込んでいた。何も知らない子どもでさえ、呑み込むのを躊躇うほどに。そのことに気づいているのかいないのか、菜由の声は相変わらずよく跳ねるゴム毬みたいに元気だった。
「これ、断っちゃってもいいかなあ。里英はどう思う?」
「なんで私に訊くのよ、そんなこと」
「え、どしたん里英。なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「そう言う人って大抵怒ってるし、今の里英は明らかに怒ってるよね」
分かってるなら訊かなきゃいいのに、菜由は燃え盛る炎にガソリンをどんどん注いでいることに気づいていないのだろうか。
否。
分かってて訊いているのだとすれば、彼女は相当な知能犯では――。
尚更腹が立つ。力任せに切り出した私の声は、ひんやりと冷えていた。
「菜由が誰と付き合おうが、私には関係ないし」
「ふーん。じゃあ、もうひとつ訊いてもいいかな」
私の声を冷たいとも温かいとも感じていない様子で、菜由は言う。今度はどんな突拍子もない罪の告白を以て、私の心を燃やすつもりなのか。
「なに」
「里英が怒ってることと、たった今、あたしを初めて〝菜由〟って呼んだことには関係があるのかな?」
ニヤニヤと笑う菜由を見ていたら、自分の顔が急に火照りだす感覚が伝わってきた。まったくの無自覚の中、私は彼女を呼び捨てにしてしまっていたらしい。
私は「知らない」と吐き捨てるように言うと、菜由を置いて走り出した。
菜由は追いかけてこない。この次の交差点で私は左折、菜由は直進。私はもうそんなことまで知っているのに、未だ菜由の足音が聞こえてこない。そのことにも腹が立った。
なんで、追いかけてきてくれないの――?
やり場のない気持ちに名前をつけられないまま、私は交差点を左に折れた。
★
数日後のこと。昼休みに進路指導室へ寄って教室へ帰る途中、私は生徒ホールの片隅にいる菜由を見つけた。それだけなら、別に何も気に留めることなんかなかった。
ただ、どうしても私がその光景に目を引かれたのは、菜由がまた他のクラスの子とじゃれあっていたせいだった。相手はかつて、廊下で今と同じように菜由に腕を絡ませながら擦り寄っていたのと同じ、あの子。
もしかすると、あの子は、菜由に気があるのかもしれない。それも、ただの友達に対するもの以上の温度で。私にはできないことを平気な顔で、笑みさえ浮かべながらやってのける、名前も知らないあの子。
満更でもない顔をしながら「やーめーろーやー!」とケラケラ笑う菜由。窓からこぼれる日差しを、彼女の髪がきらきらと反射している。そのせいなのか、あるいは自分じゃない子が菜由と仲良くしているところを見たせいなのかは分からないけれど、とにかく私の目は針を刺されたみたいに、チクチクと痛んでいる。
それ以上は見ていられなくて、早足でその場を通り過ぎた。
里英、と後ろから呼ばれたような気がしたけれど、私は振り向かないで聞こえないふりをする。
……本当は違う。
これがただの空耳だったら恥ずかしくて、そして、悲しくて立ち直れそうになかったから。
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