逆説の親友
国境を越えた先にある、隣国軍の前線基地。
湿ったコンクリートの尋問室で、クズミはパイプ椅子に縛り付けられていた。
顔は殴打され腫れ上がり、唇の端からは血が滴っている。だが、その瞳だけは、目の前に座る敵国の将軍を射抜くように見据えていた。
「……もう一度聞く。貴様は『Q-Nect』の開発者の一人だと言ったな」
将軍が、卓上の拳銃を指で弾きながら問う。
「なぜ祖国を裏切る? 我が軍に寝返って、命を助けてもらおうとでも言うのか?」
「寝返る? 勘違いするな」
クズミは血混じりの唾を床に吐き捨てた。
「俺は、俺の国を愛しているよ。あの雨の降る街も、そこで暮らす貧しい連中もな。……だからこそ、今の『あれ』を止めなきゃならないんだ」
クズミは顎で壁の地図をしゃくった。そこには、我が軍の「レギオン」によって塗り替えられつつある戦線が赤く示されていた。
「あれは軍隊じゃない。暴走した癌細胞だ。痛みを感じず、恐怖を知らず、ただ命令通りに増殖するだけのシステムだ。……あんたたちも気づいているだろう? 撃っても倒れない兵士たちの『カラクリ』に」
将軍の眉がピクリと動いた。
「……不死身の兵士。我々の銃弾は確かに命中しているはずなのに、奴らは痛みを感じていない。まるでゾンビだ」
「ゾンビじゃない。痛みは『転送』されているんだ」
クズミは静かに告げた。
「奴らが撃たれるたびに、銃後の収容所で、罪のない人間が身代わりになってのた打ち回っている。……俺の仲間や、小さな子供までもがだ」
将軍は息を呑んだ。歴戦の軍人である彼でさえ、そのシステムの悪辣さには言葉を失ったようだ。
「俺がここに来たのは、国を売るためじゃない。国が『人間』であることを取り戻すためだ。……たとえそれが、祖国の敗北を意味するとしてもな」
これが、親友の逆説(パラドックス)だった。
国を救うためには、その国が誇る最強の武器を破壊し、敗戦させなければならない。
友人を殺人者(モンスター)にしないためには、友人の作り上げた最高傑作を、この手で葬り去らなければならない。
「……いいだろう。貴様が持ってきた情報とはなんだ?」
将軍が身を乗り出す。
「レギオンの弱点だ」
クズミは懐に入っていたデータチップ――彼がスラムで命がけで収集したデータ――を目線で示した。
「奴らの強さは『結晶化』による完璧な同期にある。個人の意識を消し、全体を一つの硬い塊にすることで、迷いと恐怖を遮断している。……だが、硬いものほど、特定の周波数には脆い」
「周波数?」
「共振(レゾナンス)だよ。クリスタルグラスが、オペラ歌手の声で砕け散るのを見たことがあるか?」
クズミはニヤリと笑った。腫れ上がった顔で浮かべるその笑みは、どこか痛々しく、しかし確信に満ちていた。
「レギオンの兵士たちは、痛覚を遮断されているが、その信号を受信している『受け手(バッテリー)』とは常時接続されている。この回線は一方通行だと思われているが、実は双方向の量子トンネルだ」
「つまり……逆流させると?」
「ああ。このチップには、収容所で死んでいった俺の仲間たちの『断末魔のクオリア』が記録されている。ブリーチされていない、生々しい痛みと絶望の叫びだ。……これを、軍事放送用のハイパワーアンテナを使って、レギオンの共有ネットワークにぶち込む」
クズミは言葉を継ぐ。
「奴らの脳は『痛みなどない』という前提で結晶化している。そこに、『自分たちが切り捨てたはずの激痛』が、外部からではなく、自分たちの内部(ネットワーク)から逆流したらどうなるか?」
「……内部崩壊か」
「自己矛盾(パラドックス)による同期不全(シンクロ・クラッシュ)だ。兵士の脳は『自分が他人を傷つけ、その痛みを自分が感じている』という無限ループに陥り、自我が崩壊する」
将軍は長い沈黙の後、データチップを手に取った。
「……残酷な策だ。敵兵全員を廃人にするつもりか」
「あいつらが『部品』になるよりはマシだ。……それに」
クズミは小さく呟いた。
「俺の親友(あいつ)を止めるには、これしかないんだ」
雨音が強くなり、尋問室の屋根を叩く。
クズミは目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、学生時代のあいつの顔だ。「理解し合える世界」を夢見ていた、純粋な笑顔。
その夢を守るために、俺はあいつの夢を壊す。
『有機交流電燈のフィラメントは、もう焼き切れたか?』
先ほど送信したメッセージは、あいつに届いただろうか。
これは宣戦布告であり、別れの言葉であり、そしてどうしようもないほどの愛だった。
「準備にかかれ!」
将軍が部下たちに怒鳴った。
「全周波数を空けろ! 『鎮魂歌(レクイエム)』の放送準備だ!」
クズミは天井を見上げた。
もうすぐ、世界で一番悲しい音が、戦場に響き渡る。
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