第2章 幽霊退治クエスト編

第8話 姫騎士様登場

 ニコくんの帰りを待ちながら、私は自分の両手をじっと見つめる。


 この部屋に戻ったことで、バラバラに吹き飛んだはずの身体も服も、傷ひとつなく治っている。

 地縛霊の私にとって、ここはダメージをリセットできるセーブポイントみたいな場所なのだろう。


 でもこの部屋から自由に出られないのは不便だな。

 とはいうものの、外でニコくんとずっと手をつないでるのは恥ずかしいし……というか、私さっき抱きしめられたよね!?


 はわわ……思い出したらめっちゃ気まずいんですけどぉ!?


「ああああああっっ!!」


 ちょっとニヤけた顔を両手で覆ったまま、床をゴロゴロと転げまわる。


「……何をしてるの?」


「わぁ、ご、ごめんなさいニコくん!」


 突然の声に驚いて、慌てて飛び起きて白衣を整える。

 でも入り口に立つ声の主はニコくんじゃなく、私より少し背の高い女の子。

 艶のある蜂蜜色の長髪をポニーテールに束ね、切れ長の金眼でこちらを見据えたまま腰の剣に手を添えている。


 ニコくんやダルと同じような服装なので、この魔法学院の生徒のようだ。


「あなた何者なの? ニコに何の用?」


 彼女の落ち着いた言葉と堂々とした立ち居振る舞いは、如何にもスクールカースト上位にいそうな感じ。

 うん、間違いなく私の苦手なタイプだ。


「あ、あの、私、ニコくんの、使い魔、です」


 カースト底辺だった昔みたいにしどろもどろになって答える。ちゃんと敬語で。


「はあ? そんな変な格好の死霊がいるわけないでしょう!」


「いや、あの、本当なんです。使い魔の、杉井もえ……です」


「イモエ? 変な名前ね」


 くうぅ~、こいつにもトラウマネームで呼ばれた。お姉さん泣いちゃう。

 ……って、あれ? この子私が見えてる? まさか死霊!?


「あの、あなたは?」


「あたしは強化魔法科3年、ティゼリア・ボロトスよ」


 彼女は非常にふくよかな胸に手を添えて堂々と答えた。

 3年ってことはニコくんの2つ上?

 ぐぬぬ、私よりずっと年下なのにこの格差は解せぬ。何がとは言わないけど。


「どちらにしろ、不審者は死になさい」


「ちょ……!」


 目の前の少女が、殺気まみれの冷たい眼差しで剣を構えたその時。


「あ、ティアさんだ。こんちは!」


「これはティゼリア先輩。相変わらず麗しいお姿ですね」


「あれ、ティアねぇどうしたの?」


 ダルとジークに続いてニコくんが戻ってきた。

 え、この人お姉さんなの?

 いつの間にか少女から殺気が消え、剣も鞘に収まっている


「ニコ、今日の試験大変だったんでしょ? 大丈夫? 怪我はない?」


「うん、もう平気。ダルが治療を手伝ってくれたんだ」


「へへ、オレも初級治癒師だし。ニコのためなら何てことないよ!」


「そうなのね。ダルくん、いつもありがとう~」


 ダルはティアさんに頭を撫でられ鼻の下を伸ばした。

 ティアさんはさっきまでとは全く違う猫なで声で、ニコくんやダルに馴れ馴れしく接している。

 おっと、これはどういうこと?


「ニコは昔っから無茶ばかりして……あたしがついてないと本当にダメね」


 ニコくんの頭を抱えて、髪を撫でながら自分の胸に押し付けてる。

 いやちょっとそのスキンシップ何なのぉ!?

 ニコくんが慌てた様子で振りほどく。


「ちょっとティア姉、恥ずかしいからやめてよ」


「いつものことでしょ、ニコ」


 いつもこんなことしてるの!?

 わ、私だってさっきニコくんに抱きしめてもらったもん!


「モエさん、顔が真っ赤だけど大丈夫?」


 多分同じくらい真っ赤な顔のニコくんが私を心配してくれる。

 大丈夫、その表情だけでご飯3杯いけるよ。


「ニコ、この女は?」


「え、ティア姉にも見えるの!? そうか……僕だけじゃないのか……」


 驚いた様子のニコくんが、残念そうな微妙な表情に変わって「僕の使い魔のモエさんです」と私のことを紹介してくれた。

 うう、そりゃ私が使い魔だからそんな顔になるよね。本当にごめんよ。


「ティアさんすごいっ! オレもジークも見えないのに」


「さすがは15歳で『中級魔法戦士』に合格した実力者ですね」


「あなた達には見えない使い魔なの?」


 ダルとジークがこくりと頷く。

 ティアさんは「ふ~ん」と、まるで品定めでもするように私をじっと見ている。


 私は心を抉られるような視線にいたたまれず、助けを求めるようにニコくんの顔を見た。


「ああ、ティア姉は僕のいとこなんです。小さい頃からよく遊んでもらってて」


 私の気持ちを察してくれたように、ニコくんが笑顔で説明してくれる。

 その何気ない気遣いにザワついた気持ちが少し落ち着いた。


「ニコ、お前『天才姫騎士ティゼリア・ボロトス』の血縁だったのか!」


 ジークが驚いたような声を上げる。


「なんかすごい二つ名だね」


「この魔法学院で、在学中に中級に昇格した生徒はティア姉が初めてなんです。昔から優秀だったけど、ずっと努力してたからだと思います」


 なるほど。私を認識できる理由はそんな才能に関係があるのかな。

 ニコくんがティアさんに向ける眼差しには、親愛と憧れが宿ってるような気がする。

 むう、ちょっともやもやするな。


 そんな私の心情を知ってか知らずか、ティアさんが無邪気な様子でニコくんの腕にしがみつき、大きな胸を押し付けながら挑発的な視線を私に向ける。


「あたしとニコは小さい頃から一緒なの。これから先もずっとね!」


 あざとい、あざと過ぎる幼馴染マウント!

 私は大人なのでそんな子どものアピールにダメージなんか喰らわなゴフォッ!


 床に倒れて白いエクトプラズムを吐いた私に、ニコくんが慌てて駆け寄ってくる。

 大丈夫だよ、ほんの致命傷だから。


 ニコくんの試験の結果については、ヴィルテ先生の意識が戻ったら正式に通知されるみたい。

 よかった、あの先生も無事だったんだ。


「まさか、ニコがあの『赤の賢者レヴォーン』を倒したなんて……本当なの?」


「間違いありません。ニコの親友である、このジルクス・オルタルフも一緒でしたから」


 さっき友達になったばかりなのにもう親友って、この男は何をアピールしてるんだろう。


「ううん、僕は何もしてないよ。実際に倒したのはモエさんだから。でね、すごかったんだよ! 今まで聞いたこともない呪文で――」


 ニコくんが興奮気味に私の武勇伝を話し始めた。

 前世では褒められたことなんて一度もなかった私は、どう反応すればいいのか分からない。


 でも推しに、いや誰かに褒められるのって、こんなに嬉しくて恥ずかしくてくすぐったい気持ちになるんだね。

 初めて経験する感情に戸惑って、熱くなった顔を隠すようにただ俯いていることしかできないよ。


「――でもねモエさん!」


「ふぁい!?」


 突然の舌鋒に顔を上げると、ニコくんが私を見つめている。

 その真剣な中にも優しさが込められた表情に、思わず胸の奥がきゅっとなる。


「……もう、あんな無茶はしないでください」


「あ……うん」


 本気で心配してくれるニコくんの気持ちが泣きそうなほど嬉しい。

 ……だから尚更ごめんね。

 ニコくんのためなら、多分また同じことすると思う。


「いいのよニコ。使い魔はどんどん戦わせないと強くならないから」


「それは一理ありますね」


 ぷいっと顔をそむけるティアさんの言葉にジークが相槌を打つ。

 ニコくんは微妙に困ったような顔で頬を掻いているから、そういうものなのかな。


 そして術師の命令か魔力切れで消えるはずの私が消えないことに、ティアさんもジークも首を傾げていた。

 サリーさんが言ってた「死霊ではない存在」だからなのかな?


「自我があって会話もできて、魔力も強いってことは……イモエはリッチーなの?」


 怪訝そうな目で私を見るティアさんの言葉に、ダルがにやけた顔で続ける。


「しかもピンクのパンツ穿いてるんだよね!」


 その話はもうやめてぇ!


「死霊術師が召喚できる死霊は、弱い方からスケルトン、レイス、スペクター、リッチーの4種類。初級で召喚できるのは精々レイスまでだよな?」


「中級でスペクター、上級でやっとリッチーを召喚できるようになるんだっけ?」


「確かに。モエさんどうなんです?」


 ジークとダルの疑問に頷きながら、ニコくんが屈託のない笑顔を私に向ける。

 ニコくんとティアさんの視線につられ、ダルとジークの顔も私の方に向いた。

 うう、私がどのクラスかなんて自分でも分かんないよ。


「よく分からないけど……多分、レイス……かな?」


 ごめんなさい。本当はスケルトン以下の雑魚だろうけど、見栄を張って適当なこと言いました。


「そういうことにしてあげるわ。でもニコに変なことしたら……分かってるわね?」


 目元をギラリと光らせ、ティアさんから容赦ない殺気が飛んでくる。

 へ、変なことなんてしませんよ!? ……たぶん。


 門限を知らせる鐘で女子寮に帰っていったティアさんは、私に対して最後まで殺意に満ちた塩対応だった気がする。やっぱり苦手なタイプだ。

 唯一の救いは、学年も学科も違うから会う機会が少ないことだね。

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