第7.5話 術師の独白

  ★☆★☆


 僕、ニコラ・フェザールは試験の結果を聞きに職員室に向かっている。

 不合格だったらどうしようって不安よりも、やっとスタートラインに立てたことが嬉しくてたまらないんだ。


「ニコ、まだ血が出てる。ちょっと見せてみ」


「大丈夫だよ、ダル。それに治癒魔法は魔力の負担が大きいよね?」


「いいからいいから。オレにやらせてよ」


 親友でルームメイトのダルことダリル・キューブリックが、歩きながら僕の右肩の傷に右手をかざす。

 初級治癒師のダルの治癒魔法は、ゆっくりだけど確実に僕の傷を塞いでいった。


 傷口もダルの魔法もじんわりと温かい。

 陽だまりみたいなダルの性格そのままだなって思う。


「いつもありがとう、ダル」


「いいって。オレはこんなことでしか返せないし」


「2人は幼馴染なのか?」


 僕たちの様子を見ながら、ジークことジルクス・オルタルフが尋ねる。

 ジークは僕のクラス、死霊術科1年の級長を務める辺境伯家の四男。

 さっき友達になったばかりだけど、貴族なのに平民の僕にも気さくに接してくれるんだ。


「僕らが最初に会ったのは……幼年学校に入った7歳の時だっけ?」


「だな。最初はさ、特級死霊術師の息子っていうからどんな嫌なヤツかと思ってたよ」


「え、そうなの? でもダルはいつも声をかけてくれたよね?」


「みんなニコのこと避けてたからな」


 ダルは可笑しそうにくすくす笑ってる。

 知らなかった……僕、避けられてたのか。


「いつもへらへら笑ってたからじゃね?」


「あれは母さんの教えなんだよ。『死霊術師は悪い感情を持つと悪い死霊しか召喚できない』って言われてたから」


「なるほど、それでいつも笑顔なんだな。特級術師の言葉は重みが違うな」


 ジークが妙に納得してる。

 僕のこと変なヤツだって思ってるのかな?


「懐かしいな……軍の食糧庫に忍び込んだ時のこと、覚えてるかニコ?」


 両親が死んで施設に入ってたダルは、いつもお腹を空かせてたよね。


「うん、もちろん」


「いやいや、特級術師の息子がそんなことしちゃ駄目だろ」


 ジークが目を丸くして忠告してくれる。

 やっぱり貴族だけあって真面目だな。僕も見習わなきゃ。


「ダルが友達と話してたのを偶然聞いちゃったから、僕もついていったんだ」


 僕が思いついたのは「盗むのはよくないけど、せめてお腹一杯食べればいいんじゃないか」ってことだった。

 食べた分は僕が死霊術師になって返せばいいなんて、当時は本気で思ったんだ。


「食糧庫までは順調に忍び込めたんだよな」


「だって、母さんに道順を聞いたからね」


「は?」


 なぜかジークが片眉を上げてきょとんとしている。

 僕の傷の治療を終えたダルが、ジークの背中をポンと叩いて言った。


「……当時オレも同じ反応したよ」 


「計画自体、筒抜けじゃねーか!」


「そうなんだよ! 結局見つかって、罰としてダルと一緒に1か月、食堂の後片付けを手伝わされる事になったんだよ!」


 あれ、なんでジークが頭を抱えてしゃがみ込んでるんだろう?

 あの時母さんにすごく怒られたけど、お陰でダルと仲良くなれたから……結果的に良かったと思ってる。


「でも、オレはあれで助かったからさ。今でも感謝してるし」


「そんな……僕の方こそ、母さんが死んだ時に元気づけてくれたこと、感謝してるよ」


 あの時、ダルが僕を抱きしめて言ってくれた言葉に救われたから、いつか恩返ししたいんだ。


「ダルは言ってくれたよね。『サリアンさんはいつだってお前と一緒にいる』って――あっ!」


「「?」」


 僕の突然の叫び声に動きを止めるダルとジーク。


「今思い出した……試験の時、モエさんにも同じこと言われたんだよ!」


――サリーさんはいつもニコくんと一緒にいるよ――


 本当に不思議な使い魔だ。

 火を操ったり受肉してることもそうだけど、どうして母さんのだ《・》を知ってたんだろう?

 やっぱり――運命の人なんだ!


「そんなこと言ってたか?」


「聞き間違いじゃないん?」


 ジークとダルの口調からは、疑ってるニュアンスしか伝わってこない。


「ううん、確かに言ってくれたんだよ」


「そっか、ニコがそこまで言うなら本当なんだな。イモエもいいところあるじゃん」


 ダルがにかっと笑って僕の背中をポンと叩く。

 ジークはまだ半信半疑といった表情だ。


 モエさんは死霊なのに気遣いができるし、口数が少なくて物静かなところも好印象。

 って、使い魔とはいえ女性に対してそんなこと言ったら失礼だよね。


「モエさん、死霊と話しながら『ありがとう』とか『ごめんなさい』って倒すんだよ」


「お前の使い魔、死霊と話せるのか!?」


「へぇ、そんなことできるんやね」


「いやいや、使い魔は一方的に命令するもんだろ? 死霊同士で会話なんてできるわけねぇ」


「うん、僕もそう思ってた。でも母さんが『死霊だって元は人間だったの。死んだときの無念や怨念が強いほど強力な使い魔になる。だから死霊術師は、その思いに寄り添って召喚しないといけないのよ』って言ってたから……」


 きっとモエさんは母さんと同じ気持ちなんだ。

 いや、もしかしたら母さんの生まれ変わりなのかも。


「でも試験中に『モエさんは大事な運命の人』なんて口走っちゃった時、モエさんは下を向いちゃったんだよね」


「あ~、それは女の子が引くヤツじゃね?」


「……やっぱりダルもそう思う?」


 まずいな、迂闊なこと言わないように気をつけなきゃ。

 でもこの感情が何か分かんないけど、モエさんのことはもっと大事にしたいって思う。


 恥ずかしいから面と向かっては言えないけど、ずっと一緒にいてほしい。

 戦うための使い魔じゃなく……


「俺様も死霊術師だから、ニコの気持ちは少し理解わかるぜ」


「ありがとう、ジーク」


 モエさんが生きてて本当に良かった。

 思わず抱き着いちゃったのは申し訳なかったけど、なぜかすごく安心できたんだ。

 だから、モエさんにはもう無茶なことはして欲しくない。


「けど、なんでニコにしか見えないんだろうな?」


「ヴィルテ先生には見えてたようだが」


 ダルとジークが揃って首を傾げる。その理由は僕も知りたいよ。

 でも正直なところ、僕にしか見えないっていうのはなんだかとても嬉しい。

 だって、独り占めしてる感じが特別な気分にさせてくれるから。


「魔力とか才能とか関係あるのかもな。ニコも特級術師の素質があるんじゃね? 知らんけど」


 笑いながら、僕に優しい言葉をかけてくれるダル。

 ジークもうんうんって頷いている。


「職員室に着いたぞ。俺様が先に聞いてやろう」


「ありがとう、ジーク。友達になってくれて嬉しいよ」


「お、おう」


 ジークはぷいっと顔をそむけると、足早に職員室に入って行った。

 そんなに急がなくてもいいのに、本当に友達思いだなあ。


 あ、そうだ。今日のことはティア姉にも言っておかないと。

 ちょっと過保護だから心配するだろうけど、モエさんのことは喜んでくれると思うんだ。


 僕も一人前の死霊術師を目指すからには、ティア姉に助けてもらってばかりじゃいられないからね!


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