第2話 年下術師のお母さま

 窓から差し込む朝日が眩しい。太陽の光で消えるタイプの幽霊じゃなくてよかった。

 ニコくんとダルはまだ寝ている。

 2人とも13歳って言ってたけど、寝顔だけ見ると年相応に可愛いな。


 ちなみに私は20歳ってことにしてる。深い意味はない。ないったらない。


 2人の寝息を聞きながら、私は昨夜のことをぼんやり思い出していた。

 あの後2人は、本を調べたり魔法陣を書き直したり色々やってくれたけど、結局私はこの部屋から出られなかった。


 しかも術師の命令で出たり消えたりするはずなのに、なぜか私は召喚されたまま消えない。


「なんか……ごめんなさい」


 自分でもどうしていいか分からず、謝ることしかできなかった。


「ううん、僕が無能だから中途半端なことになったんです」


 だから謝るのは僕のほうです、とニコくんは深々と頭を下げた。

 普通だったら「使えねぇ使い魔は処分だこのクズ!」みたいに怒りをぶつけられてもおかしくない関係なのに……なんて優しいんだろう。

 顔を上げたニコくんがはにかみながら続けた。


「……それに僕には、モエさんしかいないから」


 はぅあっ! ちょっと待って、そのキュートな台詞セリフは私に効く!

 それはやっと召喚できたのが私だから、って意味だよね!?

 尊さに危うく昇天しそうだったので、慌てて話題を変えた。


「え、と、その……ニコくんは、どうして死霊術師になりたい……の?」


 突然の質問にも、ニコくんは微笑んで答えてくれた。


「死霊のいない世界にしたいんです」


 あれ、召喚しておいていきなり全否定!?


「あ、いや、そうじゃなくて!」


 慌てた様子でニコくんが訂正する。


「え、と……僕も母さんと同じ特級死霊術師になって、戦争で死んだ父さんや母さんが天国で安心できるような国にしたいんです」


 この世界の戦争は兵士の代わりに死霊を使う。その戦争をなくして死霊が安らかに眠れる世界にしたい……と、ニコくんは照れた様子で頭を掻いた。

 隣に座っているダルが「だな。オレも手伝うよ」と笑いながらニコくんの背中を叩いた。


 なんて健気なの……お姉さん応援しちゃうよ。

 それに比べ、現世でも異世界でも引きこもりで、誰の役にも立てない私――


 ――そんな自分にモヤモヤして一睡もできなかった。睡眠が必要なのかも分からないけど。


 私はニコくんのベッドに腰かけて、寝顔を上から覗き込む。

 まつ毛長いな。鎖骨の辺りにかかってる長めの銀髪が妙に艶めかしく感じる。

 そういえば、男の子の寝顔を覗き込むなんてシチュエーションは生まれて初めてだ。


 ……なんだろ、やましいことしてる訳じゃないのに、急に恥ずかしくなってドキドキする。

 いや心臓は動いてないけど、雰囲気ね。フンイキ!


「君はいい子過ぎるよ、ニコくん」


 照れ隠しで、ニコくんの張りのある頬を恐る恐る指先でぷにっと押してみる。

 その瞬間周囲が光り輝き、そのまま引き寄せられるように飲み込まれた。


「ちょ、え、なになにぃ~~?」


 目を開けると、見渡す限り緑の草原に立っていた。

 鼻腔をくすぐる若草の香りがとても心地いい。


「初めまして使い魔さん。いえ、スギイモエさん」


「はえ?」


 声がした方を見ると、淡い光を帯びた女の人が浮かんでいる。

 腰まで伸びた銀髪に切れ長の碧眼。

 優しい笑みを浮かべた口元は、どことなくニコくんに似てる気がする。

 私より年上に見えるけど、私よりはるかに美人。


「あの、あなたは?」


 その美人はくすっと笑って答えた。


「サリアン・フェザール。ニコの母親よ」


 お、お姑さんキターッ! いや結婚してないから私のお姑じゃないけど。

 あれ、でもお母様って死んだんじゃないの!?

 状況を把握できずパニックを起こしている私を見て、お母様はくすくす笑っている。


「ここは。わたしはここで、ずっとこの子を守ってきたの」


 ちょっと待って、ニコくんの中ってどの部位!?

 ずっと守ってきたって、守護霊的な存在かなにか?


「もしかして、お母様もニコくんの使い魔なんですか?」


「サリーでいいわよ。そうね~、半分正解。実はわたしが死ぬ間際、禁術で死霊になってニコに憑りついちゃったの」


 憑りついちゃったのかぁ。サリーさんって毒親かな?


「この子優しすぎるでしょ? 魔力量はわたし以上だけど死霊術師なんてとても無理。だから変な死霊が寄ってこないように、わたしがずっと厳選してたのよね」


 なるほど、サリーさんが厳選リセマラしてたからニコくんは今まで召喚に失敗してたんですね。

 母の愛って重いなぁ。


「ニコにはわたしが入ってること内緒にしてね。引かれちゃうから」


「引かれる行為って自覚はあるんですね」


「本当はモエちゃんも弾いたはずなのに、なぜか召喚に成功しちゃったのよねぇ」


 サリーさんは小首を傾げて腕組みをする。

 おっと、あの壁ドンはサリーさんの愛のムチだったのですね。


「だってあなた、厳密には死霊術師が使役できる死霊じゃないもの」


「どういうことですか?」


「正確に言うと『死霊ではない存在』ってことかな」


 そうですね。だって地縛霊ですもん。


「火を操る死霊なんて初めて見たわ」


 サリーさんはぷくくと、手を口に当てて肩を震わせている。


「でも召喚された以上、ニコとはいびつな関係になるけどその覚悟はある?」


「歪な関係?」


「そう。術師のためなら、どんなに理不尽な命令でも命をかけて実行する。使い魔ってそういうものなの」


 そうか……術師の命令で盾になったり強敵に突撃するの、アニメでよく見るな。

 でも多分、ニコくんなら私を使い捨てになんかしない――


「ニコは優しいから、そんな命令はされないと思ってる?」


 全部見透かしたようなサリーさんの眼差しに射抜かれ、開きかけた唇が固まってしまう。

 少し想像すれば私にだって分かることだ。ニコくんの優しすぎる性格は、いざという時に自分の首を絞めることになるだろう。


「…………」


 サリーさんは首を横に振り、口元に微笑みを浮かべ直して続ける。


「だから、使い魔のあなたが、あなたの意思でニコを守ってほしいの」


 私の意思でニコくんを守る?


「もう一度聞くけど、その覚悟がある?」


 そんなこと急に言われても困る。

 ニコくんの役には立ちたいけど……いやいや、そんなの絶対に無理だ。

 私は一度目を閉じて、大きく深呼吸した。


「私に覚悟はありません。私は違う世界から来たから、この世界のルールが分かりません。だからそんな覚悟を求められても……無理です」


 サリーさんは私の心を見透かしたように、微笑んだままを待っている。

 私はもう一度深呼吸して言葉を続けた。


「違う世界で死んだ私をニコくんが呼んでくれた。その事はとても感謝しています」


 でも私には無理だ、ってちゃんと断ろう。

 サリーさんを真っ直ぐ見つめたまま、私は胸に浮かんだ思いをそのまま言葉にした。


「だから私は……ニコくんのために、私ができることをしてあげたい……です」


 ……ああ、チョロいなぁ私。


 この感情が何か分からないけど、結局覚悟決めちゃってるじゃん。

 断れなかったんじゃなく、断らなかった。今の私には、使い魔補正みたいなのがかかってるんだ。

 きっとニコくんが可愛すぎるのがいけないんだよね。


 サリーさんが目を細めて首をかしげる。


「もしかして、ニコのこと好きなの?」


「な、なあ、にっ、は、はわっ!?」


 急になに言い出すのこの人!? この年齢差でそれは犯罪ですぅぅう!

 

「冗談よ、冗談。でもモエちゃんの気持ちはよく分かったわ」


 止まった心臓が動き出すからマジでやめてください。

 胸を押さえて俯く私の頬に、サリーさんが両手をそっと添える。


「お詫びに、わたしの記憶を少しプレゼントしてあげる。わたしにはもう必要ないから」


「え?」


「あなたらしい戦い方と、その意味も一緒にね」


 そう言うと、サリーさんがまとう光が強くなる。同時に、色々な知識や光景が直接頭の中に流れ込んできた。


 国を救った彼女の偉業。

 死霊術師がどういう存在で、使い魔の死霊とは何者なのか。

 中には悪意に満ち、術師を操る死霊もいることなど。

 お陰でこの世界のことわりも、少しだけ理解できた……かも。


 光が徐々に弱くなり、サリーさんは私の頬からゆっくり手を離した。


「これで終わり。いつまでもニコの中にいられないから、ちょうどよかったわ」


 そうですね、そろそろ子離れしてください。物理的に。


「それと、もうひとついいこと教えてあげる」


「なんですか?」


「どこかの国の賢者が、蘇生魔法を研究してるって聞いたことがあるの」


「蘇生魔法?」


「今のモエちゃんなら、人間に戻れるかもよ?」

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