第4話 推しのVtuberに接触してみた

 授業が終わった放課後。俺は静寂に包まれる図書室で、本に囲まれながら窓際の席で数学の問題集を机に広げていた。テストが近い時のルーティンになっている自習室での勉強タイムである。

 家には誘惑が多すぎるし、PCを付ければ一生ルナの配信を見てしまう。だからその対策として、この場所に来ていたのだ。


 よし勉強やるか! と内心で呟いた途端、甘美な匂いが鼻先を掠める。

 俺がそれにつられて顔を上げると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。


「あっ、真城君」


 銀色の髪をなびかせている白凪瑠奈が斜め後ろにいたのだ。逆光浴びているのもあって、神々しさすら感じる姿。

 図書室という地味な空間すら特別な場所だって錯覚させるオーラすら感じる。


「……白凪さん? どうしてここに?」


 完璧な容姿を持ち、一瞬で人気者になった転校生が、なんでこんな場所にいるんだ。俺の疑問に対して、彼女は鞄から参考書とノートを机に置き、小さく微笑んだ。


「テスト近いから、勉強しようと思って。……ふふ、真城君って意外と真面目なんだね」


 意外は余計だ。むしろ俺は勉強とかそういう系しか取り柄がない側の人間だ。

 特別な才能とかないし、努力である程度どうにかなるところは頑張んないといけないって常日頃思っている。


「家に帰ると、どうしてもダラけちゃうからな。……ここなら、強制的にやる気スイッチが入るし」


 そう言うと、白凪さんが「うんうん」と深く頷いて同調してくる。


「そっか、私もわかるなー、それ。家だとつい、ゴロゴロしてスマホいじっちゃうんだよねぇ……」


 そう言ってから白凪さんがあろうことか、俺の隣の席の椅子を引き出す。


「隣、良いかな?」

「お、おう……」


 俺が断れるはずもなく、白凪さんが俺の隣の席に座り込む。

 何故、わざわざ隣に来たのか……。他にも空いている場所は沢山あるのに……。

 そんなことを考えながら勉強を再開すること数分が経過した頃、彼女がボソッと呟いた。


「真城君って、数学とか得意?」

「……まぁ、それなりには」

「本当に!? じゃあさ、ここ! 教えてくれないかな?」


 白凪さんが数学の参考書を俺の方に見せてくる。最近授業でやったところだった。


「先生の話を聞いてもあんまり理解できなくて……、だから教えてくれたら嬉しいな」


 両手を合わせて拝んでくる白凪さん。その姿が高難易度のゲーム配信中に詰んでしまい、思わずリスナーに助けを求めるルナの姿と重なる。


「別に良いけど……、何処が分からないんだ?」

「ここ! この微分法のところが、全然分からなくて、こんがらがっちゃって……」


 俺は白凪さんの参考書を覗き込んで、解説をする。

 距離が近くて、なるべく彼女という存在を意識しないように問題文に意識を向ける。

 まさか放課後にこんなイベントが起きるとはな……。

 暫く勉強の手伝いをして数十分、窓越しに雨の音が次第に強くなっている事に気付いた。

 少し前からパラパラと降ってはいたが、止むとばかり楽観視していた。


「なんか、凄い雨降ってきたな……」


 俺が呟くと、隣にいた白凪さんも手を止めて不安そうに窓の外を見上げる。


「天気大丈夫かなぁ……。帰る頃には収まって欲しいけど」


 そんな白凪さんの願いも虚しく、空の機嫌はドンドン悪くなっていった。

 雨音がやがてザーザーと地面を叩きつけるほどになる。

 あれっ……ドンドン強くなってないか?

 ゴロゴロ……ゴロゴロ……。

 加えて、雷鳴も聞こえてくる。

 何となくそれが近づいているような気さえする。


「うぅ……」


 隣から、怯えた声が聞こえてくる。肩を小さく震わせている白凪さんを見て、ホラーゲーム実況の配信でルナが何度も過剰とも思える程に驚いていたのを思い出した。

 そんな逡巡の間、ピカッ! と視界が白く光る。

 その直後に、大きな落雷の音が上がった。


 ―――ズドン!


「ひゃっあ!?」


 轟音と共に白凪さんが驚嘆の声を上げる。

 今、ほぼ近くに落ちたような……。俺がそう思っていると、頭上にある図書室の蛍光灯がチカチカと明滅し始める――。


そして―――。


プツン。


暗くなった!?


視界から突然光が奪われて、俺はすぐに起こったことを認識した。

どうやら学校に雷が落ちた衝撃で、停電したみたいだ。


◇◆◇◆◇


「停電ってマジかよ……」


 暗闇の図書室。窓越しに聞こえてくるのは雷鳴と雨音。


「白凪さん、大丈夫?」

「う、うん……」


 俺が問いかけると、か細い声が耳に入る。俺の足元から聞こえてきたので、何かがおかしいと思っていたが、どうやら白凪さんは机の下に避難をしたらしい。


 ―――ズドン!


 またもや激しい雷の音が鳴り響く。


「う、うぅ……」

 呻き声と共に俺のズボンの裾が引かれる感覚が走る。

 机の下に隠れている白凪さんの手によるものだというのは見なくてもわかる。


「……もしかして、雷苦手?」

「べ、別にそんなことないもん……ただ、急に停電したからビックリしただけで……」


 分かりやすく少し拗ねたようなトーンで返ってくるが、裾をつかむ手に先ほどよりもギュッと力が込められている。やっぱり苦手なんじゃん……。


「ね、ねぇ真城君……。なんかお話しよ? 静かだと怖いから……」


 そんな弱弱しい声での誘いを断れるはずもなく、俺は白凪さんと同じように机の下に潜ってから彼女に学校生活についての話題を振ってみることした。


「そういえば、白凪さんって部活とか入らないの?」

「うーん、入らないかな。途中から入るのも人間関係とか色々難しそうだし……それに私、放課後にやりたいことあるから」


 やりたいことか。明確な目的があるなんて立派なものだ。

 大抵の人は小さい頃は漠然とした夢もあるが、年齢を重ねていくごとにそんなの無かったかのように過ごしていく。この年齢になっても明確にやりたい事を持っているなんて凄い。俺なんて、ただ時間を浪費しているだけだというのに。


「白凪さんは凄いな。俺なんて、やりたい事とか特にないから」

「そうかな? ……真城君って、普段何して過ごしてるの?」


 単純な問い掛けだけど、噓をつかずに答えるのは少し躊躇いがある。でも、俺は即座に噓を重ねられるほど器用じゃない。俺は正直に話すことにした。


「俺は、えーと……家に帰ったら、推しの配信見てるかな」

「推しって……、誰の見てるの?」

「あー、いや、その……ぶ、Vtuber……なんだけど」


 ドン引きされる覚悟で口にした単語である。 もし白凪さんが典型的な一軍グループの女子ならばきっと理解ができない文化であろう。

 だけれど、返ってきたのは予想外に食い気味な反応だった。


「Vtuber!?」

「白凪さんって、Vtuber知ってるの? ……なんか、意外すぎるんだけど」

「うん、知ってるよ! 結構詳しいかも。……それで? 誰が推しなの?」


 逃がさない、と言わんばかりの圧。 ここまで来たら隠しても仕方がない。俺は観念して、その名前を口にする。


「……『天宮ルナ』って子かな」

「へ、へぇ~……、そうなんだ。その子の事、どれぐらい好きなの?」


 何なんだ、その試すような質問は……。というか俺含めて、白凪さんもだが、この真っ暗な図書室というシチュエーションが本来であれば喋らないような会話を加速させている気がする。不思議と、暗闇の中だとそこまで恥ずかしがらずに喋れるのだ。


「説明するのは難しいけどさ……、俺が彼女を見つけたのはもっと前で、彼女が『天宮ルナ』として有名になるもっと前なんだ」

「……それってどういう事?」

「昔の彼女は、まだアバターもなくて、何者でもない個人勢として活動してた。俺が初めて見た時も一人しか見てなくてさ。本当懐かしいな……」

「……」

「あの時俺、かなり落ち込んでてさ。だから声を聴いてかなり救われたんだ」

「そっか、そうなんだ……」


 俺が語り終えると。 時が止まったかのように沈黙が流れる。

 それから暫くして、白凪さんが小さく呟いた。


「真城君、あのね」

「何?」

「私ね、実は————」


 白凪さんがそう言いかけた途端、

 蛍光灯から音が聞こえる。

 ――パチッ。

 白い光が一気に図書室を明るく照らす。


「あっ……」


 途中だった白凪さんの言葉は宙に消えてしまった。


「復旧したみたいだな……、所でさっきの話って何を話そうとしてたんだ?」

「ううん、何でもない。別に大した話じゃないから」

「そ、そうなのか……」


 まぁ本人がそういうならば、深追いはやめておこう。


「それより外の天気も落ち着いたみたいだし、私たちもそろそろ帰ろっか」

「そうだな」


 結局、俺達は停電から復旧した図書室を後にして、帰宅することにした。

 色々とあったせいで、今日はどっと疲れた。

 この時の俺は、夜配信で推しからとんでもない告白を受けるとは知る由もない。


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