合格発表の日

翌日。

この日は、青碧学園の入試合格発表の当日である。


やや肌寒いが、快晴の空の下。

紺碧町駅を降り、学園へ向かう道を走る二つの人影があった。


「何やってんだ、早く来いよ」

「別にそんなに慌てなくてもいいだろ。どうせ結果はわかるんだし」


息せき切って走る秀人と、それについていく程度に小走りの阿貴。


(……何をそんなに張り切ってるのか)


阿貴は思う。

さらに、


(自分で言い出しておいて、結局時間通りに来なかったくせに)


とも。


この日は普段どおり、阿貴はきちんと時間通りに待ち合わせ場所へ来ていた。

一方で、秀人のほうが十分遅れで駅に姿を現し、


「悪い! ちょっと遅れちまった」


と謝るのも、いつものことだった。


「お前は……」


そう言いかけて、阿貴は言葉を飲み込む。

こうしたやり取りにもすっかり慣れていて、今さら何か言う気にもならない。


詫びもそこそこに、秀人は足早に電車へ乗り込み、

降りてからも、この調子で学園へ向かって走ってきているのだ。


秀人がここまで張り切っている理由は明確だった。

合格発表の掲示板を、少しでも見やすい位置で確認したいからである。


それなら遅刻などせず、もっと早く来ればいい――

試験ではないのだから「遅刻」という言い方が正しいかはともかく。

だが、そういう計算ができないところも、彼の彼たる所以だった。


案の定、学園正門付近は、すでに黒山の人だかりである。


「お前は人よりでかい図体してるんだから、そんなに無理して前に行かなくてもいいんじゃないのか?」


身長一九〇センチの秀人を見上げて、阿貴が言う。


返ってきた答えは、


「こういうものは、前で見たほうが縁起がいいんだ」


という、意味も根拠もよく分からないものだった。


阿貴は軽くため息をつく。


「それに」


秀人はそう言って、人より小柄な友人を振り返り、


「ちっちゃいお前のために、場所作ってやろうっていう俺の気遣いが分からんか?」


と続けた。


「お前……僕がそれを気にしてるって知ってて言ってるのか?」


中学三年にして身長一五一センチ。

それは阿貴にとって、最大級のコンプレックスの一つだ。


相手に悪気がないと分かっていても、つつかれれば腹も立つ。


だが、そんな阿貴の反応をきれいに無視して、


「それより早く来いって! もう出てるぞ!」


秀人の大声が響き渡る。


人ごみの中でも見失われようのない体格と、その声量。

周囲の視線が一斉に集まる。


「うるさいよっ!」


負けじと声を張り上げ、阿貴はその背を追った。


その途中。


「……ったく、何でアイツはあんなに張り切ってるんだ? よっぽど自信があるのか?」


聞き慣れた声が、人ごみの中から飛んできた。


振り返った阿貴に、軽く手を上げて声をかけてきたのは、一樹だった。


「……一樹? 何でお前がここにいるんだ?」


「あのな……オレもここ受けてたんだよ」


その言葉に、阿貴は目を見開く。


「……初耳だぞ?」


「当たり前だ。言ってねーもん」


教室も別だったしな、と一樹はけらけら笑った。


「後でお前らをびっくりさせてやろうと思ってさ」


「それで落ちてたら、目も当てられないけどね?」


さらりと刺す阿貴に、一樹は肩を落とす。


「お嬢……本当にお前って、きついな……」


可愛い顔して可愛くないこと言いやがって、とぼやきながら、

一樹はふと首を傾げた。


「ってかさ。お嬢まで見に来る必要あるか?

 お前なら確実に受かってるだろ?」


模試の結果も合格圏内。

当日の出来も、悪くなかったという自覚はある。


それでも。


「つき合わされたの。秀に無理矢理。

 それに、絶対ってことはないだろ。見ないと分からない」


その瞬間、


「何もたもたしてるんだ! 早く来いっての!」


かなり先へ行っていた秀人の声が、再び響いた。


ただでさえ目立つ風貌に、この大声。

周囲の注目など、秀人は一切気にしていない。


阿貴と一樹は、せめて同類と思われない程度に、

いそいそと人ごみをかき分け、前へ進んだ。


ようやく秀人の元へ辿り着き、阿貴は呆れ半分、疲労半分で言う。


「お前……恥ずかしいから、そんな大声で叫ぶな……」


「全く……付き合ってるこっちが恥ずかしいぜ……」


一樹の言葉に、

誰も頼んでいないだろ、という突っ込みが喉まで出かかったが、阿貴は飲み込んだ。


「……あれ? カズ?

 お前、何でここにいるんだ?」


秀人もまた、阿貴と全く同じ反応を示す。


「びっくりしたか?」


「アホ」


にべもない一言。


一樹は内心ぼやきながらも、それ以上何も言わず、

三人は揃って、正面玄関に設置された合格発表の掲示板へ視線を向けた。


「よしっ! あったぜ!」


最初に声を上げたのは秀人だった。


「オレもだ」


続けて、一樹。


その声に、阿貴は思わず、


「……嘘だろ?」


と呟いてしまう。


秀人はともかく、

テストの成績が安定しているとは言い難い一樹まで受かっている。


「お前な。

 オレが受かってたらおかしいのか?」


一樹は笑いながら言い、


「それより、お嬢は?

 まだ見つからないのか? もしかして――」


「ちっちゃくて見えないのか?」


そう言って、阿貴の頭をぽん、と撫でた。


その瞬間。


「……あったよ」


阿貴は、視線を掲示板から離さないまま、短く答える。


自分の受験番号。

確かに、そこにあった。


(……ホッとした)


胸の奥で、小さく息を吐く。


直後。


「痛っ!」


阿貴の蹴りが、一樹の脛にきれいに入った。

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