Re.Encounter
掲示板の前は、相変わらず人で溢れていた。
歓声と落胆が入り混じり、空気は妙にざわついている。
その少し外側。
唯貴は、人の流れから半歩距離を取った位置に立っていた。
ポケットの中で、スマートフォンが静かに重さを主張している。
確認しようと思えば、いつでもできる。
だが、彼女はそれに触れなかった。
――やっぱり、ここまで来たんだから。
家で結果をネットで確認すれば、苦労せず合否を知ることはできる。
だが、彼女の感覚では、それに意味を見出せなかった。
昨今は、掲示板の張り出しすらしない学校もあるにはあるが、それでも、自分で現地に行って確かめたい。
験を担ぐ、というほどでもなかったが、そうするべきだ、と言う心理があった。
人混みの向こうに視線を巡らせた、その時。
妙に目に引っかかる集まりがあった。
一人は、やけに背が高い。
人の頭越しでも、すぐ分かる。
(……あ)
記憶が、即座に反応する。
高杉秀人。
試験当日の朝、教室で揉めた張本人。
その隣。
一回り、いや二回りは小さい影。
人混みの中でも、不思議と姿勢が崩れない。
顔は見えないが、輪郭だけで分かる。
(……あの子は)
あの時、高杉の後から現れた、鏡を見ているかのような瓜二つの少年、宇都宮阿貴。
その姿と、名乗られた名を思い出して。
胸の奥が、僅かに跳ねた。
だが、それだけでは終わらなかった。
二人の間に、もう一人いる。
細身で、どこか飄々とした立ち方。
秀人とは違う種類の長身で、二人のやり取りを、半歩引いた位置から眺めている。
あの時、いなかった顔だ。
三人は、何やら言い合っているらしい。
背の高い秀人が大声で何か言い、それに小柄な宇都宮が噛みつくように返す。
そして、三人目が、面白がるように口を挟む。
――妙だ。
やり取りのテンポが、やけに自然だった。
初対面同士ではない。
まして、偶然居合わせただけの関係でもない。
(……仲、いいんだ)
その事実が、意外だった。
試験の朝。
宇都宮は、終始落ち着いていて、高杉の勢いを必死に抑える側だった。
だが、今は違う。
表情はむっとしているが、距離は近い。
言葉も遠慮がない。
それを見て、唯貴はふと気づく。
(……あ)
自分が見たのは、「受験生としての彼ら」だけだったのだと。
今、目の前にいるのは、それとは別の顔をした三人。
掲示板の前で、合格を確認し、互いに茶化し合っている。
その様子を、少し離れた場所から見ている自分。
――知っているはずなのに、知らない。
不思議な感覚だった。
その時。
「……あったよ」
宇都宮の声が聞こえた。
声は大きくないが、なぜか、はっきり耳に届く。
三人目が何か言い、秀人が笑い、次の瞬間、宇都宮がその足元を蹴る。
分かりやすい動きに、
唯貴は思わず口元を緩めた。
(……やっぱり)
確信に近いものが、胸に落ちる。
似ている。
顔だけじゃない。
立ち位置も、役割も、あの日と変わっていない。
その瞬間。
宇都宮が、ふと顔を上げた。
視線が、流れるようにこちらへ向く。
人混みを越えて、まっすぐに。
――目が合った。
一瞬。
時間が止まったように感じた。
宇都宮の表情が、驚きに固まる。
次いで、困惑。
そして、思い出した、という顔。
(……覚えてる)
それが、分かった。
唯貴は一歩、前に出た。
人の流れを抜け、
三人の前に立つ。
「あ……」
宇都宮が、声を漏らす。
「……西条、さん?」
名前を呼ばれ、唯貴は小さく息を吐いた。
「覚えてたんだ」
「忘れられなかったから」
言いながら、掲示板の前まで近づいて。
「あった、って聞こえたわよ」
「…うん、合格してた」
そんな二人の会話に割って入る男の声。
「あ…」
秀人が気まずそうな声を上げた。
あの受験の日の出来事は、彼にとっても忘れられない事だったからだ。
「あの時は…すまなかったな」
「いいわよ、もう過ぎたことだし。おかげで力も抜けたからね」
もうなかったことにはできない。
ただ、お互いあの時のような険悪な空気は、もうない。
そこに、その場にいたもう一人―――一樹が口を挟んできた。
「ふーん、この子?あの時の「そっくりさん」って」
「一樹」
窘めるような阿貴の口調。
「っと、初対面でこれは失敬だった」
と、改めて背筋を伸ばす一樹。
「オレ、こいつらの友人の石岡一樹。よろしく」
と即座に自己紹介を始める一樹に「またか」な顔を浮かべる阿貴と秀人。
唯貴も怪訝な顔を浮かべて、
「………新手のナンパなの?」
「いやいやいや、同じ学校に通うことになるんだから、ここで顔を覚えてもらったほうが損しねえかな、と思っただけ」
と繕うが、このナンパ男、女子を見ると見境なしに声をかける癖があるのを、友人二人は知っていた。
唯貴は、掲示板の方へ一瞬だけ視線をやった。
まだ、ちゃんと見ていない。
だが――今は、それよりも先に聞きたいことがあった。
「こいつ、こういう奴だから気にしなくていいよ」
呆れ半分で、阿貴が口を挟む。
「てか、西条さんは」
「唯貴」
阿貴の呼び方にすかさず唯貴が訂正を入れる。
「…え」
「何か、君にはそう呼ばれたほうがしっくりする気がしたの。何故かわからないけどね」
「……じゃ、唯貴は、どうだったの?」
「まだ見てなかったわ、そういえば」
言いながら、唯貴は掲示板に目をやる。
時間にして、ほんの数秒。
だが、その数秒が何分にも長く感じられた…のは気のせいではないのかもしれない。
その間を経て、
「…あった。これでみんな4月から同じ学校ね」
この時胸に去来したのは、歓喜よりも、安堵だった。
そして、まださっき紹介された相手に、自分の名を名乗っていないことを思い出して。
唯貴は、一樹に向き直り、
「あたし、西条唯貴。よろしくね」
青き碧の仲間たち 高階闇堂 @dark_2025
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