誤解が解けて

「……秀、何してるんだよ……」


張り詰めた空気の中で、最初に声を出したのは阿貴だった。


その声に反応するように、

唯貴と阿貴は互いの顔を見たまま、しばし動けずにいた。

あまりにもよく似た顔立ちが、同じ角度で向き合っている。


その二人を交互に見比べ、

秀人は完全に思考を置き去りにされていた。


「あ……阿貴?」


喉の奥から、かすれた声が零れる。


「お前……なんで……

 阿貴が、二人……?」


実際に姿を見たわけではない。

それでも、秀人の中では――

阿貴は待ち合わせ場所に現れず、時間通りに先に学園へ向かった。

そう決めつけていた。


だからこそ、目の前の光景が理解できない。


「……一体、どうなってんだよ……」


状況を飲み込めずにいる秀人に、阿貴が一歩前へ出る。


「それよりさ」


静かな声だったが、はっきりと通った。


「どうして、その人に触ったんだよ」


その言葉で、秀人の視線が唯貴へ向く。


唯貴は、腕を強く引き寄せたまま、鋭く言い返した。


「そうよ。

 説明してもらえる?」


その声には、まだ怒りが残っている。


「いきなり後ろから肩を掴まれて、名前を呼ばれたの。

 違うって言っても、全然聞いてくれなかった」


唯貴は、今度は阿貴をまっすぐに見た。


「……君と、間違われたみたいね」


阿貴は一瞬、言葉を失う。


そして、静かに視線を秀人へ移した。


「……秀」


その一言に、秀人は思わず肩をすくめた。


「いや、待てって。

 俺も混乱してたんだよ」


言い訳めいた声で続ける。


「阿貴は時間にルーズじゃねえし、

 来なかったってことは、先に行ったと思ったんだ。

 そしたら……あまりにも似ててさ」


「似てるからって、触っていい理由にはならないだろ」


阿貴の声は低いが、感情を抑えていた。


「……それは」


言葉に詰まり、秀人は視線を逸らす。


阿貴は一度、息を吐いてから、唯貴に向き直った。


「……本当に、ごめんなさい。

 僕の友人が、勘違いして」


唯貴は少し驚いたように目を瞬かせ、

やがて、肩の力を抜いた。


「……まあ、事情は分かったわ」


腕を下ろし、息を整える。


「正直、かなり怖かったけど。

 でも……」


視線を阿貴に戻し、苦笑する。


「こんなに似てるなら、間違える人が出ても不思議じゃないわね」


「……いや、それでも」


秀人が小さく呟く。


阿貴は、秀人を一瞥して言った。


「秀。謝れ」


短く、しかし逃げ道のない言葉だった。


「……悪かった」


ぶっきらぼうだが、はっきりとした声。


「僕からも、もう一度謝るよ」


阿貴も頭を下げる。


その様子を見て、唯貴は一瞬だけ考える素振りを見せてから、口を開いた。


「……分かった。

 これ以上、こじらせても仕方ないし」


そう言って、視線を二人に向ける。


「あたし、西条唯貴。

 碧北中よ」


「宇都宮阿貴。海南中です」


「……高杉秀人。

 同じく、海南中だ」


ぎこちないが、確かに交わされた自己紹介。


教室の空気は、先ほどまでとは別の意味で、静まり返っていた。

もうすぐ、試験が始まる。


誰もがそれを理解していながら、

三人とも、ほんの少しだけ息を整える時間を必要としていた。


結果として――

西条唯貴にとっては、この一件が、張り詰めすぎていた気持ちを思いがけず緩めることにもなっていた。


つい先ほどまで胸を占めていた重たい緊張は、

怒りや驚きと一緒に、どこかへ吹き飛んでいる。


――こうして、

宇都宮阿貴、西条唯貴、高杉秀人は、

最悪の形で、そして最初で、顔を合わせることになった。

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