第3話 開かずの魔

 その日、僕は午前の授業を全てサボった。理由はもちろん乾さん救出のための準備だ。既に教室に来ていた神崎さんに今日の放課後に乾さんを助ける事を伝え、家に戻っていた。


「さてと……やりますか」


 僕の家は踏切を超えた先にある神社の近くにある。両親は小さいころに死別しているため家には僕一人しかいない。小さいアパートだが、一人で生活するには広すぎるくらいだ。

 必要なものを取り出して、いざという時に向けて備えておく。準備を終えると、アパートを出て神社に向かい、中を突っ切って裏山に入る。山道を少し歩くと、小さい滝と泉が見えて来る。服を着たまま泉に入り、滝をくぐる。


「……」


 滝を超えると、小さい洞窟があった。石の地面に座り、目を閉じて瞑想を始める。事件解決前に僕が絶対にやるルーティーンのようなものだ。


「……」


 何時間経過したかはわからない。1分かもしれないし1時間もしれない。瞑想に集中してきたころ、ポンッという音が聞こえた。その音は数を増やし、少ししてシャンッという鈴の音も聞こえてきた。


「……」


 僕は、暗い場所にいた。1メートル先も見えないような暗闇に突如明かりが灯った。小さく、僅かな光だが、だんだんと数を増やしていく。明かりの正体は提灯だった。2列に並んだ提灯の間を、ゆっくりと進む白無垢を見て、僕は冷や汗が止まらない。逃げたくても身体が動かない。金縛りに遭ったみたいだ。


「……」


 声を発することもできずに、近づいてくる白無垢を見つめる。やがて俺の前まで来ると、スッと差し出した右手が、俺の身体に触れる。すると、右手がズブズブと僕の中に入って来た。


「……っ!」


 目を開けると、既に日は落ちかけていた。











「遅いな、アタシのワトソンくんは」


 時刻は17時前、アタシは1年4組の教室にいた。


「あの……夜刀君は来ないんですか?」


 アタシの隣には神崎さんが不安そうにしている。夜刀くんのことだ、必ず助ける的なことを言ったのだろう。その夜刀くんがいないことが彼女の不安を更に煽っているのだろう。


「……ま、彼のことだ、必ず来るさ。というかなんでキミがいるんだい?」

「夜刀君から、放課後に助けに行くと言われて……それで……」


 予想通りが当たり喜ぶ、なんてことはしない。夜刀くんは今日の午前、学校にいなかった。つまり瞑想をしに行ったのだ。そして、その理由を誤魔化すために彼女を選んだ。こういうことはあまりするなと言っているがいつまでたっても治らない。神崎さんの気持ちを考えればわからなくもないが足手まといを増やしたくはない。


 「……はぁ、まったく夜刀くんは……まぁいい、それよりも———」


 溜息を吐きながらアタシは壁にかかっている時計を見る。時計の針は丁度17時になっていた。


「時間だ、神崎さん。行こうか」

「は、はい……!」


 そう言うと、管財さんは足を震わせながら立ち上がる。前回とは違い、荷物を持つ必要は無い。同時に教室の外に出る。すると、蛍光灯が一斉にショートして、暗くなる。


「……これが?」

「は、はい……この前見たのとまったく同じ……です」


 震えながらアタシにしがみつく神崎さんを横目に、アタシはゆっくりと歩き出す。15分ほど歩くと、行き止まりが見えてきた。そこにあったのは、校長室に入るときの木製のこげ茶色をした扉だった。


「……あれね?神崎さん」

「そ、そうです……確か、引き返そうとしたらドアが開いて……」

「黒い腕が出てきた、と」


 アタシたちは、その扉には近づかずにただじっと見ていた。午前の授業を受けている間、アタシはただじっとしていたわけではない。先生に隠れてスマホや部室から持ってきた本でずっとあることを調べていた。。


「……神崎さん」

「あ、はい……なんですか?」


 名前を呼ぶと、神崎さんは震える声で返事をした。


「〝都市伝説〟と〝妖怪〟の違いは何か知っているかい?」

「……え?」


 アタシの質問に、神崎さんは少し戸惑っていた。


「えっと……わからない、です……」

「都市伝説……空想の具現化と呼ばれる現象は、通常にも見える現象のことを指す。これは、誰かが思い描いた想像がたくさんの人に伝わり、ある日ある時突然現れる」


 アタシの説明に、神崎さんは付いてこれていない。それでも、無理やり話を続ける。その必要がある。


「かたや妖怪……想像の怪物と呼ばれる現象は、を除き普通の人は見ることができない現象を指す。これは、誰かが思い描いた想像がある日ある時突然現れる。ここまではわかるか?」

「えっと……都市伝説は大衆の想像、妖怪は個人の想像によってできる……ってことですか?」


 多少の違いはあれど、神崎さんの答えはだいたい当たっているためアタシは頷く。


「……都市伝説と妖怪の決定的は違いは視えるか視えないかにある。都市伝説は視えるが故に大人数に弱い恐怖を、妖怪は視えないが故に少人数に強い恐怖を植え付けようとする」


 アタシがそこまで言うと、神崎さんの視線が扉に戻る。音がしたからだ。扉の奥で何かが暴れる音と、声にならないような悲鳴が聞こえてくる。


「都市伝説が引き起こす霊現象は、大人数を巻き込むのと、恐怖の度合が低いために条件が付かない。逆に、妖怪が引き起こす霊現象は、少人数限定で巻き込むのと、恐怖の度合が高いために条件が付く」


 音が止んだ。カチャリ、と静かに鍵が開けられる音がした。


「今回の開かずの間は後者、想像の怪物妖怪が引き起こしているものだ」

「ひっ!」


 バンッと大きな音を立てて扉が開かれた。黒い腕が暗い扉の奥から4本の現れる。腕はゆっくりとアタシたちに近づいてくる。


「神崎さん、そこを動いてはいけないよ」


 腕が更に近づいてきて、アタシたちの目の前で止まった。


「え?……ど、どうして?」

「こういう類はたいてい射程距離がある。目測で約10メートルってところかな」


 腕はアタシたちを捕まえようと必死に手を動かしている。が、当然アタシたちを掴むことはできずにいる。


「さて……どうやって取り返そうか」


 アタシがそんなことを考えていると、神崎さんが急に走り出した。


「なっ!?待て神崎さん!」

「待ってて……美紀ちゃん!」


 早く友達を助けたいと焦ったのだろうが、この行動は今最もしてはいけない行動だった。腕は素早く神崎さんを追尾しだす。扉に向けて走る神崎さんよりも、腕のほうが早い。すぐに神崎さんに追いつくと、両腕と両足を掴み、部屋に引きずり込もうとする。


「ひっ!いや!止めて!離して!」

「あぁもう!」


 アタシは駆け出して引きずり込まれそうな神崎さんの手を両手で掴み、引っ張る。それでも、腕の力の方が強いのか、ゆっくりとアタシも引きずりこまれていく。


「っ!まず……っ!」


 予想はしていた。腕が4本だけなんて少ないと。そして、その予想は当たっていた。奥からさらに2本の腕が現れた。その腕がアタシめがけて伸びて来る。今離せば神崎さんが引きずりこまれる。手を離さなかったとしても、ジリ貧で結局引きずりこまれる。アタシに選択の答えを考える時間は無かった。そんな状況で、アタシはただ静かに笑った。


「まったく、来るの遅いよ!ワトソンくん」

「いやぁすみません先輩。遅れました」


目の前には、延ばされた2本の腕を掴んだ白無垢姿の夜刀くん相棒がいた。

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