第2話 作戦準備

 翌日の放課後、僕がいる1年4組の前はいつもよりも騒々しかった。それもそのはずで、今日は教室の前に有名人がいたからだ。


「えーっと、先輩、何故ここに?」

「何故?愚悶だなワトソンくん。無論事件を解決するためだよ」


 先輩はベレー帽をかぶり、腕を組んで吹かしてもいない煙管を加えながら仁王立ちしていた。身長差があるせいか、僕を見下ろす先輩がちょっと怖い。


「解決って……一応準備はできてますけど、どうやって発生させるんですか?」

「うん、それなんだけどね。アタシ的にもたくさんの人を巻き込むつもりは無いし、時間まで待とうか」


 先輩はずかずかと教室に入ってくると、僕の席を探してドカッと座る。周りにいたクラスメイトたちは何が何だかわからないような顔をしていたが、少ししてそれぞれのやることに向けて行動していた。


「それで先輩」

「ん?なにかね?」


 クラスメイトたちがいなくなり、教室に僕と先輩しかいない状況になって数分。僕は無言の時間を止めるために口を開けた。


「どうやって開かずの間を発生させるんですか?時間も発生条件もわからないのに」

「なんだ、そんなことか」

「……そんなことかって、先輩にはわかるんですか?」

「そんなものわかるわけないだろう?」


 先輩はさもわかった風の顔で足を組みながらそう答えた。


「……わからないのにどうやって発生させるんですか?」

「夜刀くん、昨日の神崎さんの話を思い出してみたまえ。彼女は一昨日の何時にこの教室にいた?」

「え?それは確か17時くらいって……先輩、まさか」

「ふふ、そのまさかだよ夜刀くん。17時まで待とうか!」


 先輩の発言に僕は呆れる。この人、頭いいのにたまに、ほんっとにたまーに頭悪くなるときがある。いやたまにじゃなくしょっちゅうだ。探偵部に依頼が来た時とか、その事件事故の内容を考えるときとか、そういう事を考えるときだけ頭が良い。

 僕は、先輩が何故この探偵部という部活を作ったのか知らない。先輩についてもそうだ。どういう人なのかは知っているが、詳しいことまでは知らない。そんな僕が先輩について最初に知ったことが、先輩はピンチな時ほど頼りになるということだった。











「……17時7分……教室の外に出てもなにも変わらない……」

「ですね」

「何故だ!?」


 先輩は憤慨していた。17時を過ぎて教室の外に出ても何も変わらない光景に、僕はどこかホッとしつつも隣で頭を掻きむしっている先輩をなだめていた。



「とりあえず帰りましょう?先輩。発生にはやっぱり条件があるんですよ」

「……はぁ、そのようだね」


 溜息を吐いた先輩が教室に戻り鞄を持ってくる。


「……荷物を取って教室を出ても特に何もなし、と」


 僕の鞄も教室にあったので、僕の鞄も取ってきてくれた。神崎さんが言っていた道で昇降口に戻ってもとくに変わった様子は無く、平和に帰れた。


「先輩、条件ってなんだと思いますか?」


 帰り道、僕は先輩に聞いてみた。帰り道が途中まで同じなので、相談(?)できる時間はまだ少しだけある。


「んー……教室から出るじゃなかったし……たどり着くための道筋と方法があるのか?……わからないことだらけだ」

「……あの、先輩」

「ん?なにかね?」


 僕は目線を後ろに下げる。すると、先輩は僕の伝えたいことを理解したらしい。


「……

「先輩です。ただ、何かしてくる感じが無いんですよね」

「そうか……形は?」

「黒い子供の影に後ろから迫る腕……神崎さんにのとかなり似てます」

「そうか……ということはおそらくアタシは条件を達成しているということか。だが、それなら何故教室を出たときに何もしてこなかったんだ?」


 後ろの影は一定の距離を保って付いてきていた。距離を延ばすことも縮めることもせず、ただただ僕たちの、いや先輩の後をついてくる。


「おそらくまだ何か条件があるんだと思います。だから何もしてこない」

「そうか……わかった、何があってもいいように準備はしておこう」


 先輩は頷くと、準備のための話し合いを始める。10分ほどして、いつも先輩と別れる踏切に着いた。


「それじゃあ先輩、また明日」

「あぁ、また明日」


 カンカンとなる踏切を3歩で超え、振り向いて先輩の方を向く。やっぱりあの黒いモヤは距離を保ったままだった。日が沈むと同時に電車が踏切を通り過ぎると、向こう側にはもう先輩の姿が無かった。











『明日の朝7時、部室集合』


 朝目が覚めると、先輩からメールが届いていた。時刻は6時30分。今すぐ急いで出れば間に合う時間だ。


「お待たせしました先ぱ……い……」


あれから僕は走って学校へ向かった。時間は7時丁度。自己ベスト更新でちょっとだけ嬉しい。


「お、来たか」


 先輩を見て、僕は目を疑った。昨日まで離れていた影が近づいていたからだ。いや、近づいていたというものではない。腕は先輩の身体をまさぐるように巻き付いていて、すぐ横に子供の影が笑って立っていた。


「先輩……それ」

「あぁ、流石のアタシでもここまで近づかれればわかる。どうやらアタシは呪われたらしい」

「……それじゃあ、条件がわかったんですか?」


 いつもの(真面目なときの)顔でお茶を飲み、カップを机に置く。ひと呼吸置き、先輩は俺の目を見て口を開けた。


「一つ、17時から17時10分の間に1年4組の教室にいること。二つ、荷物を持って教室から出る事。三つ、霊脈を通って結界を二度超えること……以上この三つが条件さ」


 指を折りながら先輩は条件を言っていった。仮説の話だが説得力のある内容だった。

 

「二つ目まではまぁ……わかりますけど、三つ目の結界というのはなんですか?」

「昨日、アタシたちはで教室の外から神崎さんと同じルートで帰っただろう?」


 昨日の帰り際を思い出す。確かに僕たちは昨日、神崎さんが言った通りの道筋で昇降口まで向かった。影を見かけたのは昇降口を抜けて校門を出た瞬間だ。


「気になって今朝壁を確認したらこんなものを見つけたよ」


 先輩は紙にせんを4本引く。その形は鳥居の形だった。


「鳥居の絵……ですか?」

「そう、鳥居の絵。実際はこれが壁に小さく掘られていた。これが入口と出口だよ」

「入口と出口……結界のですよね?」

「もちろんそうだ。結界というのは古来より使われているものでね、自分の縄張りを守るものだ。縄張りに勝手に入られたらキミならどうする?」

「どうって……追い出しますけど」


 僕がそう言うと先輩は頷く。


「条件を満たして結界縄張りに入り込んだ神崎さんやアタシが狙われた、というわけだ」


 先輩は紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ入れる。


「作戦決行は今日、できる限りの準備をして16時に再集合ね」

「わかりました」


 先輩は立ち上がると、ベレー帽をかぶり直し煙管を咥える。


「それじゃ、作戦名〝呪間開錠しゅまかいじょう〟指導!」


 先輩の凛々しい声が、部室を満たした。

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