第3話:騎士エリオと、信じる者にのみ見える黄金

「いらっしゃい。……あら、そんなにキョロキョロして。落とし物? それとも、誰かに追いかけられているのかしら?」


​ 私はカウンターを磨きながら、窓の外の路地裏を注視する。街の喧騒から取り残されたその暗がりに、一人、不審な動きを繰り返す銀鎧の男がいた。


 ジッタくんがバラ撒いた『黄金のトカゲ』の噂を、この街で唯一、何一つ疑わずに信じ込んでしまった純粋すぎる騎士様……エリオくん。


​ ふふ、彼、自分では隠密行動のつもりみたいだけど。私の瞳には、彼の頭上に浮かぶ「おめでたいステータス」が丸見えよ。


​【鑑定対象:エリオ】

レベル: 25

職業: 没落貴族の騎士(自称・放浪の聖騎士候補)

筋力: B+(岩を砕く拳)

魔力: D(気合で光る程度)

幸運: C(騙されるが死なない)

固有スキル:

・『一点突破(信じたことへの身体能力5倍)』

・『不屈の楽観主義(精神攻撃および状態異常:絶望を無効化)』

【称号】

『トカゲの存在を微塵も疑わない者』『純真無垢の暴走特急』


​「あらあ~レベル25って、この街の警備兵よりずっと強いのに、使い道が『存在しないトカゲの捕獲』だなんて。神様もたまに悪戯が過ぎるわね。……あら、見て。エリオくんが仕掛けた『罠』に、何かかかったみたいよ?」



​「……来た。ついに来たぞ、私の騎士道に応える聖なる輝きが!」


​ 路地裏の井戸の陰で、エリオは武者震いしていた。


 彼が「トカゲを呼ぶ儀式」として並べていたガラクタの山が、運び屋の少女ベニが落としていった魔石と共鳴し、井戸の底を黄金色に照らし出している。


​ エリオは網を握りしめ、猛烈な勢いで井戸の縁に歩み寄った。彼の脳内では、ジッタが吐いた「触れば病気が治り、一生金に困らない」という出まかせが、もはや揺るぎない神の啓示として再構築されている。


​「没落した我が実家を再興し、母上に温かいスープを飲ませて差し上げる。そのための黄金! 私は、私は今日、真の聖騎士となるのだ!」


​ スキル『一点突破』が、彼の純粋な思い込みに反応して発動した。全身から青白い魔力が溢れ出し、安物の鎧がギチギチと悲鳴を上げる。


 井戸の底で、何かが動いた。シュバッ、という素早い動き。


​「逃がさぬ! 聖なる網よ、希望を捉えよ!」


​ エリオは井戸の中へ、ダイビングに近い勢いで網を突き出した。ガサリ、と確かな手応え。重い。トカゲにしては、妙に重いし、何より激しく抵抗している。


​「捕まえたぞ……! これぞ我が人生の黄金なり!」


​ エリオが力任せに網を引き揚げると、そこに入っていたのは――黄金のトカゲではなく、泥と油にまみれた、一匹の薄汚れた黒猫だった。


​「……トカゲ? いや、トカゲにしては毛深いな。最近のトカゲは哺乳類へと進化を遂げているのか?」


​ エリオは首を傾げ、網の中から猫を抱き上げた。猫は「フシャーッ!」と猛烈に威嚇し、エリオの頬を鋭い爪で引っ掻く。鮮血が飛ぶが、彼は『不屈の楽観主義』のおかげで、そんな痛みよりも出会いの感動を優先した。


​「おお……なんと元気なトカゲだ。いや、君はもしや、トカゲが化けた聖獣なのか!? そうだろう、そうに違いない!」


​ エリオが猫を抱きしめ、頬ずりをしたその時。猫が、ありえないほど低い、しわがれた声で呟いた。


​「……離せ。この、脳が筋肉でできた下等生物め……。この私に触れるな」


​ エリオは一瞬フリーズし、それから満面の笑みを浮かべた。


「喋った! やはり君は聖獣だったか!」



​ その光景を酒場の窓から見ていた私は、思わず持っていたグラスを落としそうになった。

 慌てて瞳に魔力を込め、その猫を鑑定する。


​【鑑定対象:薄汚れた猫】

正体: 帝国最凶の呪術師(弱体化中)

レベル: 92

魔力: SSS(現在は封印により測定不能)

敏捷: A(猫なので速い)

【称号】

『人類を呪いたいのに猫の身体が快適すぎる者』『絶望的に運が悪い元賢者』


​「……嘘でしょ。あの猫、伝説の呪術師じゃない。暗殺者に追われて猫に化けて逃げている途中で、運悪くエリオくんの罠に誘い込まれちゃったのね」


​ レベル92の怪物が、レベル1の新米冒険者の嘘のせいで、レベル25の天然騎士に捕まる。この街の因果関係は、ジッタくんの嘘以来、完全に壊れてしまっているわ。どうしましょ。



​ エリオは猫を「幸運のトカゲ」として扱い、大事そうに自分のマントの中に潜り込ませた。


「安心したまえ、トカゲ殿! 追っ手からは私が守ってみせよう!」


「……トカゲではないと言っているだろうが! 殺すぞ! 今すぐ呪い殺して……ああ、やめろ、そこを撫でるな、喉が鳴ってしまう……ッ!」


​ エリオは猫の罵倒をすべて「聖獣の歌」か何かだと解釈し、鼻歌混じりに路地裏を去っていった。だが、そのあまりに強引な「抱擁」のせいで、猫の毛の中に隠されていたある物が地面に滑り落ちたことに、エリオも、そして猫自身も気づいていなかった。


​ エリオが去り、静まり返った路地裏。湿った石畳の上で、一冊の、古びた黒い手帳が夜露に濡れていた。それは、帝国を一度滅ぼしかねない禁忌の魔導書――の、断片。


​ カツ、カツ、と乾いた足音が近づいてくる。


 一人の、清掃員の服を着た地味な男が、ゴミを拾うトングを手に、その手帳の前で立ち止まった。

男は表情を動かすこともなく、ただ散らかったガラクタと、その黒い手帳を淡々と見つめた。


 彼はトングで器用に手帳を拾い上げると、パッパと泥を払い、それを腰の袋に放り込んだ。彼にとっては、それが世界の命運を握る書であろうが、誰かの落とし物であろうが、等しく片付けるべき対象でしかないのだ。


​ 男は再び無機質な足音を響かせ、夜の闇へと溶け込んでいった。



​「……はぁ。お腹が痛いわ」


​ 私は手帳に、震える手で『エリオ』と『呪いの猫』の記録を付け加える。


 ジッタくんの嘘、ベニの意地、エリオの純真。それらが絡み合って、ついに『世界の禁忌』が路地裏に放り出された。


​「そして、それを拾ったのが……あの掃除屋くん。可哀想に、いつも彼は望んでないのにトラブルに巻き込まれるのよねえ」

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2026年1月3日 18:00 毎日 18:00

昨日のモブは、今日の主人公。~ステータスが見える看板娘と、交差点の酒場「双子ツバメ亭」で繋がるバトン~ きくぞう @kikuzouz

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