第1話:新米冒険者ジッタと世界を巻き込む黄金の嘘
「いらっしゃい。ここは世界中の『余計なもの』が集まる交差点。――お次の方は、どんな『ゴミ』を抱えてこの街に来たのかしら?」
私はカウンターを拭きながら、窓の外を見つめる。私の瞳には、行き交う人々の頭上に「その人間の本質」が数値として浮いて見える。レベル、スキル、称号。それは嘘を許さない残酷な鏡だ。
「あら。あの子……今日は一段と『ひ弱な』ステータスね」
私が視線を止めたのは、広場へ飛び出してきた一人の少年だ。
ピカピカすぎて安っぽい鎧。ひょろりとした手足。今にも泣き出しそうな顔。
【鑑定対象:ジッタ】
レベル: 1
職業: 新米冒険者(自称:慎重派)
筋力: E-(荷物持ちが限界)
魔力: F(火を灯すのが精一杯)
幸運: A+(なぜか死なない)
固有スキル:
・『全速力のごめんなさい(逃走速度上昇+謝罪による困惑付与)』
・『口から出まかせ(真実味:B/窮地ほど説得力が増す)』
【称号】
『一秒先の生存者』『嘘つきの善人』
「……ふふ。戦闘能力は村人以下だけど、生き残る才能だけは英雄級。さて、彼が今日バラ撒くのは、どんな物語かしら?」
*
「うわああああああ! ごめんなさい! わざとじゃないんです! 悪気はなかったんです!」
ジッタは街の大通りを、文字通り風のように駆け抜けていた。背後からは、見るからに質の悪い革鎧を着た、顔に傷のある男たちが三人、血相を変えて追いかけてくる。
「待ちやがれガキィ! 俺たちのブツを返しやがれ!」
事の起こりは、ジッタが受けた「薬草採取」の依頼だった。
森の入り口で、彼はたまたま、切り株の影に落ちていた「光り輝く石」を見つけてしまった。彼はそれを少し珍しい魔石だと思って拾ったのだ。それが、この界隈を仕切る盗賊団が隠した「偽造貨幣の原版」だとは露知らず。
「(ダメだ、このままじゃ捕まる……! 裏路地は塞がれてる、大通りは人が多すぎてスピードが出ない……!)」
ジッタの生存本能が、極限状態で回転を始める。
スキル『口から出まかせ』の発動。
「――わああああ! みんな逃げて! あっちの東門の噴水で、『黄金の鱗を持つ幸運のトカゲ』が捕まったんだって! 今なら触るだけで一生金に困らないって、ギルドの人が言ってたぞーーっ!!」
ジッタが放ったそのデタラメは、スキルの力によって妙に説得力を持って周囲に伝播した。
「……トカゲ? 幸運の?」
「おい、今『一生金に困らない』って聞こえたぞ!」
「東門だ! 誰かに取られる前に急げぇ!!」
瞬く間に、平和だった大通りに「欲」という名の熱狂が広がる。人々が東門を目指してなだれ込み、ジッタを追っていた盗賊たちは、津波のような群衆に押し流されていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ジッタは混乱の渦を縫うようにして、狭い路地へと飛び込む。その曲がり角で、彼は一人の少女と肩がぶつかりそうになった。大きな木箱を、壊れ物を扱うように大切に抱えた少女。
「ちょ、ちょっと! 危ないわね!」
不機嫌そうな少女の声を背中に受けながら、ジッタは必死に叫ぶ。
「ごめんなさい! 東門! トカゲです! 幸運なんです!」
ジッタが通り過ぎた数秒後。彼の嘘を信じて血眼になった人々が、その路地裏にまで雪崩れ込んできた。
「どけ! トカゲは俺のものだ!」
「キャッ……! やめて、押さないで!」
背後で、ガシャン、と何かが硬い石畳にぶつかる不吉な音が響いた。けれど、ジッタには振り返る余裕なんてなかった。
数分後。ジッタは『双子ツバメ亭』の扉を蹴破るようにして飛び込み、カウンターに倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……助かった……。リーナさん、エール……命の水を……」
「お疲れさま、ジッタくん。はい、冷たいやつよ」
ジッタはグラスを一気に飲み干し、情けなくも誇らしげに笑った。
「リーナさん、聞いてよ。もう最悪だった。でも、俺の勝ちだ。あの嘘一つで、みんな騙されてやんの。黄金のトカゲなんて、いるわけないのにな!」
ジッタが満足げに鼻を鳴らした、その時だった。
「おい!! 聞いたか! 本当に東門の噴水に、黄金に輝くトカゲが現れたらしいぞ!!」
店に飛び込んできた客の叫び声に、ジッタの顔が凍りつく。
「……え?」
実は、ジッタが逃走中に無意識にポケットから落とした「光る石」。それが噴水の水に浸かり、魔力の余波で周囲のトカゲたちを黄金色に発光させてしまったのだ。嘘は、彼自身のドジによって「真実」に書き換えられてしまった。
「……う、うそだろ」
「あら、ジッタくん。街の人たちはみんな、『幸運のトカゲの居場所を予言した少年』を探してるみたいよ? ほら、窓の外……」
外には、トカゲの案内人を求めて殺気立った群衆が集まりつつあった。
「うわあああ! もう嫌だぁぁぁ!」
ジッタは再び、裏口から夜の闇へと逃げ出していった。
「ふふ。あの子ったら。自分の嘘に自分が追いかけられるなんて、ある意味で最高のエンターテイナーね」
私は手帳を広げ、ジッタの頁を閉じる。けれど、物語はここで終わらない。私は窓の外、人混みに揉まれて途方に暮れる、一人の少女を見つめる。
路地裏で突き飛ばされ、大事な木箱の中身を粉々にされてしまった、あの運び屋の女の子だ。
「さて、彼女が運んでいたのは……ただの壺じゃないわ。とても厄介な、注文主の執念が詰まった魔導回路」
私は手帳の次の頁をめくる。
「お次の方は……責任感の強い、不機嫌な運び屋さんの番ね。ジッタくんが撒いた黄金の嘘が、彼女の運命をどう変えてしまうのか。……覗いてみましょうか」
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