第25話 エピローグ
スターリング伯爵ドナルドは、ワイン畑の近くにある大きな木の下に立っていた。
彼は、木の下に跪くと、シャベルで木の根元を掘り始めた。
ある程度の穴を掘ると、彼は近くに置いてあった、鉄の箱を手に取った。
箱の中には、古ぼけた産着と、銀の印章指輪が入っていた。
指輪の台座には、横の波線が3本、彫り込まれている。
彼は箱の蓋を閉じ、鍵をかけると、穴の中に箱を置いた。
そして、シャベルを取って、穴に土をかけ始めた。
穴を埋め終わると、伯爵は足で地面を踏みしめた。
「…これで良し…っと」
5年前に保護した赤ん坊が、誰の子供なのか判明するまでに、そう時間はかからなかった。
リヴァーデイル公爵家の誘拐騒ぎは、次の日には周辺一帯に広まっていたからだ。
今すぐ赤ん坊を返しに行くのは、犯人が、まだその辺りをうろついているかもしれないから、危険が伴う。
伯爵はそう考えて、その時はリヴァーデイル公爵家に連絡するのを、差し控えた。
そして、赤ん坊の面倒を、娘夫婦と見るようになってから、3人はすっかりこの子に夢中になってしまった。
娘夫婦には、赤ん坊は、朝の散歩の途中で拾った、としか伝えていない。
「こんな可愛らしい子供を捨てるなんて…ご両親は、一体どういう事情があったのかしら」
「酷い事をするよねえ。しかし、子沢山の困窮した家族なら、あり得ない話じゃないね」
娘と婿が話し合っているのを、伯爵は黙って聞いていた。
今日言おう、明日行こう、と日を延ばし続けて、とうとう5年も経ってしまった。
その間に、リヴァーデイル公爵は再婚してしまい、子供も2人出来てしまった。
この時点で、伯爵は名乗り出る時期を、完全に失ってしまった。
これはもう、スティーブは、このままスターリング家で育てるしかない。
伯爵は、自分がそれを望んでいる事に、気が付いていた。
娘夫婦の間には、娘が3人生まれた。
しかし、跡取りである男子は、残念ながら誕生しなかった。
跡継ぎである男子が欲しかったのは、否定できない。
しかし、赤ん坊の頃から面倒を見た子供に、彼らが特別な感情を抱いてしまったのも事実である。
伯爵はさっそく、スティーブを、娘夫婦の養子にする手続きを済ませた。
彼の為に、自分の遺言状も書き換えた。
伯爵は、もはやスティーブを本当の孫だと思っていた。
リヴァーデイル公爵に対して、言い訳のしようもない事をしているのは、分かっていた。
しかし、今更スティーブを、彼らに引き渡す事は、考えられなかった。
孫達も、スティーブを本当の兄だと思っている。
スティーブは、既にスターリング家の一員として、人生を歩んでいた。
伯爵は、ならした地面に向かって、呟いた。
「…すまない。あなたの息子は、私達がちゃんと育てる…もし、罰されるのであれば、私ひとりだけにしてくれ…」
「おじいさま~っ!」
甲高い声と共に、5歳くらいの男の子が、元気一杯に走ってきた。
「おお、スティーブ。そんなに走ったら…おっとっと」
スティーブは、伯爵の目の前で、派手に転んでしまった。
「…ううっ…うえっ…」
べそをかく男の子に、伯爵は優しく諭した。
「よしよし、泣くんじゃない。お前は強い子だろう?」
伯爵の言葉を聞いたスティーブは、あふれる涙を、服の袖で拭った。
「…はい、おじいさま」
スティーブは、膝の汚れを払って立ち上がった。
くすんだ金髪に、大きなグレーの瞳を持った、可愛らしい顔立ちの少年である。
伯爵は以前、似た顔を王宮で見た事があった。
「おじいさま、何をしておられたんですか?」
スティーブは、年齢の割に、大人びた口を利く子供だった。
「ん?…秘密を埋めていたのだよ」
スティーブは、可愛らしく首を傾げた。
「…ひみつ?…宝探しですか?」
「はっはっはっ…まあ、そんなようなものだな」
伯爵は、スティーブを抱き上げた。
「…おお、重くなったな。もうすぐ抱っこする事は出来なくなりそうだ」
伯爵は、孫を抱いたまま、丘を登って行った。
丘の頂上からは、スターリング家のワイン畑が一望できる。
「スティーブ、見なさい。いつかこれがみんな、お前のものになるんだぞ」
「…ぼくの…?でも、おじいさま、ぼくは、この家の子供ではないですよ」
スティーブは赤ん坊の頃、自分が伯爵に拾われた事を知っていた。
「…お前はスターリング伯爵家の長男だ。これから先、何があってもそれは変わらない。その事を、しっかり覚えておくんだぞ」
「…はい」
スティーブは、こくんと頷いた。
祖父と孫は、丘の上から夕日が沈んで行くのを、見送っていた。
友達のお兄さんが大貴族の跡継ぎらしいのですが、本人が信じようとしません 金色ひつじ @silverink
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