第18話

「ローレンス君、待ってくれ」

スティーブは、ずんずん歩いて行くローレンスの後を早足で追いかけた。

「放っておいて下さい。僕は赤の他人なんでしょう?」

「きみと俺は、友達じゃないのか?」


ローレンスは、くるりと振り返った。

そのヘイゼルの瞳には、涙が浮かんでいた。

「…僕は、ずっとお兄さんがいたらいいなって思っていたんです。…強くて優しくて、何でも出来る、僕とは正反対のお兄さんが…」


「…きみが嫌がる公爵になってくれる、都合のいいお兄さんが欲しかったのか?」

スティーブの厳しい言葉に、ローレンスは頬を叩かれたような顔をした。

「…そうですね。僕は自分のやりたくない事を、他の人に押し付けようとしていたんですね」

スティーブは、ローレンスの肩を叩いた。


「少し、テラスで話そうか」

2人は、ホテルのテラスの奥の席に座り、コーヒーを注文した。

ローレンスは、スティーブに向かって頭を下げた。


「さっきは、勝手な事を言ってすみませんでした…」

「いいよ。誰だって、口が滑る事はあるからな」


ウェイターが、コーヒーを運んできた。

「スティーブさんは、本当に僕のお兄さんなんですか?」

「…さあな。なにせ証明できるものが何もないんだ。いくら俺ときみのお父さんがそっくりでも、他人の空似の可能性だってあるからな」


「リヴァーデイル公爵になれば、莫大な富と権力が手に入りますよ。スティーブさんは、そういったものに、興味はないんですか?」

「俺は、先代スターリング伯爵に拾われなかったら、今この場に存在していない。俺にとって、一番大切なのは、今の家族なんだ」

「…スティーブさん…」

ローレンスは、実の兄かもしれない人の顔を見つめた。


スティーブは、他人の空似で片づけるには、リヴァーデイル公爵に余りにも似すぎていた。

(…この人は、僕のお兄さんだ。絶対にそうだ)

ローレンスは、そう確信した。

しかし、それと同時に、スティーブに公爵家を継ぐつもりが微塵もない事を、納得せざるを得なかった。


(…やっぱり僕が、公爵を継ぐしかないのか…)

ローレンスは、考古学者になりたい、という自分の夢を捨て切れないでいた。

スティーブが、そんな彼をじっと見つめていた。


「…やっぱりきみは、考古学者になりたいのか?」

「はい。子供の頃からの夢ですから」

まだ見ぬドラゴンを追いかけて、世界中を旅する。

それが、ローレンスの夢だった。

「…でも、よく考えてみたら、僕は、公爵の跡取り息子という自分の立場から、逃げ出したかっただけなのかもしれませんね」


「生まれた時には既に、公爵になる事が決まっているんだからな。誰でも一度は逃げ出したくなるんじゃないか?俺だって、スターリング家のお嬢さん達の教育を、何度も投げ出したくなった事があるよ」

「…本当ですか?」

「ああ。あのおサルさん達には、ほとほと手を焼かされたからな」


あの美女達が、子供の頃はおサルさんだったって?

ローレンスは、彼女達がバナナを食べながら「うっきー」と叫んでいる所を想像してしまった。

「…ぷっ。スティーブさん、冗談はやめて下さいよ…」

「冗談なんかじゃないさ。特にリリーさんは、俺の事を、自分の家来だと思っているからな」


(…過去形じゃなくて、今もなんだ…)

スティーブは、スターリング家で、一体どんな扱いを受けているのだろうか。

口では自虐的な事を言いながらも、彼は楽しそうに家族の話をしていた。

(…スティーブさんは、幸せなんだな)


仮に、リヴァーデイル公爵家の、全財産と権力と引き換えに、スターリング家を捨ててくれ、と提案されても、スティーブは断固拒否するだろう。


ローレンスは、課せられた責任から、ただ逃げ回っていただけの自分が、急に恥ずかしくなった。

(…そうだ。逃げてばかりじゃ、何も解決しない。父上とちゃんと向き合わないと…!)

彼は、ソファから立ち上がった。


「スティーブさん、ありがとうございます。僕、父ときちんと話し合ってみます」

「…そうか。頑張れよ」

「はいっ」

ローレンスは、ぺこりと頭を下げると、颯爽とした足取りで去って行った。


スティーブは、その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。

「あ~あ。もったいないなあ、公爵家の地位と財産を、投げ捨てるなんて」

「…ブライトン子爵様、いつからそこに?」

物陰から出てきたエドワードに、スティーブは、咎めるような眼差しを向けた。


「えっ?…ついさっきだよ。きみたちの会話なんて、ぜーんぜんっ、聞いてないからね」

「…目が泳いでますよ」

スティーブは、それ以上エドワードを追及する事はしなかった。

「…ローレンスは、良い公爵になると思いますか?」


「う~ん、あの気の弱い所がねえ…でも、彼は優秀でおごり高ぶった所もないし、公爵の家臣達がしっかりと支えれば、良い統治者になれるんじゃないかな」

「…そうですか」

スティーブは、エドワードの言葉に、安心したようだ。

「やっぱり気になるの?実の弟かもしれないから?」


「…弟とか関係なく、ローレンスは良い奴ですから、幸せになって欲しいですね。

それに、リヴァーデイルは、うちの隣の土地ですし、為政者が、まともな統治をしてくれた方がありがたい」

(…優等生の答えだね)

スティーブは、会ったばかりの自分に、本心を打ち明ける気はないのだろう。

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