第17話
座ろうとしていたリヴァーデイル公爵は、中腰の姿勢のまま、固まってしまった。
彼のグレーの瞳は、スティーブさんの顔から離れようとしなかった。
やがて、公爵は大きくため息を吐くと、ソファに沈み込んだ。
「…ブライトン子爵、年寄りを驚かせるのはやめてくれないか。…心臓が止まるかと思ったぞ」
エディは、恐縮したように頭を下げた。
「申し訳ありません、公爵。僕が口で説明するよりも、直接本人を見て頂いた方がいいと思いまして」
彼は、芝居がかった仕草で、スティーブさんを指差した。
「こちらが、リヴァーデイル公爵の、さらわれた御子息です」
私達は、エディの狙い通りに、びっくり仰天した。
「エディ、どういう事だ?スティーブさんが、リヴァーデイル公爵の息子さんだって?」
「うん、そうなんだよ。彼の顔を見れば、分かるよね」
リヴァーデイル公爵は、スティーブさんの顔を見ながら、ぽつりと呟いた。
「…私に瓜二つだ。…信じられん、こんな近くにいたとは…」
スティーブさんは、公爵に見つめられて、当惑した表情を浮かべていた。
「…あの、リヴァーデイル公爵様…俺はスターリング家の人間です。あなたの息子ではありません」
「先代伯爵から、指輪の事は聞いていない?」
エディの質問に、スティーブさんは首を振った。
「…いいえ、何も」
「…おかしいな。院長は確かに指輪があった、と言っていたのに」
「それは、これと同じものかな?」
公爵が、指輪を外して見せた。
それは、金の印章指輪だった。
台座に、3本の横波線が彫られている。
エディは、驚いたように飛び上がった。
「…あっ、そうです、それです。院長は銀の指輪だと言っていました」
「これは、リヴァーデイル公爵家の印章指輪だ。金と銀の指輪が対になっている。
最初の息子が生まれた時に、新しく作り直させた」
エディは、悔しそうな顔をした。
「…それがあれば、スティーブ君を公爵の跡継ぎだと、証明できるのに…」
その時、スティーブさんが口を開いた。
「ちょっと待って下さい。跡継ぎとか指輪とか、何の話ですか?」
「きみは、リヴァーデイル公爵家の、正当な跡継ぎなんだよ」
エディの言葉を、スティーブさんは、鼻で笑い飛ばした。
「バカバカしい。そんな事、ある訳がないじゃないですか。ブライトン子爵様、俺を担ごうったって、そうはいきませんよ」
スティーブさんは、アレクシアさんが、隅の方に座っている事に、今更ながら気が付いたようだった。
「アレクお嬢さん、あなたまで俺を担ごうっていうんですか?」
「違うよ、スティーブ。私は、あなたの本当のご両親の事が知りたいと思って…それで」
スティーブさんは、彼女の言葉を途中で遮った。
「もう結構です。俺はスターリング家の人間です。俺は実の両親に捨てられたんです。その事実は変わらない」
「…スティーブ…」
アレクシアさんは、今にも泣きだしそうな顔になっていた。
スティーブさんの声は、かすかに震えていた。
「大体、リヴァーデイル公爵様には、立派な跡継ぎがいるじゃありませんか。どこの馬の骨とも分からない俺なんかを、強引に跡継ぎにしなくても、彼なら、きっと…」
「…それは、本当なの?」
突然聞こえた声に、その場にいた全員が、ドアの方を振り返った。
そこには、呆然とした表情の、ペンリス伯爵が立っていた。
「…ローレンス」
公爵の声が、聞こえなかったように、伯爵はもう一度聞いた。
「…本当に、スティーブさんが、僕のお兄さんなの?」
ペンリス伯爵の顔に、納得したような表情が浮かんでいた。
「…言われなくても分かるよ。父上とスティーブさんは、そっくりだからね。…という事は、僕は公爵にならなくてもいいって事なの?」
公爵は、息子の言葉にショックを受けたようだ。
「…ローレンス、お前…そんなに公爵になるのが、嫌だったのか…?」
その時、スティーブさんが、伯爵の目の前に立った。
「ローレンス君、俺は、公爵家の跡取りじゃない。ただの平民だ」
「…えっ、でも、父上がそう言っていましたよね?もし、スティーブさんが、僕の家の長男なら、リヴァーデイル公爵を継ぐのは当然じゃないですか」
スティーブさんは、首を振った。
「俺が公爵家の跡取りだという証拠は何もない。俺はスターリング家の人間だ。きみの兄でもない」
「…そんな」
ペンリス伯爵は、がっくりと項垂れた。
そして、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「…失礼。ちょっと気になるので、追いかけますね」
スティーブさんは、そう言って出て行った。
後には、呆然とした表情の、リヴァーデイル公爵が残された。
「…私の教育が間違っていたのか?」
「いいえ。人には向き不向きがあるというだけですよ」
エディが公爵を慰めた。
アレクシアさんは、半べそをかいていた。
「…スティーブが、あんなにきつい言い方をするの、初めて見ました。兄は、自分がいらない子だから、親に捨てられたんだ、ってずっと思っていて…」
身元の分からない彼を、保護してくれた先代伯爵を、実の祖父のように慕っていたそうだ。
アレクシアさんは、公爵に深く頭を下げた。
「申し訳ありません、公爵様。兄が無礼な真似をして」
公爵は優しく微笑んだ。
「…いや、会ったばかりの人に、お父さんだよ、と言われて動揺しない方がおかしい。私は気にしていないよ」
アレクシアさんは、その言葉を聞いて、ほっとしたようだ。
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