第19話

スティーブさんが出て行った後、リヴァーデイル公爵は立ち上がった。

「今日は、スティーブ君と会えて良かった、と伝えておいてくれないか」

「彼の帰りを待ってはいかがですか?」

私の言葉に、公爵は首を振った。


「…いや、これ以上、彼を困らせたくない。何と言っても、私の息子だという証拠が、何もないのだからな」

公爵はそう言って、アレクシアさんを見た。

「…彼は、いい家族に恵まれたようだな」

「…公爵様…」


アレクシアさんは、何か言おうとしたが、言葉が出てこないようだった。

公爵は、私達に軽く頷くと、部屋を出て行った。

「…ふうっ…」

緊張が解けたように、アレクシアさんがすとん、とソファに座り込んだ。


「…まだ心臓がどきどきしてます。エリザベスさんは、よく平気ですね」

「私も緊張していたんだけどな…」

さすがは、リヴァーデイル公爵だ。

周りを圧倒する威圧感と迫力は、生まれつきの支配者にしか出せないものだった。


あの気弱なローレンスが、公爵の跡継ぎになりたくない、と言った理由も分かる気がする。

家臣達から事あるごとに、偉大な父親と比較されるのは、避けられないだろう。


「…ペンリス伯爵って、気が弱そうですもんね。あのお父さんと比べられたら、それだけで、自信を無くしそうですね…」

「そうなんだよな…」

自己肯定感の低そうなローレンスは、一度批判されたら、立ち直るまでに、結構時間がかかりそうである。


「公爵の継承式の日も迫っているし、大丈夫なんですかねえ…ローレンスさん」

私達が、考え込んでいると、エディとスティーブさんが戻って来た。

「アレクお嬢さん、さっきはすみませんでした」

「ううん。私も勝手なことして、ごめんね」


エディが、ぱんと手を叩いた。

「じゃあ、仲直りできたところで、みんなで温泉に入ろうか。ちょうどジュリアン達も戻って来たし」

振り返ると、彼女達が立っていた。


「マギーさんと町で買い物してきたのよ。公爵様はもう帰ったの?」

「…ああ」

私とアレクシアさんの顔を見て、ジュリアンは何か察したようだ。

「…さあ、嫌な事は温泉に入って忘れましょうか」


ローレンスは、緊張で胸をどきどきさせながら、父のいる部屋に入って行った。

いつもは、威厳のありすぎる父との対面は、なるべく避けてきた彼であった。

しかし、結果としてそれが、父と息子の間に気まずい雰囲気を生み出すことになったのである。


「…ローレンス、お前はそこまで侯爵になりたくないのか?」

意外な事に、リヴァーデイル公爵の表情に、息子への失望は見られなかった。

「…公爵になりたくない訳ではありません。他にもっとやりたい事があるんです」


実際、ローレンスは、跡継ぎの勉強をする内に、自分ならもっとこうするのに、という事業の構想と計画が、いくつか浮かんではいるのである。

ただそれよりも、考古学の勉強に力を注ぎたい、という気持ちの方が強かった。


「考古学は、公爵になったら、出来ない学問なのか?」

「そうですね。…発掘現場に行って、研究する事が第一ですから。机の上だけの学問ではないんです」

「…そうか」

公爵は大きなため息を吐いた。


―また父上を失望させてしまった。

ローレンスの中で、自分を責める気持ちが、どんどん大きくなっていった。

彼は勉強以外で、父親に褒められるような事は、何一つ達成できなかった。


彼は思わず、父親に向かって頭を下げていた。

「…父上、申し訳ありません」

「何だ、一体どうしたんだ?ローレンス」

公爵が当惑した表情を浮かべた。


「…僕は、リヴァーデイル公爵の跡継ぎとして、充分な教育を受けてきたのに、父上の期待に応えられませんでした。本当に、申し訳ありません…っ!」

涙が浮かんだ顔を、見られまいとして、ローレンスは頭を下げたままでいた。


公爵は、しばらくの間、90度に腰を曲げている息子の姿を、見つめていた。

「…顔を上げなさい。ローレンス」

ローレンスは、恐る恐る顔を上げた。

自分のすぐ目の前で、父親が片膝をついていた。


「…お前はずっと苦しんでいたんだな。気づいてやれなくて、すまなかった」

「…父上」

「お前は出来損ないなんかじゃない。公爵の跡継ぎとして、立派に成長している。

本当に相応しくない者は、自分が期待に応えられなかった事にすら、気が付かないからだ。お前は、公爵に相応しい資質を持っているよ」


リヴァーデイル公爵は、グレーの瞳に温かい光を浮かべた。

「いきなり立派な公爵になろうとしなくていい。まずは一歩ずつ進めばいいんだ。大丈夫だ、お前には有能なリヴァーデイル家の家臣達が、ついているからな」

「…ち、父上…」


ローレンスのヘイゼルの瞳から、涙が溢れ出た。

公爵は大きく頷くと、息子を抱き寄せた。

ローレンスは、子供の頃に戻ったように、父の腕の中で思う存分泣いたのであった。

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