第16話

院長の横顔に刻まれた、年齢の割に深い皺。

元々は黒っぽかったであろう髪の毛も、半分以上は白くなっている。

あの誘拐事件に関わった事で、密かに苦しんでいる人が、ここにもいたのだ。


「最後に、もう一つだけ質問してもよろしいですか?その赤ん坊は、リヴァーデイル公爵家と繋がる物を、何か持っていましたか?」

「産着の中に、銀の指輪が入っていました。見た所、印章のように見えましたね」

「どんな印章か、覚えていらっしゃいますか?」


修道院長は、ペンを取って、紙に何かを書いた。

「確か、台座にこんな線が彫ってありました」

紙には、3本の横の波線が描いてあった。

真ん中の線は、他の2本線よりも太かった。


エドワードは、じっとその波線を見つめていた。

「院長、貴重な証言を話して頂いて、ありがとうございます。もし、院長の証言が必要になった場合は、法廷に来ていただく事は可能ですか?」

「もちろんです。この件は、私がまいた種でもあるのですから…」

院長は、当時の事を思い出しているのだろうか。


エドワードは、頭を下げると、部屋を後にした。

これで、必要な証拠は大体出揃った。

友人の勘は、やはり正しかった、という事なのだろうか。


ここ数日、エディがあちこちに出かけているようだ。

「いやあ、せっかく遠出したんだから、言ってみたい場所がいっぱいあるんだよね~」

と言いながら、今日もひとりで外出して来た。

「どこに行っていたんだ?」

私が聞いても「うん、ちょっとね」と言葉を濁すだけなのだ。


「…それは、怪しいですね」

アレクシアさんが、ぽつりと呟いた。

「…どういう意味?」

私が首を傾げると、アレクシアさんは、かけてもいない眼鏡を持ち上げる仕草をした。


「こんなに頻繁に外出するって事は、どこかに女性がいるのかもしれません」

「…女性?そこら中にいるだろう?」

アレクシアさんは、私の顔をまじまじと見つめると、大きなため息を吐いた。

「無駄よ。この娘には、はっきり言わないと分からないのよ」

ジュリアンが、会話に割りこんできた。


「あのね、ブライトン子爵には、この辺りに恋人がいるかもしれないって、彼女は言ってるの」

「…恋人?エディに?」

私は笑い出しそうになったが、2人は至って真剣だった。

「別にいいんじゃないか。あいつだって一応男なんだし」

私の言葉に、2人は顔を見合わせた。


「…いいんですか?エリザベスさん」

「そうよ。本当に彼に恋人がいてもいいの?」

「…構わないが?」

どうして2人とも、そんなに怒った顔をしているんだろうか。


そんな時、エディが「ただいま~」と能天気な声を出して帰って来た。

「…エドワードさん。お話があります」

「ど、どうしたの?何だか顔が怖いけど」

アレクシアさんは、エドワードを壁際に連れて行った。


しばらくして戻って来たエディは、ぷりぷり怒っていた。

「…酷いよ。みんな僕の事を、そんな目で見てたのか…」

アレクシアさんは、従兄に何を言ったのだろう。

「私達に行き先も言わないで、出かけるからですよ。怪しむのは当然じゃないですか」


「もう、分かったよ。じゃあ、ここだけの話にしてよね…」

エディは、私達をソファに座らせて、話し始めた。


「…ええっ、スティーブは、リヴァーデイル公爵の息子なんですか?」

アレクシアさんは、本気で驚いていた。

「…うん、これで決定的な証拠があれば、彼を公爵の第一子として、認知できるんだけどね」


あの素朴で感じのいい青年が、大貴族の若様かもしれない。

私達は、思いがけない話に、目を見張るばかりであった。

エディが頻繫に出かけていたのは、スティーブさんの事を調べる為だったらしい。

「というか、何でお前が、スティーブさんの事を調べているんだ?」

途端にエディの目が泳ぎ出した。


「えっ?…え~と、それは、…彼の顔が、あまりに公爵にそっくりだから気になってさ」

「…ふ~ん」

好奇心が強すぎるのも、考えものである。

「あまり色々な事に首を突っ込むなよ。危ない目に遭うかもしれないぞ」

「分かってるよ」


その時、部屋のドアがノックされた。

「やあ、来た来た。は~い」

エディがドアを開けに行った。

部屋に入って来たのは、何とリヴァーデイル公爵だった。


私達は、慌てて立ち上がり、臣下の礼を取った。

「いや、気を使わないでくれ。今日は、ブライトン子爵と内密の話があるのだ」

「こちらにいるアレクシア嬢は、お兄さんの話を聞きたいと思います」


公爵は、アレクシアさんの緊張した顔を、じっと見つめた。

「…そうだな。この娘さんには、真実を知る権利がある」

「…では、私達は、席を外しますね」

私とジュリアンとマギーさんが、部屋から出ていこうとした時、公爵が口を開いた。


「…いや、シェルバーン伯爵令嬢、あなたは残ってもらいたい。第三者の公平な意見が必要だからな」

「…分かりました」

私はジュリアンに頷くと、ソファに座った。

一度部屋から出たマギーさんが、何故か引き返して来た。


「ブライトン子爵様、お客様ですよ」

彼女が案内してきたのは、スティーブさんだった。

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