第15話

「…スティーブさん…」

ローレンスの顔が、段々と明るくなってきた。

「考古学の研究だって、この辺りにも、まだ知られていない太古の遺跡が眠っているかもしれない。それを探すのも、面白いんじゃないかな」

「そうですね…この地域にも、様々な時代の遺跡が残されている、と聞いた事があります」


ローレンスは、今まで考えてもみなかった可能性に気が付いて、興奮して目を輝かせた。

エドワードは、スティーブの、巧みな励まし方に感心した。

いつも彼はこんな感じで、スターリング家の姉妹達を、叱ったり励ましたりして、教育してきたのだろうか。


「…なんだか、僕にも公爵が務まりそうな気がしてきました。スティーブさんの言葉って、心に直接染み込んでくる気がします」

「そうかな?俺は思った事を言っただけだ。決めるのは、ローレンス、きみだよ」

「…はい。今日は話を聞いていただいて、ありがとうございました」

ローレンスは、スティーブとエドワードに頭を下げた。


「やあ、未来のリヴァーデイル公爵に頭を下げられるなんて、すごい経験だなあ」

エドワードが、笑いながら言った。

ローレンスは、来た時よりも、背筋をぴんと伸ばして帰って行った。


―ミストレイクと、スターリングの、ちょうど中間地点に位置するロスリン村。

ここには、厳しい修行で有名な、とある修道院がある。

エドワードは、ひとりでこの修道院を訪ねて来たところである。

「院長にお会いしたいのですが」

門番に紹介状を渡してしばらくすると、修道僧の案内で中に通された。


修道僧が、院長室のドアをノックして声を掛けた。

「ブライトン子爵を、お連れしました」

「お入りなさい」

エドワードは、部屋の中に入った。


院長は、がっしりした体つきの壮年の男性だった。

エドワードは、院長に頭を下げた。

「突然の訪問で、驚かれたと思いますが、重大な要件なのです」

「どういったご用件でしょうか?」


エドワードは、訪問の目的を語った。

「…成程。つまり、25年前に、リヴァーデイル公爵家の御子息をさらった犯人が、この修道院にかくまわれている。そうあなたはおっしゃるのですね」

「はい。僕の調査した結果です」

25年前の犯人が、見つからないのも無理はなかった。

彼は逃亡先に、この修道院を選んだのだから。


院長は、エドワードが心配になるくらい、沈黙を守っていた。

やがて彼は、大きなため息を吐いた。

「どうやって調べたのかは分かりませんが、大したものですね。確かに彼はここにいます」

「会わせて頂けますか?」

「…その必要はありません。今、あなたの目の前にいますよ」

院長はいたずらっぽく笑った。


エドワードは、院長の顔をまじまじと見つめた。

25年前の、リヴァーデイルの跡継ぎの誘拐犯が、修道院長になっているだって?

そんな話があるものだろうか。

院長は、エドワードの驚いた顔を見て、ふっと微笑んだ。


「驚かれるのも無理はありません。私も当時は自分が僧籍に入るなんて、考えもしなかったのですから。

しかし、私はあの子供をさらった時に、感じたのです。このままではいけない、私は破滅への道を歩もうとしている。…そう思ったのです」

「当時の事は、覚えていらっしゃいますか?」

「もちろんです。では、お話ししましょうか…」


修道院長は、どこから始めようか、と少し悩んだようだった。

やがて、彼は口を開いた。

「…25年前、まだ私がジョナサンと名乗っていた時、戦争が終わり、仕事にあぶれていた私は、高い報酬に目がくらんで、ある依頼を引き受けました…」


ジョナサンに、赤ん坊を誘拐するように依頼した者の、身元は分からない。

酒場で酒を飲んでいた時に、知らない男に話しかけられた。

「これは、滅多にない高報酬の仕事だ」と男は言った。

ジョナサンは、手持ちの現金が寂しくなってきていたので、大して内容も聞かずに、話に乗る事にした。


男は、彼に結構な額の金を渡した。

「これは前金だ。残りは仕事が成功したら払う」


そして、その日の夜、ジョナサンは、無事に仕事を完了した。

しかし、赤ん坊の顔を見たら、考えが変わったのだ。


「…この子を渡してしまったら、私は金の為に子供を売った事になる。いままで金の為に人の命を奪った事はあったが、無垢な子供を売った事は無い。このままでは、取り返しのつかない道へ足を踏み入れてしまう…」

そう思った彼は、赤ん坊を公爵家に返そうとした。


しかし、当の誘拐犯が名乗り出た所で、ろくに話も聞いてもらえず、捕まるだけだろう。

その後は、問答無用で投獄されるか、最悪その場で処刑される、というのが関の山だろう。

「私も自分の命が惜しいですからね。そこで、私は考えました…」

自分で返しに行くのが無理なら、人に頼めばいい。


そう思って、彼はリヴァーデイルから、目と鼻の先のスターリングに、赤ん坊を連れて行った。

そして、スターリング伯爵が、赤ん坊を保護するのを見届けた後、その足で修道院の扉を叩いたのだ。


「…あなたに依頼した者達からの、報復を恐れての事ですか?」

「それもあります。しかし、何よりも私は、人を傷つけ、自分も傷つく人生に飽き飽きしていた。だから、この身を神に捧げると決めたのです。今まで私が奪って来た、多くの命への贖罪の意味も込めてね…」

修道院長は、穏やかな微笑みを浮かべた。

その姿は、この地域で、聖人と呼ばれるに相応しい顔つきだった。


「…こうして私は、この修道院で25年間、俗世と離れて生きてきました。しかし、あの子の事は、一日たりとも忘れた事はありません」


院長は、立ち上がると、窓の外を見つめながら呟いた。

「…私はリヴァーデイル公爵に対して、取り返しのつかない罪を犯してしまった。あれから毎日、彼らの為に祈っています。…それだけで、私の罪が消える訳ではないのですがね」


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